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第211話 魔王軍、出陣です

翌朝。

私はヴァルギスのおはようのキスで目覚めましたが、ヴァルギスは「まだ寝て良い」と言っていました。窓を見ても、まだ太陽があがるような時刻ではなく、向こうに見える山からほんのり光が見えるだけで、あとは真っ暗でした。他のみんなも寝ています。

ヴァルギスはベッドから下りようとしますが、私はその腕を掴んで引き止めます。


「どうした?」

「あのね‥実は私とまおーちゃんの関係、家臣たちにばれていたの。ルナ将軍が言ってたよ。‥‥まおーちゃんの同性愛ってスキャンダルだよね?だから、毎晩まおーちゃんの幕舎に行く予定、なくしたほうがいいんじゃない?兵士もたくさんいるし、危険だよ」


私はできる限り小さい声で言います。

ヴァルギスは少し目を閉じます。私がヴァルギスの腕を離してからしばらくして、ヴァルギスは答えます。


「そういうものはばれてもともとだ。世論など後でどうにでもなる。貴様が気にすることではない。今夜も約束の時刻に来い」

「え、でも‥」

「じゃあな」


呼び止める私を無視して、ヴァルギスはベッドから下りて、そのまま部屋を出てしまいます。

窓からほのかに差し込む光が、ドアの開閉でできる影を大袈裟なほどに大きくします。

その影が消えて壁をまた光が照らす時、私はすうはあと深呼吸します。


「‥うん、まおーちゃんが言うなら大丈夫だよね」


そうつぶやいて、私はもう一度ベッドに入って、眠りにつきます。

浮いても良かったのですが、出陣の大切な日に絶対浮くな寝坊したらどうすると、メイからあらかじめ釘を差されていたのでベッドで寝ます。


◆ ◆ ◆


私たちはヴァルギスのいない朝食を終えた後、魔王城の闘技場のグラウンドに行きます。そこはすでに、何百人もの将軍や部隊長でこったかえしていました。ここで、それぞれが配属された場所に向かって散らばっていきます。


「それでは、頑張ってください。お姉様」

「アリサも頑張って。私、祈るから」


メイは高官らしく立派な服を着ていましたが、それでも汚れることを想定したデザインらしく、あまり派手ではなく少し地味な赤色をした厚い布のドレスのようなものでした。

メイ、ナトリ、ハギスに挨拶すると、3人はそれぞれ人混みの中に消えていってしまいます。ハギスは「冷凍じゃないくさや‥冷凍じゃないくさや‥」とぶつぶつ言ってました。戦争が終わるまでの我慢ですね。


私と同じ前陣に配属されたラジカとは途中まで一緒に歩いていましたが、「じゃあ」とラジカが言って離れていきます。ラジカはマシュー将軍の付き人、私はいち部隊の副将なのでラジカのほうが身分が高く、居場所も全然違います。私はルナ将軍を探して歩いているのですが、その途中で青い装束をつけた男にぶつかります。


「あああっ、ごめんなさい、よそ見してました!」

「‥‥君はアリサではないか?」

「この声は‥ウヒルさんですか!?」


私は顔を上げます。青い布で口周りを隠したその男は、間違いなくあのウヒルでした。


「久しぶりだな、君も前陣に配属されたのか?」

「はい。後方支援部隊の副将に任命されました」

「そうか。せいぜい邪魔するなよ」


むーっ。ウヒルを見ていると、なんとなくむかむかしてきます。隙だらけと言われたり、ウヒルにとって私は一体何なのでしょうか。

「‥あっ」と、ウヒルが去り際に思い出したように立ち止まって、振り返ります。


「忘れるな。君は隙だらけだ。今この時も俺なら君を簡単に仕留められる」


あーあーあー、また言われちゃいましたー!


「はい、分かってます」


私は怒りを隠さずに、でもなるだけ笑顔で返事します。


「まあ、後方支援なら君の弱点を敵にさらす機会も少ないだろう。頑張れ」

「はいはい」


ウヒルはこう言って立ち去りました。その後ろ姿むかつきます。私も機会あらば名だたる敵の名将を捕まえてこようと決心しました。あ、人を殺したいという意味ではありませんよ。


「みな、集まったか?」


闘技場の前方にしつらえられた、舞台のような大きい台に乗ったヴァルギスが、マイクを手にして言います。マイクと言っても、前世にあるようなものではなく、拡声魔法の仕掛けられた短い木の棒ですね。その声が、闘技場全体に響き渡ります。

ヴァルギスはマイクをマシュー将軍に渡します。60万の兵を率いる数百名にわたる将を相手しているだけあって、マシュー将軍はおごそかにそのマイクを受け取ると、前に立って言います。


「これより壮行式を始める。お前らも知っているように、俺たちはこれからウィスタリア王国へ攻め込み、クァッチ3世を討ち、この国だけでなく世界全体に平和を取り戻す。さもなければ、さらにクァッチ3世の犠牲者が増えるだけだ。我々自身のため、人類のために、我々は必ず勝たなければならない」


将たちが一斉に左腕を挙げ、左袒さたんの喚声をあげます。

その後も、ヴァルギスやマシュー将軍、ソフィーの3人によって、壮行式は進められます。進軍経路についても説明されました。

私たちの軍勢はハールメント連邦王国から50万、そのうちウィスタリア王国から帰順した兵20万。魔族連邦を構成する他の国からも10万の兵士が集められ、総勢60万です。進軍の途中、ウィスタリア王国との国境近くで、連邦の構成国の1つハデゲ王国の兵とも合流します。

300万の兵を擁するウィスタリア王国へ攻め込むのは、この60万の軍勢だけではありません。魔族連邦を構成する他の国も軍を編成して別働隊となり、旧クロウ国の周辺国の領土へ侵攻します。それらの軍とは、デ・グ・ニーノで合流する手はずになっています。

さらに、獣人で構成される、グルポンダグラード国を盟主としたゲルテ同盟の軍勢も、南の方から同時に攻め込みます。大イノ=ビ帝国からも、旧クロウ国の亡命政府に所属する将兵たちが参加し、旧クロウ国の王都を目指してから他の人間軍と合流します。ウィスタリア王国の南東にある複数の人間国も私たちの味方をして、いくらか軍勢を送り出してくれます。それらとは、王都カ・バサの近くにあるミハナという地で落ち合う約束になっています。

なので私たちはウィスタリア王国王都カ・バサへ向かう前に、まずデ・グ・ニーノへ行きます。その次に一気に南下して私の生誕地であるエスティクを経由してミハナ、最後に王都カ・バサへ攻め込むことになります。当面の目標はデ・グ・ニーノになります。

そして、最初に攻め込む都市は、ハールメント王国との国教に近いオルホンという場所になります。ユハよりもさらにハールメント王国へ迫った場所になりますね。私たちの亡命の時は、ハデゲ王国を経由するルートだったので寄りませんでしたが、今でも国境をめくる紛争が続いています。まずはその紛争を終わらせるのが第一の課題です。


軍歌の次に、国歌が流れます。私が国歌と触れ合う機会はあまり多くないですが、年末年始に一回歌ったことがあります。内容はうろ覚えなので、私は周りの人たちに合わせて歌いました。あまり短くなく、それでいて長くもなく、ウェンギスの親征と祖国の勝利を称賛する歌でした。1番、2番、3番がありますが、2番は人間に対する残虐な行いをそそのかすような内容になっているので、ヴァルギスの代になってからは歌われなくなったらしいです。時代の流れを感じます。

私たち将軍は整列して、身分の高い人が多く配属された後陣から順に、整列して闘技場を出ていき、王都ウェンギスを囲む長城の南の方で待機している60万の兵たちのところへ向かいます。メイは後陣の中でもナンバー5に入るくらい身分が高いので、列の先頭の方にいるんじゃないでしょうか。

私たち前陣の将軍も闘技場を後にして、主将のルナに従って馬に乗って魔王城を出て、大通りを通って南の長城の門を目指します。道中、住民たちが野次馬になって私たちを見ています。


私がはじめて軍歌を聞いたのは、ベリア軍が攻め込んできた時のラジカの壮行式の時でした。あの時は、戦争を賛美する歌だと思って不快になっていましたが、今はそうではありません。戦争以外に手段がないというところまで追い詰められているのです。そこから湧き出るものは、私たちを戦争せざるを得ない状況まで追い込んだウィスタリア王国のクァッチ3世に対する憎しみの気持ちと、人を殺戮しなければいけない運命を背負った将兵たちへの同情でした。そして今、私たちを道端から見ている住民たち。彼らの命も、私たち遠征軍が握っているように思うのです。

この国の命運は、私たちに任せてください。少しでも民衆に不安なところを見せるわけには行かないと思いました。ですから私は、手綱をしっかり握って、前を向いて進みました。


挿絵(By みてみん)

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