第22話 魔王が勇者に見つかりました
まおーちゃんは、ふうっとため息を着きました。落ち着いている様子です。
「まおーちゃん、大丈夫?」
私が心配になって尋ねると、まおーちゃんは慌てて答えました。
「この場面でそんな呼び方をするな!疑われるだろうか!」
「ええ〜、でも1人ずつ調べるって言ってるし、いつか分かっちゃうんじゃないかな」
ニナも小声でそう言いますが、ナトリはすました顔で言います。
「テスペルクの使い魔があんなのに負けるはずがないだろう。このナトリには劣るが」
まおーちゃんも同調します。
「うむ。さすがに妾は貴様より強いのだが‥‥」
「ん?ねーねーそーいえば、人の魔力って分かるものなの?」
「あの魔法使いは、周囲の魔力を感じるスキルを持っているな。普通の人よりは敏感なはずだ」
私の質問に答えたまおーちゃんは、他の客や店員を調べている勇者たちパーティー一行を眺めます。
「しかし、あれが妾を倒すとは哀れじゃのう。あの4人を合わせても、貴様にすら劣るだろう」
「私?そーなの?」
「貴様、自分の強さを自覚しておらんのか‥‥なら、貴様が相手してやるがいい」
そう言って、まおーちゃんはぽんと私の肩を叩きます。
「うん、任された。私が恋してる子に任された」
それをあわてて止めるニナ。
「待って、そんなことしたらアリサも仲間だと思われて、最悪指名手配されるんじゃない‥‥?ただでさえ一緒に食べてた私たちも立場やばいんだけど」
「記憶は妾がどうにかする。貴様も、洗脳のことは覚えているだろう?」
「え、えっと、それでも万が一ってことが‥‥」
「うるさいのう。ほれ、そこの貴様ちょっと妾におでこを貸せ」
まおーちゃんに言われたので、私はおでこを差し出します。まおーちゃんはそれに手をかざします。
「妾の作った瘴気を一時的に流し込む。貴様にはこれくらい問題ないだろう。貴様は洗脳されている”ふり”をしろ、他の奴も妾の言うことを聞け。‥‥」
数分が過ぎました。勇者たちは入り口近くにいる人間をあらかた洗い終わったようで、私たちのテーブルに来ました。
「来たか」
まおーちゃんは、腕を組んでそれだけつぶやきました。
「ここです、ここから強い魔力を感じます。瘴気も感じます‥‥」
魔法使いが勇者に耳打ちすると、勇者はちらりと、まおーちゃんのかぶっている黒いベレー帽を指差します。
「まず、そこの淑女方、その帽子をとっていただけますか?魔王にはツノが生えていますので」
まおーちゃんは「やれやれ」と言った後、あっさり帽子を外します。
漆黒の羊型のツノがあらわになります。
「‥‥あなたが魔王ですか」
「いかにも。貴様らが魔王と呼ぶ存在は、妾のことだな。ハールミント連邦王国の王、ヴァルギス・ハールミントである」
周りがざわつきます。私以外の、ナトリとニナも驚いたふりをして、椅子から立ち上がって距離を取ります。
勇者が剣に手をかけたのを見て、まおーちゃんは「ふふふ、ははは」と大笑いしました。
「‥何がおかしい!」
「いや、貴様らは妾が手を下すまでもないと思ってな」
「なに!?」
まおーちゃんはそこまで言ってから、横に座っている私を見下げます。
「‥‥おい、貴様、妾の命令通りに動け」
私は、手はず通りにゆっくり立ち上がります。
洗脳されているふりをしているので、魔法を使って浮いたりせず、普通に地面に足をつけて立ちます。
「はい、魔王様」
その私の言葉に、勇者たちはぴくんと反応し、私の背中に殺気を向けます。
私は、まおーちゃんからもらった瘴気を自分の中で増幅させ、全身を黒いもやで包みながら、ゆっくり勇者たちのほうを振り向きました。
瘴気にあてられて輝きを失った瞳を、勇者たちに見せます。
「‥こいつらは、妾がこの町で知己になった奴らでな、妾を普通の人間と信じてくれたから妾も潜伏がしやすかった。そして、ここに無抵抗で妾に近づく哀れなやつがいたから、手下にしてやった」
「お前‥!よくも無辜な市民を!」
勇者は剣を構え、語気を強めます。
「貴様らは妾が相手するまでもない。こいつに相手させてやる。よもや、市民を傷つけたくないとは言うまい?そんな綺麗事をほざいていては、妾に勝てぬぞ。ほれ、行け。そこの三下どもを殺せ」
「はい、魔王様」
私は、まおーちゃんに操られた可哀想な人間のふりをして、意識してゆっくり、ひたひた、歩を詰めます。勇者たちがじりじりと後ずさりを始めると、私はその場に立ち止まりました。
「‥この市民の洗脳を解く手段は?」
勇者がそっと、後ろの僧侶に聞きます。
「ここに洗脳封じのアイテムがあります」
「それを使え」
「わかりました」
僧侶は小さな、7つの色をした不思議なボールを放り投げ、何やら呪文を唱えます。
すると、そのボールがぴかーっと光りました。
光はそのレストラン全体を包むほどまぶしく、あたたかく、いい香りを感じるものでした。
その光が全て消えてから、勇者たちは私の様子を凝視します。
「‥貴様らの攻撃はそれだけか?」
まおーちゃんは、やれやれという顔で腕を組みます。
そもそも、私は洗脳されている”ふり”をしていて本当に洗脳されたわけではないので、攻撃は無意味だったのです。
私がまおーちゃんからもらった分の偽の瘴気はほとんど消えてしまいましたが、私の体内の奥の方にはまだわずかに残っているので、それを増幅させていきます。少しする頃には、私の体を包む瘴気は、元よりも邪悪な黒いオーラとなって、私を包みます。
「そ、そんな‥」
全くの計算外だったのか、僧侶が青ざめます。
「‥うろたえるな。こんな狭い場所ではらちがあかないから、外で決着をつけようではないか」
勇者もようやく、私とまじめに戦うことにしたようです。
あれ、外で戦ったら目撃者増えて、まおーちゃんが後から記憶を操作するのが大変になったりしないのでしょうか?
私はそう思い、洗脳されているふりをしているのも忘れてまおーちゃんのほうを振り向いてしまいました。まおーちゃんもそれを察したのか、困るところか逆にふふっと余裕の笑みを見せます。
「いいだろう」
まおーちゃんはそれから、私のところへ来て、こっそり耳打ちします。
「記憶を操作する魔法は、戦略魔法として使う。この町全体に魔法がかかるから安心しろ。後で貴様らにも見物する権利をくれてやる」
「わかった、まおーちゃん」
私はうっかり口を滑らしてしまいました。
「まおー‥ちゃん?」
勇者が目を点にして、力の抜けたように私を見ます。それを見て、私は言ってはいけないことを言ったことに気付きました。
「あっ‥、ま、魔王様!」
私が言い直したのを聞いて、勇者は、やはり勘違いだったかという顔をして、改めて剣をぎゅっと握ります。




