第2話 私の前世のはなし
私には、実は前世の記憶があります。
前世、私は日本という国にいました。前世の私は物静かで読書と空想が好きでした。当時のはやりは異世界ファンタジーもので、本屋でそういう小説や漫画を見つけては買い、家で読みふけっていました。
私は、前世には存在しない「魔法」というものにたいへん興味を惹かれました。科学では到底実現できない事柄を自由自在に操れるというのです。精霊と対話しながら、あらゆるものを自分の思いのままにできるのです。わくわくしませんか?
そうして私は、魔法の話にはまっていきました。
魔法を現実で見たいと思い、理系の大学に進学し、社会人になってからは某研究所に就職し様々な科学的、先進的な研究をしましたが、所詮は科学の範疇であり、魔法ではありません。
魔法が実現できるならこの目で見たい、そう思った私は貯金してから研究所を辞め、山の中に庵を結び、ほうきに乗って跳んでみたり、様々な草を調合してみたり、魔法使いがいたという伝説のある地は国内外問わず訪問してみたり、とにかく魔法と名のつくものは何でもやりました。魔法研究に関する本も多数出版し、少数ですがファンもついてきて、その方たちと何度も交流し情報交換しあって、うち1人と結婚しました。
結婚して子供を作った後も魔法研究を続け幸せな生活は続きましたが、生涯を通してついに魔法というものをこの目で見ることはできませんでした。
無事天寿を全うしたわけですが、魔法というものをひと目見ることもできなかったのが唯一の心残りでした。なので私は神様にお願いしました。
来世では、魔法というものが存在するファンタジー世界に転生したいと。
そして、私自身、魔法を使う職業に就きたい。なんでもいいからとにかく魔法を使いたい。
前世で一生涯かけて追究した分、来世では魔法に囲まれて暮らしたい。
「とにかく魔法使いになって魔法をたくさん使いたいんです!」
「じゃから、さっきから問うておるが、魔法を使って何がしたいのだ?」
「とにかく魔法を使いたいんです!魔法を使うのが目的なんです!」
そうして半ば強引に神様を説き伏せ、魔法の存在するパラレルワールドというものに転生させてもらうことになったのです。
この世界は、地球が誕生してから前世と同じ時間が経過しているらしいのですが、なにぶん暦が違います。暦が違えば文化も違うもので、中世のスイスやイタリアを連想するような、石造り、レンガ造りの建物が並んでいます。道も石畳で、自動車の代わりに馬車が行き交っていました。国体も、民主主義はむしろ少数派で、私のいる国も含め、封建社会が主流のようでした。
私はウィスタリア王国という国の第三都市・エスティクで、下流貴族の次女として生まれ、アリサ・ハン・テスペルクという名前を授かりました。
茶髪、金髪、その他にも多様の彩りを持った髪の毛をしている人が多い世界にもかかわらず、日本人のような黒い長髪を伸ばし、りんとした目をした私は、親から長女と同じようにかわいがられました。社交界でも、幼い頃から美女としてちやほやされていました。
この世界で魔法と初めて触れ合ったのは、物心ついたか分からない3歳の頃です。私はその時のことをはっきり覚えています。私の屋敷に野犬が迷い込んだときのことです。私が屋敷の中の道を歩いていたところ、草むらから野犬がいきなり現れ、私に襲いかかりました。
それに気付いた父が、火の魔法で野犬を焼き払ったのです。
前世のことをはっきり思い出したのはもう少したった後ですが、あのときの私はとかくにその火の魔法に興味を惹かれました。本能が、魔法をもっと知りたいと魂の底から叫んでくるのです。父に何度もお願いして専属の家庭教師をつけてもらい、魔法を教えてもらいました。
とにかく魔法を使うのが楽しかったのです。家庭教師のいない時にも積極的に魔法を使いました。
「魔法でフォークを持つのはやめなさい。行儀が悪いよ」
「着替えるときくらい魔法を使わず手でやりなさい」
「あのね、たしかに包丁を魔法で持つと危なくはないんだけど、なんか違うかなあ‥‥」
「ピアノを魔法でひくのやめてよ、ちょっと怖い」
「お茶とお菓子は手で持ちなさい、お茶会でそんな食べ方をしたらいじめられますよ」
父、母、姉、使い人のメイドに、呆れ気味でこのように注意されることも珍しくありませんでした。でも私は、魔法を使うのが無情に楽しく、どんな小さいことにも進んで魔法を使おうとしました。
家族を強引に説き伏せて、ようやく、家族と使い人以外が見ていなければ浮遊の魔法で移動することを認めてもらいました。なので私は5歳の頃から、来客があった時以外は地面に足をつけていません。椅子に座るときも尻は0.5〜1センチくらい浮いています。背もたれを使うのももったいなかったので、魔法で背もたれとの間に薄い空気の塊を作ってそこに背中を預けていました。空気の塊は、目に見えない風船のようにぷよぷよしていました。寝るときも、布団の中に入っていると見せかけて、布団の中でさらに体を空気の塊で包む魔法を使いながら寝ていました。空気の塊の温度調整もできるので、冬や夏でもぱっちりです。
本来は一日中魔法を使い続ける、寝ている意識のない間にも魔法を使い続けるなどは、魔力が高く、手練れた一流の魔法使いでないと不可能なことらしいのですが、魔力の量は神様がなんとかしてくれたと思いますし、私も日々そういう生活を送ることで鍛えていました。
ペンを持つ、食器を持つなどはさすがに魔法を使ってはいけないとしつけられたのですが、それすらすべて魔法でやるのが私の夢でした。なので、12歳になり、6年制・全寮制の魔法学校に入学することが決まった時は、部屋中のすべてのものを浮遊させながら、自分も浮遊して部屋中をかけめぐって喜んだものです。もちろん後で両親にこっぴとく叱られました。何も壊してないのにね。
家族とは、魔法を使いすぎないという約束をしましたが、当然私は守るつもりはないです。姉も同じ学校に通っていたのですが、私が3年生になって姉が卒業した後は、とにかく自由・自由・自由のパラダイスです。部屋中の家具や荷物など全てのものは私が授業中・外出中の時も含め常に浮遊させ、今は一度も自分の部屋の床に足をつけたことはありません。掃除も魔法です。お風呂も浴場には行かず、魔法で部屋の中に湯の塊を作って入ってます。寝る時も体を温めた空気の塊で包んで、浮遊しながら寝ます。寝ている途中で魔法が切れて落ちる心配も、当然していませんでした。子供の時に布団の中で鍛え続けていたのですから。
いつしか、寮の友達から、私の部屋は無重力空間などと言われるようになりましたが、全然気にしていません。
こんな生活を送っているせいもあって、私の魔法学校での成績は、魔法の実技に限ってですが、きわめて優秀でした。10年に1度の逸材と先生から言われたこともあります。私も家族からよくしつけられたので、さすがにどの程度の魔法までなら使っていいのか分かります。入学試験や授業でも、他の生徒達の様子を見て、それと同じくらいの力の魔法を使ってきましたが、他の生徒のように失敗することはこれまで一度もありませんでした。
座学でも、魔法の話には目がありませんでした。魔法の歴史、理論など。前世で理系の勉強をしていたときの何杯も何倍も努力し、今では上級生ところか、様々な文献を取り込み魔法学会に提出する論文を書くまでにもなりました。もちろん先生たちはあまり協力してくれません。私のほうが圧倒的に魔法に詳しいからです。
でも私はとにかく魔法が好きだったし、友達付き合いもありましたので、テストさえできれば出なくていいと言われた授業にも普通に出ています。もちろん、椅子には一切接触せずに。