第223話 ラジカの家族の葬式に行きました
ウィスタリア王国の王都カ・バサの王城では、連日家臣たちが大広間に集まって議論していました。
北西の魔王軍だけでなく、北東から魔族軍と大イノ=ビ帝国・旧クロウ国亡命政府の軍、東から盟友であったはずの人間の軍、そして南西からも同じく盟友だった獣人によるゲルテ同盟の軍が攻め寄せてきています。まさにウィスタリア王国、滅亡の秋です。
「今朝早馬が来たのだが、魔王軍はユハを落として、ギフに向かっているらしいぞ」
「だがいい知らせもある。南西の獣人軍は国境近くで踏みとどまっている。北東にいる旧クロウ国軍は距離が遠いし、東の人間軍も兵士数が少なく苦戦しているようだ」
「なら、目下の脅威は北西の魔王軍だけか」
「獣人軍が目立った動きを見せない今のうちに、北西へ援軍を送るべきだ」
そうやって家臣たちの話がまとまったところで、クァッチ3世とその妃シズカが珍しく大広間の中に入ってきました。玉座に座ったクァッチ3世は「何を話していた」と家臣たちに尋ねます。
「現在、我が国は四方から一度に攻め込まれています。しかし、私たちにはこれに抵抗する手があります。援軍を送るのです」
「しかし、四方から攻められていては、一方や二方へ援軍を送っている間に別の角度から攻め落とされるとお前たちは言っていたではないか」
「それがそうでもないのです。3つの方向から迫ってくる軍は、私たちの必死の抵抗でなんとか踏みとどまってくれています。そのために、残った一軍へ援軍を送る余裕ができたのです。今一番の脅威でもある60万の魔王軍に対して、我が軍に援軍を送る許可をいただければと‥‥」
そう家臣が言います。さらに他の家臣からも追加の説明を受けた3世は、あごに手を当てて「うむ、悪くはないな」とうなずきかけます。
「お待ち下さい」
止めたのはシズカです。
「どうした、シズカ」
「援軍を送ってもどうせ反乱を起こされます。この前ハラスに援軍を送る前に、反乱の疑いがあるとして援軍の将軍を処刑しました。実際に、ハラスたちはそのあと、我々に対して野心ありと判明したではありませんか」
「ううむ‥」
「要は、前線の将軍たちが援軍と一緒に敵へ降伏しないか私は心配なのです。それではせっかく送った援軍が無駄になるだけでなく、私たちに牙をむきます」
それを聞いて少し戸惑っていた3世は、少し経ってから「‥‥うむ」とうなずきます。
「それでは各地の将に伝えよ。援軍を求める前に、まず敵に必死で抵抗して我々ウィスタリア王国への忠誠を見せよ。援軍を送るのはその後だ」
「は、はは」
家臣たちはどこか納得できない感情を持ちながらも、みなが頭を下げて返事します。
この2日後にギフから援軍要請の早馬が到着したのですが、家臣たちは拒否せざるを得ませんでした。
◆ ◆ ◆
ユハは、ラジカの家族を犠牲にして陥落しました。
本来ならすぐにでも出発したいところですが、オルホンを落としたときに十分な休息時間がなく兵士たちに疲れが見えていたことから、3日間の休息を設けることになりました。
領主城の一室を借りたマシュー将軍は、ラジカを呼び出して言います。
「というわけだ。お前には一足先にギフへ行って様子を見ておいて欲しい」
「マシュー将軍、アタシはもう少し母と一緒にいたいです。様子を見るならカメレオンでもできるので、部下をやってカメレオンを放つことはできますか?」
「むむ‥分かった。敵の様子がわかればよい、そのようにしろ」
「ははっ」
マシュー将軍から譲歩してもらったラジカは、頭を下げてその部屋から出ます。廊下で待っていたのは、私とナトリでした。
「準備はできたのだ。ラジカが言っていた親戚は結局見つからなかったから、ここにいる人だけでやるのだ」
「‥うん、お願い」
ラジカはうなずきます。ユハ陥落の混乱の中で何人かの人々がギフ方面へ逃げ出していったので、ラジカの親戚もその中に混じっていたかもしれません。もしくは最初からいなかったかもしれません。
私、ナトリ、ラジカの3人は、ユハの領主城近くにある教会へ歩きます。教会の内陣に置かれた台には、小規模ながらも白い花、黄色い花が並べられています。その上の壁には十字架が、もの淋しげに地味な色をして掲げられていました。
身廊の長椅子の1つに座っていたラジカの母は、私たちを見ると立ち上がります。
「ラジカ」
「母さん」
ラジカが飛び出して、母の体を抱きます。
そして、母と一緒に、身廊の花たちが並べられている台の真ん中に置かれた額縁の中の3枚の似顔絵と、その手前に置かれている3つの棺を見つめます。
似顔絵といっても、まるで写真のように、まるで本人に出会ったかのように精巧な出来でした。
「あの人達がラジカの友達?」
母の問いかけにラジカはうなずいて、私たちを紹介します。
「右からナトリ・ル・ランドルト、アリサ・ハン・テスペルク。2人とも、アタシの大切な友達」
母はゆっくりと、私たちを振り向きます。そしてぺこりと頭を下げます。
「うちの娘がお世話になっています」
「お世話だなんてそんな、私たちのほうが助かっています。改めて紹介します、アリサでございます」
私は上品に頭を下げ、続いてナトリも頭を下げます。
「獣人なのですね‥どこで出会ったの?」
「エスティク魔法学校」
ラジカは母に、私たちのことを説明します。その後も母とラジカの会話は続きます。私たちはそれに聞き耳を立てるのも気まずい気がしたので、話が終わるまでその場で固まっていました。
神父は何年か前に亡くなり代わりはいないらしかったので、代わりに修道女たちが葬式の進行を務めました。
親戚誰ひとりいない、ラジカとラジカの母、そして私とナトリ4人だけの粗末な葬式でしたが、修道女たちの祈りを捧げる歌を聞きながら、私たちは身廊の椅子に座って、黙祷します。
ラジカは泣いているのでしょうか、「ん、んっ‥」と、殺しきれなかった声が漏れてきます。ラジカの隣りに座っている母が、ラジカの背中を撫でます。皮膚と服の布がこすれる音がずっと聞こえてきました。
◆ ◆ ◆
ラジカの父と2人の兄の棺は、ユハの東側にある山の中腹の墓地に埋められました。ここからは、領主城だけでなく、3人が死んだあの坂も、遠巻きながら見えます。
「戦争中だからこんな葬式しか出来なかったけど、見晴らしのいい場所で、安らかに眠って欲しい」
修道女たちと一緒に棺を埋め終わって、ラジカは地面を手でなでながら、呼びかけるように言います。そんなラジカを、私とナトリは少し距離を置いて見つめていました。
3人が死ぬ前日の夜、兄弟とラジカはあの幕舎の中で何を話していたのでしょうか。兄弟もラジカも翌日の死を受け入れ、最後の水入らずの家族の時間を楽しんでいたのでしょうか。その時、兄弟やラジカはどういう気持ちだったのでしょうか。考えるだけで私まで辛くなってきます。涙が出そうになります。
「テスペルクは慰める側なのだ。テスペルクが泣いたら台無しなのだ」
ナトリが小声で、私の背中を軽く小突きます。
「ありがとう、ナトリちゃん」
私はそう返事して、ラジカのもとへ歩み寄ります。
ラジカの前には、1つの、真新しいぴかぴかの十字架がたてられていました。
『ケビン・ニヘ・ナロッサ、ホデッサ・ホン・ナロッサ、インキ・ド・ナロッサ。ここに眠る』
この小説の2000年後の世界を描いた話を連載中なので、そちらもよろしくです
「百合姉妹が最強の魔力と技力で宇宙戦争を勝ち抜くようです」
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