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第221話 ラジカが兄と過ごしました

私はマシュー将軍に言われて、ラジカの幕舎までラジカとその兄2人を連れていきます。兄たちは手を後ろに縛られたままです。


「ありがとう」


幕舎についた時、ラジカが小さい声で私に言います。私はラジカの手を取って、握ります。


「頑張って、ラジカちゃん。私、人が死ぬところを見たくない。‥‥あれ、ラジカちゃん?」


ラジカの顔がスイッチの入ったように急に火照って、ふらふら足取りがおぼつかなくなっています。私は「あっ」と気付いて、ラジカを握っていた手を離します。途端にラジカは人格が変わったかのように冷静に、まっすぐ私の目を見つめます。


「分かった、アリサ様」


ラジカはそう言って、幕舎に入ります。兄2人も兵士に「入れ」と言われて、幕舎に入ります。

幕舎の中は、ラジカと、その兄2人だけです。

あとのことは、きっとラジカがよくしてくれるでしょう。ラジカを信じるしかありません。私はうんとうなずいて、兵士たちとともにその幕舎をあとにします。


◆ ◆ ◆


「それで、なんだけど」


ラジカはベッドには座らず、あまり立派でない絨毯の上に座って、2人の兄と同じ目線の高さで話しかけます。


「知ってると思うけど、アタシ、ハールメント王国の家臣」

「つまり敵同士だな」


ホデッサが冷酷に、そして残酷な現実を、いかにも軽い言葉かのように流します。


「兄さん」

「誰が何と言おうと、俺たちは投降する気はない。例えラジカであってもだ」

「そんな、兄さん」


ラジカは、ホデッサの両肩を掴みます。


「何で、どうして分かってくれないの、兄さん」

「俺はウィスタリア王国に絶対の忠誠を誓った。裏切ることは絶対にできない。この命に代えてでも、忠誠は守る」

「その王国のクァッチ3世が非人道的なやり方で暴政をしいていても?」


ラジカが少々感情のこもった声で言いますが、ホデッサは首を振ります。


「ラジカ。勘違いしないで欲しい。俺が忠誠を誓っているのは、王様個人ではなく、この国そのものだ。俺のご先祖様は代々この国に仕えてきたし、国も俸禄を出してご先祖様の生活を支えてくれた。この国がなければ、俺という存在はなかったということだ。この国を裏切ることは、俺という存在を否定することだ。ラジカもそう教育されてきただろう?」

「それはそうだけど‥‥兄さん」

「何も言うな」


ラジカはしばらくうつむいて、それからインキの方を見ます。


「インキ兄さん。死にたくないの?」


インキは急に話を振られてびくっと動きましたが、すぐに返事します。


「僕も死ぬのは嫌だけど、兄上の言う通り、この国がなければ今の僕たちはなかった。僕はこの国のために死ぬよ」

「兄さん‥」


ラジカは目からぼろぼろと涙を流していました。

ラジカはいったん冷静になったかと思えば、急に大きい声を出したりして、何度も兄にぶつかるのですが、それを小一時間続けて、もはや自分にできることはなにもないと悟ったのでしょうか。


「ラジカ。お前の気持は痛いほど分かるが、これは俺たちの決心だ。諦めてくれ」


ホデッサの言葉を、ラジカは顔を真っ赤にして、体育座りになって顔を膝にこすりつけて脚を涙で濡らしながら、聞いていました。


「‥うん、僕たちが生きていられるのも、明日までだね」


そうインキが言います。ラジカは床を手で叩いて「悲しいこと、言わないで‥」と小声で言いますが、もはや覚悟を決めた2人にこれ以上何を言っても無駄です。悲しい現実が、ラジカをあざ笑うように、ここにあるのです。


「投降する以外のお願いなら、何でも聞くぜ?」


ホデッサが、覚悟を決めた後のきれいに輝いた目で、ラジカを見つめます。ラジカは涙でうるませた目でそれを見つめていましたが、やがて口を開けます。


「‥アタシを挟んで寝て欲しい。昔みたいに」

「分かった」


ホデッサは笑顔で答えますが、顔は下を向いていました。


「インキ兄さん、先にベッドに乗って」

「分かった」


ラジカに案内されて、インキ、ラジカ、ホデッサがベッドの上で川の字になります。手が縛られている2人の代わりに、ラジカが3人の体に布団をかぶせます。


「‥昔はよくこうやって寝ていたな、ラジカ」


あおむげになると腕や手が痛いのでしょうか、横向きに寝たホデッサが言います。


「うん、いつからだろう、こうして寝なくなったの」


ラジカは溢れ出る涙を押さえるように、涙を兄に見せないように、ホデッサの袖を引っ張りながら言います。


「ラジカがエスティクに行ってからだよな」

「ああ、4年前‥‥意外と最近だな」


そうやって、自分の顔をホデッサの袖にうずめます。


「アタシ、覚悟を決める。兄さんたちが死ぬのも受け入れる。だから今夜は、いっぱい甘えさせて。昔みたいに」


◆ ◆ ◆


翌日。

魔王軍は、ユハの都市部のすぐそこまで迫りました。

ユハの領主であるラジカの父ケビンは、一軍を連れて出陣します。マシュー将軍の軍勢と対峙するのに、それほど時間はかかりませんでした。

山あいの都市ユハの郊外の坂道で、下から登ってきたケビンと、上から降りてきたマシュー将軍の馬が、1キロという距離まで近づいてぴたりと止まります。

魔王軍を見て緊張してつばを飲むケビンに、マシュー将軍が先に話しかけます。


「我々は略奪のための軍ではない。無駄な血を流したくない。降伏してくれないか?」


ケビンはそれを聞いてもなお、返答に詰まっていました。マシュー将軍の背後に、私とラジカの乗っている馬に挟まれて、2人の捕虜が立っているのです。2人の捕虜のうち兄のホデッサが、すごい剣幕でケビンを睨んでいるのがケビンには分かりました。


「ホデッサ、インキ。お前らからも言うことはあるか?生きたいならこれが最後のチャンスだ。心して話せ」


マシュー将軍はそう言って自分の馬をのけ、捕虜の2人を前面に出します。2人にはそれぞれ、兵士たちが付き添っています。

ラジカは、もう結末は分かりきっているかのように目を涙で光らせてうつむいていました。それを横から見た私は、ラジカに呼びかけます。


「ラジカちゃん、馬から降りよ?」

「‥‥」


ラジカは無言でうなずき、馬から降ります。私も馬から降りて、そっとラジカの背中をさすります。ラジカは耳を真っ赤にして、ひたすら下を向いています。


「ホデッサ、ケビン」


2人の捕虜の姿を見たケビンは、思わずその名前を口にします。

そうしてケビンが何か言いかけたところで、ホデッサは息を吸い上げて、大きな声で叫びます。


「父上、降伏してはいけません!ウィスタリア王国の誇りを捨てず、徹底抗戦して下さい!」

「僕も同じです!魔族のような野蛮な連中にくみすることはありません!」


周囲の空気を震わすほどの、小さい爆発のような大きな声でした。

マシュー将軍はふうっと息をついて、言います。


「やれ」


ラジカが、私の胸に頭を沈めてきます。私はラジカを抱いて、後ろ頭を撫でてあげます。

ラジカの体が強く痙攣しているのが分かりました。熱い液体が私の胸を温めます。


ホデッサとインキは地面に座り、付き添いの兵士たちがその首をはねました。

兄弟の首は、満足げな笑顔を浮かべて、地面に落ちて転がりました。

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