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第236話 スラム街を助けました

「ささ、着きました」


案内役の男女に案内されたのは、少し開けた空き地のようなところでした。空き地といっても、小さい家1軒が建つ程度の狭いものでした。そこに、20人くらいの子どもたちが、痩けた顔をして私を見つめています。みな、ぼろぼろの服から肋骨が浮き出ているのが見えますが、腹はふくれています。栄養失調になると腹がふくれると聞いたことはありますが、本物を見るのは初めてです。私はぞっとしてしまいます。


「このあたりには農作業ができるような土地もなく、私たちは溝掃除などで何とか飢えをしのいでいますが、それでも守れなかった子供たちがあちこちにおりましてな。どうかこの子供たちの腹を満たしてくれませんか」

「そ、そんなこと言われても‥私はずっとここにいられるわけではありませんし、支援できるのは一度きりです‥‥」


私は困った顔をして腕を組みます。食べ物ならいつでも出せますが、今この子供たちに食事を与えても、明日もあさっても継続して支援できるわけではありません。今日助けても、明日以降は誰が助けるのでしょうか。それで子供が死んだら、私が今動く意味もありません。そう思ったのです。


「この近くに、農作業ができるような広めの土地ってありませんか?」

「あるにはあるのですが‥‥」


男女はお互いの目を見合わせて、困惑したようにうなずきます。


「そこへ案内して下さい」


私はその男女の後ろについていきます。さらに奥へ進むと、私が思わず「うわあ」と声をあげるくらいに、身長ほどはある大量の草が、まるで小さいジャングルのように生い茂っています。これでは農作物の栽培もできませんね。しかも、ここもさっきの空き地を少し広くした程度の面積しかありませんから、1年かけて農作物を育てたところで、あの子供たちの腹を満たすだけの食べ物は作れません。

ふと、私は葉っぱの形を見て何かに気づきます。


「あの、この葉っぱって‥なんだろう、芥子けしとか何かですか?」

「‥‥聖女様、このことは他に言いふらしたりしませんよね?」

「は、はい」

「大麻です」


男にそう言われたので、私は口をつぐみます。葉っぱにちょっと触ってしまった自分の指を思わず引っ込めます。


「これを作って売っていかないと生きていけなくて‥‥」

「あなたたちや子供はこれを食べているのですか?」

「い、いえ、それはさすがに‥これは売り物なので」


私は小さくため息をつきます。そして、少し大きめの声で返します。


「私に助けてもらいたいなら、1つ条件があります。大麻の栽培は禁止です」

「で、でも稼ぎ口が他にございませんので‥」

「どうせこれまでの生活を見るに、売っても大したお金にはならなかったでしょう」

「それはそうですが‥」

「私に考えがあります。まずはこの大麻を全部消しますね」

「いや、そんな殺生な‥」


大麻の山に手をかざす私を男が止めてきます。私はむすっとして聞き返します。


「また何かあるのですか?この大麻、必要なんですか?」

「知り合いに大麻依存症の人がいまして、その人にはただで渡しているんです‥」

「私が後で治します」


私はそう言って、まだ未練がありそうな男女がこれ以上何か言ってこないうちに、大麻を浮遊の魔法で根っこごと全部むしり取ってしまいます。大麻は安易に燃やしてはいけませんから、土に埋めて堆肥にしましょう。ちょっと複雑ですが、浮遊の魔法と重力の魔法を組み合わせて、地面に大きな穴を掘って、大麻をそこに埋めてしまいます。魔法を使うと簡単ですね。


「あ、ああ‥」


ギフで見たようなきれいな更地になったその土地を見て、男女は困ったようにうなだれますが、私は得意げになってえへんと鼻を鳴らします。


「もう二度と大麻は作らないでくださいね。これからは私が言ったものを売って下さい」


私はその空き地の中央へ行って、すうはあと深呼吸します。すぐに土地のあちこちが小さく爆発して、まるで鍬で耕されたかのように、地面にはやわらかく黒い土がむき出しになります。


「では次に、この土に特別な魔法をかけますね」


私はしゃがんで、ふわっと地面に手をかざします。すぐに青白い光が地面を覆うように広がり、ゆっくり消えていきます。


「‥これでいいですね。何か野菜の種を持っていたら持ってきて下さい」

「あ‥ああ、生ゴミを探せばトマトのタネがあるはずです」

「分かりました、ありそうなところまで連れてって下さい」


私たちが来た道まで戻ります。相変わらず生ゴミの臭いでいっぱいです。私は、さすがに生ゴミを直接触りたくはありませんから、浮遊の魔法を手代わりにして生ゴミを操っていきます。


「これですね‥‥う、うわ」


腐って赤色から緑や灰色が混ざったような色へ変わってしまったトマトを拾い上げます。魔法を使ってトマトを開けますが、変な汁がぽたぽた地面に落ちています。このあたりも絶対浄化しましょう。私はそう誓いながら、なんとかトマトの種を何粒か取り出します。

それを持ってさっきの土地に戻って、地面に埋めて、水の魔法で水をかけてやります。するとたちまち地面から、目に見えるようなスピードで草が生えてきます。


「わ、わあ‥」


まるで幻覚でも見ているかのようなスピードで発育する植物を見て、男女が感心の声を漏らします。


「ここの土に、植えた植物が60分の1くらいの速さで育つ魔法をかけました。1分が1秒になっちゃう感じです。トマトであれば、3日で収穫できると思います。収穫のときは、腐らないよう気をつけてくださいね」


男女たちはまだ信じられない様子で口をあんくり開けていましたが、それでも私に何度も頭を下げてきます。


「にわかには信じられませんが、もしそうだとしたら、ありがとうございます‥‥」

「ここに色々な野菜を植えてくださいね。食料にもなりますし、余ったものは売ってお金にしてください。あ、でも、大麻は栽培しないでくださいね。もし次栽培したら、私、怒りますから」


釘をさしておきましたが、それでも男女たちは感謝した様子で何度も深く頭を下げてきます。


「ええと、まだ終わっていませんよ。当面の子供たちの食料に、これを使って下さい」


私はポケットから紙銭を出して、男に渡します。ちなみにこれは私の給与です。ううっ。


「それから、知り合いの大麻依存者の人たちをみんな、さっきの空き地に集めて下さい」

「それが、ベッドから起き上がれない人もいまして‥」

「そこまで重症なんですか‥どのあたりにいますか?みんな、このスラム街に集まっていますか?」

「はい、集まっています」

「なら、一発で終わりますね。さっきの空き地にいる子供たちをどかしてください」


やがて子供が男女に連れられていなくなったさっきの空き地の中央に私は立って、ふわりと地面から浮遊します。

私の体は少しずつ浮き上がって、3階くらいはある建物よりも高く浮き上がります。

ギフでも使った浄化魔法を、戦略魔法に乗せて使います。使ってスラム街全体をきれいにします。そうして私は上空からスラム街を見下ろします。うん、これくらいの広さなら、ギフの4分の1にも及びませんね。体力が奪われて気絶したりする心配はなさそうです。

私はまた前みたいに呪文を唱え、巨大な銀色の魔法陣の中央で、長い呪文を詠唱します。やがてそれを終わらせると、浄化の魔法の真っ白な光が数秒間、スラム街を包みます。


この光が消えた後に私はまた地面に降り立って、「もういいですよ」と声をかけます。近くの建物からさっきの男女が出てきますが、みな、不思議そうに目を丸くしています。

それもそのはず、スラム街の狭い道にある生ゴミやヘドロが全部消え失せて、壁の汚れも消えて、ぴかぴかになっているのですから。まるで見違えたようにきれいになっています。

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