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第217話 ユハの領主

翌日、私たち魔王軍は兵を引き連れて、オルホンを後にしました。次の目標は、ユハという都市です。私、メイ、ラジカ、ナトリが亡命する時に立ち寄った都市で、クァン・デ・ヴォルト、サビン・ド・ヴォルトという2人の兄弟と戦った都市でもあります。あの兄弟、今も元気にしているかなあ。

オルホンからユハまでは馬車で1日の距離はありますが、魔王軍には騎兵だけでなく歩兵も多数いる上に、大勢の兵を一斉に引き連れていくのです。どんなに軽く見積もっても、最低3日はかかってしまいます。

1日目は狩りをして、表向きはその肉をヴァルギスに献上しましたが、夜にそのヴァルギスの幕舎まで行って、メイにも誰にも邪魔されないねっとり濃厚な口移しをしてもらいました。えへへ。えへへえへへえへへえへへえへへ。今思い出すだけでも全身が火照ったように熱くなります。


「アリサ、今朝からずっと顔がキモいわよ」


2日目の昼休憩中、私の隣で食事をしていたルナに指摘されました。ううっ。

休憩のたびにいちいち布陣とかはさすがになくて、街道を歩いていた兵士たちが次々と地面に座って、それぞれが携行していた食料を食べる感じの休憩です。食料は朝の出発の時にそれぞれの兵士に配られます。オルホンとユハの間の街道は山間の道が多いですが、あまり険しい山というわけでもなくて、今回昼休憩に選んだのは、草原のようになだらかな斜面でした。あちこちに岩が地面に刺さっているように転がっています。

ビスケットを飲み込んだ私は、返事します。


「申し訳ありません、ルナ将軍」

「ったく‥またゆうべ何かあったんでしょ?勘付かれないようにほどほどにしときなさい」

「はい‥‥うん!」


私は表情を元に戻そうと思って、自分の頬をぺしぺし叩きます。

ルナは酒を飲んでいない時は無口でぶっきらぼうな感じを受けます。午後に酔いながら乗馬するわけにはいかないので、昼休憩で酒は飲めません。今回もそうやって黙々と食事が続きます。


一方、それと時を同じくして、先に敵の視察に行っていたラジカが戻って、走ってマシュー将軍の居場所を探します。


「どうした、ラジカではないか、随分早かったな」


マシュー将軍はちょうど、岩にもたれるように草原に座って干し肉をかしっているところでした。隣にはソフィーも座っています。ラジカは呼吸をあらけて発音もままならなかったので、手を地面につけて、何度も呼吸を繰り返して整えようとします。


「そんなに慌てなくても、ここに戻るのは今夜くらいでよかっただろうに。それとも、敵がすぐそこまで出撃していたのか?」

「‥‥違う」


やっと呼吸が戻ったラジカは、それでもまだひどい疲れが残っているようで、ものすごい剣幕でマシュー将軍を睨みます。


「‥‥敵将がアタシの父でした」

「えっ?」


マシュー将軍は食事の手を止めます。


「ユハの領主はアタシの父です。間違いありません」


その言葉に、周囲の空気が凍ります。ただ、こういう場面に慣れているのか、マシュー将軍は冷静に口を開きます。


「‥お前が都市の領主を任せられるほど身分の高い貴族だったとは思わなかったな。ナロッサ家は、俺がウィスタリア王国に仕えていた頃は聞いたこともなかった」


小さく笑い飛ばすつもりでマシュー将軍は言いましたが、ラジカは真剣な表情を何一つ変えず、まっすぐマシュー将軍の目を見て答えます。


「はい、アタシも不思議に思っています」


マシュー将軍は、ソフィーの表情を一通り読み取ってから、うなずきます。


「本来なら今すぐにでもラジカを講和の使者に出したいところだが、何人か斥候を町に放って事情を調べよう。ラジカ、手配してくれるか」

「はい、分かりました」

「その前に昼飯は食っておけ」

「はい」


ラジカは立ち上がり、兵糧の樽などが置いてある場所へ歩いていきます。


◆ ◆ ◆


ユハの領主は、ラジカの父でした。そして、その直下にいる家臣は、ラジカの2人の兄です。兄がホデッサ、弟がインキといいます。

ラジカがマシュー将軍のところに着いて領主の正体を報告した翌日の昼、父と2人の子供は、ユハにある領主城の食事室の四角いテーブルを囲んで食事をとっているところでした。


「‥報告によると、敵軍はすでにそこまで攻めてきているそうだ」


父ケビンが言うと、ホデッサは冷静に返します。


「迎撃すべきでしょうか、それとも籠城でしょうか?」


弟のインキは慌てた様子です。


「ど、どうしよう、60万の大軍が攻めてくる‥‥」

「うむ。ラジカの行方もわからないし、俺たちはラジカに会えないまま死ぬのか‥‥」


ケビンは自分のひげを指でなそって、ため息をつきます。

ラジカは斥候という立場もあって、あまりその存在を公にしていませんでした。なのでウィスタリア王国もラジカがアリサと一緒に亡命したという情報までは掴んでおらず、行方不明扱いになっていました。アリサと違ってエスティクの寮を立ち去る時に手紙を残したりしませんでした。あとは、行方不明になった翌日に王都カ・バサのある宿屋の名簿に残された「ラジカ・オレ・ナロッサ」の名前。手がかりはほとんどありません。

ケビンは2人の兄弟に切り出します。


「‥俺は、戦いたくない」

「何を言うんですか!」


ホデッサはばんとテーブルを強く叩きます。ケビンは少し怯えた様子で、声を震わせて答えます。


「い‥いや、だが、我々は前の領主の後釜として、消去法で指名されたのではないか」


実はユハにもともといた領主は、ユハの物資不足のため、王都カ・バサにいる奸臣ハラギヌスやウヤシルへ賄賂を贈ることができなかったのです。そのために領主は王都へ呼び出されて殺され、次の領主が就任しました。しかしその領主も賄賂を用意できなかったために死に、次の領主、次の領主‥‥へと繰り返していくうちに、本来身分が低いはずのラジカの父ケビンが領主になってしまったのです。魔王軍が攻めてきた時のユハの領主がケビンだったのは偶然でした。


「前の領主も、その前の領主も殺された。我々はどっちみち死ぬ運命なんだ、だからここはいっそ降伏したほうがいいのではないか」


ケビンはそう言いますが、ホデッサは大きな声で怒鳴ります。


「俺たちナロッサ家は代々ウィスタリア王国から家禄をもらってきた恩があるではありませんか!なら、国のためにお仕えするのは当然です!徹底抗戦すべきです!」

「ホデッサはまだ子供だから知らないかもしれないが、理想論を並べないで欲しい。確かに俺も国を裏切りたくないのだが、大人の世界には賄賂というものがあってだな‥‥」

「それが何だというのですか!なあ、インキ?」


ホデッサに指名されたインキも、おそるおそるうなずきます。


「ぼ、僕も死ぬのは嫌だけど、ウィスタリア王国を裏切ってまで生きながらえる気持ちはありません。お国のためなら、この生命の1つや2つ‥‥」


そう言ってぎゅっと震える手を握ります。


「うう‥」


ケビンはこの空気に耐えきれず、頭を抱えてしまいます。なんという運の悪い時期に領主になってしまったのでしょう。2人の兄弟がいろいろ話してくるのですが、その言葉はもう耳には入りません。何としてもこの2人の息子を死なせず生かしてあげたい、ここで無駄死にはしたくない、そんな気持ちでいっぱいでした。


ケビンが昼食を終え、午後の公務のために大広間の立派な椅子に座ったタイミングで、1人の兵士が報告してきます。


「申し上げます。敵軍から使者が来ています」

「なに、すぐここに呼んでこい」

「はい」


その兵士と入れ替わりに大広間へ入ってきたのは、ラジカとアリサでした。

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