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第222話 ラジカの母を確保しました

我が子2人の無残な死体を見て、手綱を握るケビンの手は震えていました。


「どうだ、抵抗するか?」


マシュー将軍が強く呼びかけるとすぐに、ケビンは腰の短刀に手をかけます。


「ホデッサ、インキ‥何があっても我が子は失いたくないと思っていた。2人のために降伏しようと思っていた。ああ、私があの時ホデッサを説得できていたらこんなことにはならなかった‥‥」

「抵抗か降伏か、今すぐ選べ」


ケビンの独り言にマシュー将軍は考える隙も与えず、冷酷に回答を迫ります。

ケビンは少しの間目をつむってから、腰の短刀を取り出して自分の首に当てます。


「不甲斐ない父で申し訳ない」


その言葉に反応して、私に抱きついて泣いていたラジカがびくっと、ケビンのほうを振り返ります。

自分の父が首に短刀を当てているのを見て、ラジカは私を押しのけて、止める兵士たちを次々と横になぎ倒して、駆け出します。


「父さん!まだアタシが残っている!死なないで、父さん!!」


その叫びと同時に、ケビンの首から新鮮な血が吹き出ます。

短刀は地面に落ちました。落馬したケビンの死体とともに。


「あ、ああ‥‥」


ラジカはその場でひざを地面にぶつけて、呆然と震えていました。

ラジカが敵軍の近くまで行ってしまったので、敵に捕まる前にと思って私もラジカの後ろを追います。しかし敵軍にとってもあまりの出来事だったらしく、敵の兵士や将軍は全く身動きしませんでした。

私はラジカの背中をさすってあげます。


「ラジカちゃん、戻ろう」


ラジカは顔を手で覆い隠しています。


「まだ‥アタシが残ってるじゃん‥死ななくだっていいのに、父さん‥‥」

「ラジカちゃん」


マシュー将軍も少しの間呆然としていたようで、大泣きするラジカを介抱する私を見てから、改めて敵軍に問います。


「お前らはどうする。降伏するか?」


ケビンが落馬して誰も乗っていない馬の背後にいる将軍たちは、次々とうなずきます。


「ユハの城まで案内しろ」


マシュー将軍が言うと将軍たちは「はい」と言って、馬を返します。

進軍の邪魔になるので、私はラジカの体を背負おうと思ってラジカの胴体に自分の背中をくっつけます。

ラジカも「う‥うん」と声を出して私の背中に体重を預けようとするのですが‥‥ラジカの手が私のお腹に触れた瞬間、ラジカは急に飛び起きて、立ち上がります。


「え、えっ、待って、ラジカちゃん」


ラジカは敵軍の、ケビンの後ろにいた将軍たちに、荒い息で尋ねます。


「領主の妻は?城にいるの?」

「ええ、それはまあ‥‥」


将軍がそう答えるや否や、ラジカはいきなりケビンの馬に飛び乗って「といで!」と怒鳴って兵士たちの間をかいくぐります。

私はマシュー将軍のところまで駆けて戻って「ラジかちゃんを追います!」と言って「うむ」と許可をもらってから、自分の馬に飛び乗って、馬を走らせてラジカを追います。

ラジかと私は、転がるかと思うくらいすごい勢いで坂道を駆け下りていました。


◆ ◆ ◆


ユハの領主城は崖を背後にして、水堀に囲まれたところに建っていました。

ラジカは制止する兵士たちを次々と馬の脚で振り払い、城門までたどり着くと近くの兵士に叫びます。


「この門を開けて!今すぐ!」

「ええと、あなたたちは誰ですか?許可のない者を通すわけには‥」


その兵士も少し動揺している様子でしたので、やっとラジカに追いついて横に並んだ私は、魔法で爆発を発生させます。ドカンと、木でできた城門の下部が吹き飛んで、穴が空きます。

ラジカは私に礼も言わずに、そのまま穴へ潜り込みます。私も後を追って、穴を抜けます。


「侵入者だ、捕まえろ!」


周囲の兵士たちが騒ぐ中で、ラジカは必死に馬を走らせます。城の正面入り口の階段を駆け上り、入り口を守護する兵士たちを無理やり押しのけて城内の廊下を駆け巡ります。私も、ラジカに近づいてくる兵士たちを遠隔で眠らせながら、懸命に後を追います。少しでも気を抜くとラジカから引き離されそうになるくらいのスピードでした。


「この部屋は!?」


ラジカが次々と部屋のドアを乱暴に開けては「違う!」と叫んで次の部屋へ走ります。馬に乗りながらドアを開けるのは流石に難しかったのでしょうか、馬は廊下のどこかに置いてきて、ひたすら自分の足で廊下を駆け回ります。悲鳴をあげるメイドたちを床へ叩き落としたこの時のラジカは、いつものラジカではありませんでした。


「母さん!」


ラジカは1つの部屋のドアを開けて、やっと立ち止まります。ずいぶん走ってきたのか、荒い息を立てたまま部屋の入り口で固まっていました。私もその部屋を覗き込みます。


「ラジカ‥?」


1人の中年の貴族の女性が、部屋の中央でラジカの名前を呼んで‥‥天井からぶらさがるロープを手にしながら、台の上に立っていました。ロープの先には、首が通せそうなくらい大きい輪っかができていました。


「母さん、何しているの!」

「‥‥」


ラジカの母は、ぎゅっとロープを両手で掴みます。


「先程、ケビンが魔王軍と戦うために出陣しました。しかし、魔王軍60万に対して私たち人間の軍は2万程度です。ケビンは間違いなく死ぬでしょう。ホデッサやインキも敵の捕虜になったと聞いていますから、間違いなく死んでいるでしょう。そして、私も‥‥」

「待って!」


ラジカは、台に乗っている母の真下まで駆け寄って、その脚を抱きます。


「まだアタシが生きている!アタシはハールメント王国の、魔王様の家臣だから死ぬことはない!」

「えっ‥」


躊躇しながら自分を見下ろす母に対して、ラジカはありったけの声で叫びます。


「母さん、アタシのために生きて!!」


◆ ◆ ◆


その日の夜、私やヴァルギスたちいつもの面子は、ユハの城の食事室に集まって、そこそこ粗末な食事を楽しんでいました。他の将軍も食べるような、あまり新しくない肉でできた料理です。ヴァルギスとハギスだけが、新鮮な肉や魚を使った定食です。私たちだけが豪華な食事を摂ると他の将軍から不平が出るし、私たちがこうして魔王と一緒に食事できているだけでも本当はとてつもなくすごいことですから、そこはいつものように受け入れます。

でも、その食事室にラジカはいませんでした。


「ラジかはどうしたの?」


メイがドライフルーツをつまみながら私に尋ねると、ハギスが答えます。


「ナロッサは‥そっとしておけなの」


半日間ラジかと共にいたハギスが、肩を落として返事します。


「何?何が何だか分からないわよ」

「お姉様。このユハの領主は、ラジカちゃんの父だったんです」


私がそこまで説明すると、メイは「あ‥ああ」となにかを察したように言いました。


「それは‥‥仕方ないわね。領主や子供は死んだって聞いたけど、ラジカはどうしてるの?」

私は少し呼吸をして、自分の口元が少し緩んでいるのに気付いてびしっと締め直して、メイに返事します。


「はい、ラジカちゃんは別室で、母と2人きりで食事しているところです」

「母は生き残っていたのね」

「はい。ラジカちゃんにとって最後の家族です」


そう言って、私は干し肉を口に入れます。

ヴァルギスが優しく私の肩に手を置いて、メイに呼びかけます。


「まあ、家族と敵同士になるのも戦争の定めだ。ラジカは兄と父が死ぬところをその目で見たと聞いたからな。今はそっとしておいてやれ」

多分書き忘れてたのですが、母が自殺を図ったのは都市制圧後の略奪や強姦をおそれたためです

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