第235話 教会にもう一度行きました
「ナトリは女の体には興奮しないのだが、テスペルクはどうだ?魔王の体に興奮するのか?」
「う、うん、えっとね、私はレズだから女の体に興奮するってのもあるけど、それ以上に、私はまおーちゃんのことが好きだから、好きな人のものなら何でも嬉しいっていうか‥‥ナトリちゃん、どうして離れるの?」
ナトリが少し引き気味に私から距離を取っているのに気づきます。
「い、いや、女の体に興奮すると聞いたのでな‥‥」
「あ、あっ、私、まおーちゃん以外とは絶対にやらないよ、いたずらもしないし!そう、まおーちゃんと約束したから!だから安心して、私のことは女友達だと思って接して!」
ナトリは言葉遣いは男っぽいし胸もないけど、中身はしっかりした女の子なんですね。私はしどろもどろに、焦りながら言葉を並べますが、ナトリはふふっと吹き出します。
「悪かったのだ。冗談なのだ」
「ええー!ナトリちゃん、冗談がきついよー!」
ナトリはまた私に近寄ります。
「セックスに話を戻すが」
「う、うん」
「女同士で何をすればいいのか、分かるのか?」
「え、ええっ!?」
盲点でした。私は確かに百合の小説を愛読していましたが(第1章参照)、過剰に性的な本は、私はまだ18歳じゃないからということで読んでなかったんです。この世界には、18禁とか年齢制限という概念自体ないんですけどね、お酒と同様に、前世の記憶から勝手に自主規制してるみたいなものです。前世でも私はレズではなくて普通に男と結婚してましたし、女に性的な興味を抱くようになったのはこの世界へ転生した後なんです。なのでレズへの知識もほとんどないんです。
「え、ええと、女同士だから、その、キスとかかな‥?キスなら、もうしたかな」
「他には?」
「裸で抱きあう、とか?」
「他には?」
「ええー、これ以上は思いつかないよ!」
ナトリはジト目で私を見ます。
「ど、どうしたの?」
「テスペルクはレズを自称しているわりに性知識が希薄なのだ。まだ魔王のほうが知っている可能性もあるのだ」
「ええー!じゃあ、キスと抱く以外に、女同士でできることってあるの?」
ここでナトリは腕を組みます。
「‥‥教えてやってもいいのだが、知識がまったくないまま初夜を迎えるのも、それはそれで面白そうだな」
「ええー、教えてよ!わ、わ、私、まおーちゃんに何されるのか気になるよ!」
「ふふん、ナトリは知っていてテスペルクは知らない、これもまた優越感なのだ」
ナトリがふふんと鼻を鳴らします。私はナトリの腕を何度も揺すって「教えてよー!」と言います。
「ナトリが知っていることを、今度魔王に教えてやるのだ。テスペルクは初夜で悶絶して魔王の奴隷になること間違いなしなのだ。覚悟するのだ」
ナトリが不気味な笑みを顔に浮かべるので、私はぷいっと視線をそむけて「ささ、行こう行こう、教会ってこの通りだったよねー?」と必死で話題をそらします。
なんだかんだでひと悶着あって、ようやく教会へ辿り着きます。
「おじゃまします‥」
私はゆっくりドアを開けて、中の様子をうかがいます。やはり、亡命した時と同様に、神父がただ1人、内陣のあたりに立って、神に祈りを捧げていました。
「‥来られましたか」
私たちに背中を向けていた神父は、亡命の時と打って変わって丁寧な言葉づかいで返事して、振り返ります。そうしてゆっくり私たちのところへ歩み寄ってきて、ひざまずきます。
「え、ええっ!?」
「本日は救世主‥いえ、聖女様が来られるとの神託があり、お待ちしておりました」
「え‥えええっ!?」
ヴァルギスからも言われて、今ここで神父にも聖女と言われました。困惑する私をよそに、神父は話を続けます。
「神託によると、あなたは多数の負傷兵を助け、さらにギフの都市でも浄化の魔法を使い無数の魂を慰霊したとのこと。これは神でも予想外だったようです。今あなたは、神々から聖女と呼ばれております」
そう言って神父は顔を上げます。一寸の濁りもないまっすぐな目でしたので、私はますます困惑してしまいます。
「あの、私、あまり大それたことはしてなくて‥‥」
「神々から聖女と呼ばれているのが何よりの証拠でございます。ささ、どうぞこちらへ。祈らせて下さい」
「そんな‥」
私は神父に言われるがままに祭壇にあがります。神父は祭壇の前のスペースに立って、聖歌を歌い出します。私はどうすればいいか分からず、ただそこに立ち尽くしていました。
ナトリがなぜかにやけ顔で神父の斜め後ろに立って、神父よりは小さい声で聖歌を歌いだします。私が困っているのを見て楽しんでいるのでしょうか。ナトリと神父の聖歌は、それから10分くらい続きました。
◆ ◆ ◆
私とナトリが教会から出ると、何人かが私の周りに集まります。みな、みすぼらしい服を着ています。
「聖女様、どうか私めにお恵みを‥」
人々が口々にこう言ってくるので、私はさらに困惑してしまいます。
「ちょっと待ってください、どうして私を聖女とお呼びになるのですか?」
「お気づきになりませんか?あなたの体は今、光り輝いているのです。さそ徳を積まれたのでしょう」
「えっ?えっ?」
私は自分の手を見たり、おなかを見たりします。全然光ってませんよね。
「ナトリちゃん、私、光ってないよね?」
「光ってないのだ」
「だよねー!私、光っていませんって」
私はみすぼらしい男女たちの集まりにそう言いますが、かえってきた返事はますます私を称賛するものでした。
「いいえ、私たちから見ると光り輝いておられます。私たちを救えるのはあなたしかいません。どうかお恵みを‥‥」
私ははあっとため息をついて、ナトリに「ごめんね、先に帰る?」と聞きます。ナトリが首を振るので、私は首を傾けて少し考えた後、貧相な人たちに言います。
「分かりました、私にできることでしたら何でも言ってください」
「おお、ありがとうございます」
何人かの人たちは嬉しそうな顔をして、私に視線を集めます。
「でしたら、早速こちらへいらして下さい」
「は、はい」
私は案内されるがままについていきます。
ホニームの町の一角に、安っぽくほとんど装飾のない、薄暗い住宅街があります。窓からは古っぽい洗濯物がそのまま掛けられていて、食べかすや壊れた家具などが、狭い道を汚しています。あちこちから生ゴミのような臭いがたちこめます。そして、建物は密集して、継ぎ足したように乱雑に建設されていました。スラム街です。
「な、ナトリはこんな場所、無理なのだ‥‥」
ナトリは鼻を抑えて、眉をひそめます。
「じゃあ、ナトリちゃんだけ先に帰る?」
「テスペルクは平気なのだ?」
「うーん、あまり平気じゃないけど、困ってる人はほっとけないから」
「悪いがナトリは先に帰るのだ。門限に気をつけるのだ」
「分かった、じゃあね」
ナトリがスラム街から抜けます。私はその後ろ姿を少し眺めて、また前を振り返ります。私を案内してくれているみすぼらしい男女たちがどんどん奥へ進んでいっているので、私は走って追いかけます。
さらに奥へ進んでいくと、生ゴミの刺激臭が強くなり、道に落ちているゴミも増えて、ゴミが道を塞ぐようになり、私は山を登るようにゴミを踏んで進みます。道中、白骨化した死体もいくつか見えたので私はぞっとします。近くに川があるわけでもないのに、道を挟む家の壁にはヘドロのような汚れもたくさんあります。というか、周りがなんだか霧で白っぽく見えるようになりました。




