第20話 魔王の大好物(1)
今回買った服は私のアイテムボックスに入れたので、店を出た後のみんなは手ぶらです。私がアイテムボックスに服を入れるのを見て、ニナは「何それ?」と驚き、ナトリはなぜか悔しがっていました。
そのあと、まおーちゃんはナトリとすっかり打ち解けたようです。
「ほう、これが人間の町の市場か。妾たち魔族のものと大差ないのう。どれ、何が売ってある。ここは果物か」
「それはリンゴ、これは桃だ」
「金をやる、1つくれ、おっと通貨が違ったか」
「ナトリが払ってやろう」
そんな2人を見て、私は頬をぷくーっと膨らませていました。面白くありません。私以外の人と仲良くしていると、なぜかむかむかってくるのです。
「え、えっと、アリサも夜は魔王と一緒に寝てるよね?これくらい我慢してあげたほうが、いいんじゃないかなって」
ニナが私を落ち着かせようとしてきます。
「だって、ベッドに入れてくれないもん‥」
私はゆうべのことをまだ引きずっています。
「それはこれから仲良くなればいいかな〜?」
「ていうか、これ、もとは私とまおーちゃんのデートのはずだったのに‥‥ナトリちゃん誘うんじゃなかった、こんなに気が合うなんて‥‥」
「まあまあ。‥‥そういえば、ちょっと気になってたけど」
「ん?」
「魔王がさっき帽子店で言ってたけど、アリサ、魔王のこと恋愛として好きなの?」
ニナが当たり前のことを聞いてきたので、私は真顔でうなずきます。
「うん、そーだよ」
「え、ええっ、じゃあこの前お風呂で言ってたのは嘘じゃなかったんだね‥ええっと、それはつまり、女の子同士で付き合うってことかな?」
「うん。まおーちゃんキュートで華奢でツノもしっぽもかわいいでしょ?守ってあげたくなるタイプだよ〜」
「守ってあげたくなるって‥‥魔王のことを何だと‥‥はぁ」
ニナは呆れるのにも疲れたようです。
「会ってまだ4日目じゃん?そういうのはまだ早いんじゃないかなぁ。まずは友達からだよ友達」
「全部聞こえておるぞ」
まおーちゃんがりんごをかじりながら振り向きます。
「時に貴様、下等な人間が妾と友達になれると言ったか?」
まおーちゃんはニナに、いたずらまじりの微笑みを見せます。ニナは顔を真っ青にして否定します。
「そ、そんな、滅相もないです、魔王と友達なんて、いまだかつて考えたことなくて‥‥」
「それはそれで心にくさりとくるのう。まあよい。隣の奴よりはましだ」
そう言って、りんごの残りをかじります。私は自分を指差して聞きます。
「えっ、私?」
「この妾と恋愛の意味で付き合いたいと言って、妾に抱きついて頬ずりまでしてきたからな。妾の国では同意のない性行為は厳罰だ。しかも妾に洗脳されたいだの、一緒のベッドに入りたいだの、滅茶苦茶なことばかり口走りおって。強制収容所に隔離するレベルだぞ」
「ううっ、だめかな‥‥?」
私は半泣きで、両手の人差し指をお互いの指にくっつけてくりくりしています。
「‥まあ、そこが貴様のいいところだがな」
まおーちゃんはそうつぶやいて、また前へ歩きます。落ち込んでいた私は一気に顔をぱあああっと明るくして、
「え、ええっ、それって、これからもアプローチしていいって意味!?」
「そ、そういう意味ではない!」
まおーちゃんに突っ込まれました。どういう意味なんでしょう。
「そういえば、おなかすいてきたね」
帽子や服で騒いでいたら、もうお昼です。ニナもお腹を押さえて言いました。
「何か食べたくなってくるね〜」
「うん、ねえ、まおーちゃんは何が食べたい?」
「ん?妾は何でも良いが、魔物料理は勘弁してくれ。妾にとっては共喰いだからな」
「何でもいいんだったら、みんなレストラン行く?」
というわけで、みんなでレストランに行きました。
私とニナが2人でお出かけする時によく利用していた店です。個人経営で、広さはそんなにありませんが、テーブルがいくつか置いてあります。内装は木や石がメインで、中世という雰囲気が出ています。内装を作る時に使ったのでしょうか、歴史ある大樹のこうばしい香りが、あたり一面に広がっています。
「ほう、人間の店もなかなか雰囲気があるのう」
まおーちゃんは開口一番、その店のことを褒めていました。
「でしょでしょ!ニナちゃんと一緒にここで食べたりしてるの!」
さすがにこの店のガイドはナトリには譲れません。私はまおーちゃんに話しかける権利をとろうとしています。
一方のナトリには、ニナが話しかけています。
「ナトリ、こういう店は初めて?」
「ああ、ナトリはいつもチェーンのレストランに行くからな。個人経営はどうにも落ち着かない‥‥」
「そういう人もいるよね〜」
四角形のテーブルに、私、まおーちゃん、ナトリ、ニナが時計回りに座ります。ニナはやっぱりまおーちゃんの隣は無理みたいです。
店員が来て、メニューが配られました。
「じゃあ、私はこれとこれかな」
「私はこれがいいな」
「ナトリはこれだな」
「ねえねえ、まおーちゃんは?」
と、まおーちゃんの方を見ます。まおーちゃんはメニューに顔を沈めています。メニューの冊子を持つ手がぶるぶる震えています。
「こ、これは‥‥」
「まおーちゃん、どうしたの?」
「はっ、何でもない」
まおーちゃんは我に返ったように、あわてて冊子のページをぴらぴらめくります。
「これ!これだ!妾はこれがいい!」
少し慌てている様子でした。
「うーん?それ辛いけど大丈夫?」
「む!?じゃあこれだ!」
私とまおーちゃんの不自然なやり取りを見てニナが何かに気付いたのか、自分のメニュー冊子のページをめくります。
「んん‥?」
ニナは、メニュー冊子の最後の方をましまし眺めていました。
その時店員が来たので、みんながそれぞれ自分の欲しいメニューの名前を言うのですが、ニナだけが店員を手招きして「えっと、これもお願いします」とメニュー冊子を指差して言いました。
私のところにはスパゲッティ、まおーちゃんのところにはハンバーグが来ました。
「おい、テスペルク!このナトリに対して粉もので張り合うとは百年早いな!」
そう言うナトリは豚の生姜焼きでした。何の勝負だったんでしょうか。
「えっと、ナトリも普通だね〜」
「ニナは黙ってろ!」
ニナはラークという食べ物でした。前世のうどんの麺をひらぺったくしたようなもので、この世界で人気のある食べ物の1つです。食感や味はうどんとほぼ同じです。たぬきうどんのように、大豆を加工して作られた油揚げのようなものと、ネギを細かく切ったものが添えられています。
「全員届いたな、さて頂くとするか」
「いただきま〜す!」
さあ食べようというところで、また店員が皿を運んできました。
「‥‥うん?」
まおーちゃんは、その皿に乗っているものを見て、ましましとそれを見つめます。
その皿はニナのところへ行きましたが、
「すみません、これはあちらの人にお願いします」
ニナがそう言ったので、この皿はまおーちゃんの前に置かれました。
まおーちゃんの手がぴたりと止まりました。
「どーしたの、まおーちゃん?ここのハンバーグもおいしいよ?」
私が声をかけますが、この時のまおーちゃんはお嬢様とは思えないほど行儀悪く、手をグーにしてフォークを握って、どすんとハンバーグの真ん中に突き刺していました。ハンバーグの皿がやかましく鳴ります。
口は固く閉じていますが、その端っこからよだれが滲み出ています。
「どうした、テスペルクの使い魔」
ナトリも心配になって聞いてきますが、まおーちゃんはしばらく固まっていた後、向かいにいるニナをゆっくりと見上げました。
「これは‥妾のものか?」
「え、う、うん、だめだったかな‥?」
まおーちゃんのもとに置かれていたのは、ひとつのショートケーキでした。




