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第219話 ラジカをなぐさめました

私とラジカが帰る頃には、魔王軍はすでにユハの郊外が遠く望める距離にまで近づき、そこで陣を設営していました。


「そうか、敵は今夜来るのか」


空が赤くなりもうすぐ夜という時間帯に、自分の幕舎でラジカから報告を受け取ったマシュー将軍は、あまり驚きませんでした。


「まあ、大軍と戦う時の定石だろうな」

「はい‥‥」


ラジカの声が小さく暗くなっているのにマシュー将軍はさすがに気付いたのか、椅子から降りて、ラジカのすぐ前でしゃがみます。


「ラジカ、お前は戦うな。中陣か後陣で休んでいろ」

「‥‥‥‥」


ラジカは言葉を発しませんでした。ただ地面だけを見ていました。

幕舎から出ていくラジカを、幕舎の外で待機していた私は見ました。うつむいて、とぼとぼと悲しそうに歩いていました。すぐに言葉をかけられるような気分ではありませんでしたが、私はラジカに寄り添って、隣を歩きます。


「1人にして」


ラジカはうつむきながらなおもそう言ってきますが、それでも私は、このラジカを1人にしてはいけないような気がしました。ラジカはぶっきらぼうな話し方をする、人見知りがゆえに昔から1人でいることが多かったのですが、一度1人になってしまうとそのままするするいってしまいそうな気がしました。

私はラジカの手首をぎゅっと、しっかり強く握ります。


「だめだよ。これから中陣のナトリちゃんのところに行こう。今のラジカちゃんは1人になっちゃだめ」

「‥‥‥‥」


ラジカは小さく首を振って私の掴んだ手首を離そうとしますが、私はなおもそれをしっかり握って離しません。

ラジカはもう一方の手で私の体を叩いたり、蹴ったりして一通り抵抗するのですが、かなわないと知るとため息をついて、おとなしくなります。ただ目は、ぎろりと私を睨んでいます。まるで不良みたいです。

ラジカを抱いたらダメだと知っていたけど、その時のラジカは抱いても大丈夫そうでした。どう見ても、敵意の眼差しでした。私は強い力で、ラジカの胴体を抱きしめます。


「ラジカちゃん。私やみんながついているから。絶対1人になっちゃだめ」


ラジカはずっと黙ったままでした。私がラジカの胴体から手を離すと、ラジカは特に抵抗もせず、逃げもせず、ただそこにぽつりと立ち尽くしていました。


「‥ナトリちゃんのところ、行こう?」


ラジカは目を細めて小さくうなずきます。


◆ ◆ ◆


ナトリは幕舎で1人になって、ベッドで横になって休んでいました。取次の兵士から起こしましょうかと言われましたが、起こすのは悪いので後陣まで連れていくことにしました。

ヴァルギスもメイも多忙だけど、ハギスなら絶対暇そうです。見た目はまだ10歳の幼女ですからね、仕事もそんなに多くないはずです。


「なるほどなの。ナロッサはウチがあずかるなの」


ハギスの幕舎も、ヴァルギスほどではありませんが、王族というだけあってきれいな絨毯がしかれ、立派なベッドやらテーブルやらが置いてありました。テーブルはあるけれど、ベッドに座ったハギスと、絨毯に座った私とラジカが話しています。


「とにかく1人にしちゃだめだよ、実力使っちゃっていいから」


私はラジカの背中をなでながらハギスに言います。


「任せろなの。まだ子供だけど、魔力だけは姉さんの半分くらいはあるなの。そうじゃないと王族はやってられないなの」


ハギスは朗らかな声で言って、身長ほどもある大きなフォークを空中で生み出してみせます。ベッドに座ったまま、そのフォークを元気よくぶんぶん振り回します。

人間は成長している間、魔力も一緒に成長します。魔族も同じで、ハギスが魔王になる頃には、今のヴァルギスと同じくらいの魔力を持っていることになるのでしょうか。


「‥いじわる」


ラジカはぼそっと言います。私はその横顔を見ます。目から涙が溢れています。

私はラジカの背中をなでながら言います。


「つらくなったらいつでも私を頼って。私、亡命の時にお父様とお母様を亡くしているから。分かり会える自信あるよ」


ラジカはしばらく私が背中をなでるのに揺られていましたが、やがて小さくうなずきます。


「‥うん、ありがとう」

「えへへ、ラジカちゃん大好きだよ」


そうやってラジカの頭をなでてあげます。桃のように紅潮した頬は、すでにいくばくかの涙で濡らされていました。

涙がきらっと光っているのに気付いたハギスはベッドから下りて、よつんばいになってラジカに近づきます。


「ナロッサ、こっち見ろなの」


ラジカが振り向くとすぐにハギスはその顔を掴んで、ぺろりと頬を舐めます。

ぺろ、ぺろと、ラジカの頬を濡らしている涙が、ハギスの口に入ります。

ラジカがぎょとんとした顔をしていたので、私が説明してあげます。


「魔族の間で昔から伝わる風習で、友達が泣いている時に頬を舐めてあげるの」


私もヴァルギスに1回されたことがあります(第3章参照)。ものすごく懐かしいです。

ラジカは少し笑って「知ってる」と言った後、自分の頬を舐めるハギスの頭を後ろから優しく撫でます。


◆ ◆ ◆


ラジカを置いて私がハギスの幕舎から出ると、すぐそばでヴァルギスと兵士が話していました。すぐその場を離れても良かったのですが、私がヴァルギスを見つつ立ち去ろうとするとヴァルギスが平手を見せてきたので、私はその場で立ち止まって話が終わるのを待ちます。

少しして話が終わって兵士がヴァルギスのもとを立ち去ると、ヴァルギスは私へ近づいてきます。


「今夜、夜襲だそうではないか」

「えっ?」

「いや、さっきマシュー将軍から報告があったのだ。敵軍が今夜夜襲を仕掛けるから、こちらが逆に待ち伏せしてやろうというものだ。貴様も前陣に戻ったら、伝令から作戦を聞くだろう」

「そうだったんだ」

「というわけで貴様、今から少し時間があるが、妾の幕舎に来れないか?」


表情にゆるみがなく、声もしっかり堂々としていましたが、手は私の服を小さくにぎってくいくい引っ張っていました。夜襲の日は夜遅くにヴァルギスと密会できなくなるので、今のうちにキスでもしておきたいのでしょうか。


「分かりました、魔王様。私もラジカちゃ‥ラジカのことで報告したいことがございまして」


ヴァルギスが歩き出すので、私もヴァルギスの隣に並んで歩きます。


「うむ、敵はラジカの父と兄だそうだな」

「はい」

「ラジかは今、どうしてる?」

「ハギス様に預かってもらいました」

「そうか、妾も後で会いに行こう」


ヴァルギスと慣れない敬語でのやり取りを終えた後、ヴァルギスはすました顔をして、辺りを見回します。


「戦争では時に、親友同士、血縁者同士が戦うことになる。誰もが慣れないのは当たり前だ。我が魔王軍にも人間の兵士が多い。彼らもまた、同じ気持ちだろう」

「‥‥うん。じゃなくて、はい。戦争とは残酷なものですね。ラジカのことを考えると胸が痛みます」

「ラジカも兄も悪くはない。悪いのは戦争だ。もっと言えば、戦争の原因を生み出したクァッチ3世とシズカだろうな」

「はい‥」


なんだかこちらの気分まで沈んできます。私は自然とこうべを垂れていました。ヴァルギスはそんな私を見て、にっこりと笑顔を作ります。


「まあ、暗い話はここまでにして、妾たちは妾たちの時間を過ごそうではないか」

「はい、魔王様」


そのあと私は、幕舎に入ってヴァルギスとお互いの口の中を隅々まで舐め合う濃厚なキスをしていくらか話したあと前陣に戻って、伝令からマシュー将軍の命令を聞きながら食事して仮眠しました。

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