第209話 私と魔王の交際ばれてました
私たちはテーブルが10くらいしかない、小さめの料理店に入りました。10人規模のグループが、2つの大きなテーブルをつなげて椅子に座ります。店のメニューを見ましたが、ここではウルゲムという、牡蠣のような食べ物がおいしいところらしいです。牡蠣といってもよく食卓に並ぶカキフライなどではなく、貝殻についている身を直接引き剥がして食べるタイプの本格的な食事です。塩味、タレ味、胡椒など、味付けにもこだわっているようで、メニューの選択肢が多いです。
「決まった?」
私の隣の席に座ったメイが尋ねてきます。ちなみにメイは私とラジカに挟まれています。特に魔族が極度に怖くて近寄れないというわけではなくて、私たちと一緒にいると落ち着けるらしいです。
「はい、決まりました」
「他の人はどうでしょうか?」
メイが尋ねると、ルナもその隣にいる何人かの男女の将軍も「はい、決まりました」と返事します。年齢はルナ将軍たちが上ですが、一番身分が高いのはメイです。ぎこちなさを感じますが、私はなぜかこの時、これからはもしかしたらこれが普通になるような、そんな感覚に襲われていました。
店員が注文を聞き取りに来ました。少しして、酒が次々と配られていきます。みんな酒を手にするのに対して、私1人だけりんごジュースです。
「‥ねえ、アリサはジュースなの?」
「はい、特に理由はないのですが、未成年でいるうちにお酒を飲むのに抵抗感がありまして」
「変わってるわね。食事の時に変な挨拶するのもアリサだけよ。不思議ね」
そうこう話しているうちに、ルナや他の将軍たちからの視線がメイに集まっているのに気付いて、メイはびくっと肩を動かします。
「ど、どうしたのよ‥」
「メイ様、乾杯のご挨拶をお願いします」
ルナの隣りに座っている、グループのリーダーらしき男が言いました。た、確かに一番身分が高いのはメイですからね‥‥。
「あたし?うう‥‥明日から我が軍は出陣です。長く、苦しく、つらい戦いが予想されます。そんなことはいったん忘れて、今夜は楽しみましょう。乾杯です」
急に乾杯をふられてメイは少し慌てた様子でしたが、それでも噛まずに挨拶できました。次々とグラスがかわされていきます。
「‥慣れないわね」
酒を少し飲んだメイは、静かにグラスをテーブルに置きます。
「お姉様、こういうのは慣れませんか?リーダー経験もあるとお聞きしましたが」
「確かに仕事でリーダーはやったわよ。でも実績もないのにいきなり魔王様の幹部という、この国で上から何番目に偉いポストにされて、こうして周りから畏怖される気持ち、アリサに分かるの?」
メイは副営長のことをまだストレスに思っているのか、少し愚痴っぽくなっています。
メイは少し考えて、正面で酒を飲んでいるルナに声をかけます。
「‥‥初めまして。あたしはメイ・ルダ・テスペルクといいます。アリサの姉です。よろしくお願いします」
メイがそう言うとルナは急にかしこまって、まさに目上の人にするように礼儀正しく頭を下げます。
「初めまして、ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。ルナ・ホージュメイトといいます。前陣の後方支援を担当します」
テンプレみたいな自己紹介です。というか、その妹である私と話すときとは完全に態度が違います。家臣がヴァルギスと話す時のそれです。
メイは「はぁ‥‥」と大きくため息をついて酒を一口二口飲んだ後、覚悟を決めたのか、「上司は上司らしくしないとね、威厳は安売りしてはいけないもの」と私に向かって小さい声で言うと、わざとらしく姿勢を崩してひじをテーブルにつけます。
「確か、ルナの部隊の副将ってアリサよね」
「はい」
メイの質問に、ルナが丁寧に対応します。メイは私の肩を掴んで言います。
「あたしの妹だからって遠慮は無用よ。むしろアリサに不満があったらあたしに言いなさい。こっぴとく絞ってやるわよ」
「お、お姉様、なんてこと言うんですかっ!」
反抗する私の鼻の先を、メイはぴんと指でつつきます。
「毎日のように人前でキスしてるんだから、アリサも少しは反省しなさいよ。あんたらのバカップルぶりには呆れてるんだから!」
そう言って、ぷいっと私から顔を背けます。お姉様、ひどいです。確かに私も悪いですが。
と思ったら、ルナが酒を一杯飲んでグラスをテーブルに置いて、真顔でメイに質問します。
「‥‥キスの相手は魔王様ですか?」
それを聞いた私がびくびくっと肩を震わせて大袈裟に反応するので、メイはテーブルの下で私の足を踏みます。けっこうきつめに靴をこすりつけてくるので痛いです。骨が折れそうです。痛みで死にそうです。
「ごめん、足踏んちゃった」
メイはそう言って、私から足を離します。いや絶対わざとやったでしょう。私は「ぜーはー」と言いながらうつむいて呼吸を荒けています。
「‥‥女同士でキスとか妄言も甚だしいけど、アリサの振る舞いに、そう思われても仕方ない言動があったということね。アリサなら仕方ないけどね、はぁ。念のため聞かせていただきたいわ、姉としてしつけなくちゃね」
メイはすましたように冷静に言って、またグラスを手にとって口につけます。しかしルナはため息をついて、テーブルから身を乗り出して、口に手を付けて小さい声で言います。
「メイ様。魔王様とアリサの関係は周知の事実です」
「‥そう。カマをかけようとしてるの?」
メイはあくまでも冷静に対応しますが、ルナはテーブルから身を乗り出したことにより倒れそうになったグラスを少し遠くへどけてから、さらに続けます。
「城で、魔王様の部屋の周りに、重臣たちがフリーアドレスで残業のために自由に利用できる部屋があるのはご存知でしょうか?」
「ええ、あたしも小耳に挟んだことはあるわ」
確かにありましたね、私も確か決闘大会が終わった直後に、ヴァルギスの部屋と間違えてケルベロスのいる部屋に入ってしまったことがあります(第5章参照)。
「そこに出入りしている家臣たちが、アリサがヴァルギスの部屋に毎晩のように入ったり出たりしてるのを目撃してるのです」
「‥‥っ」
メイは言葉を詰まらせます。
確かに私とヴァルギスの仲が特段いいことについては使用人たちには口止めしていたはずですが、家臣までは口止めしてなかったです。そこから漏れてしまったのでしょうか。足の痛みはすでに引いていましたが、私はどうすればいいか分からず、頬を赤らめてうつむき続けていました。
「‥あれは魔王様が亡命したばかりのアリサに魔族語をお教えになってるだけよ。大体そんなことで友人と恋人の区別ができるわけ?」
「最近は魔族語のテキストも持たず、手ぶらで出入りしているのだとか」
「あ‥‥」
私は思わず声を出してしまいます。確かに最近は私も魔族語をそこそこ上手に話せるようになり、ヴァルギスと2人きりでいる時も魔族語を使って話すようになりました。自然と魔族語の勉強の機会自体がなくなり、手ぶらになってしまっていたのです。
「それだけではありませんよ。聞いたところでは、ハラスと戦っている時に週1で手紙のやり取りをされていたとか。それに、繰り返しお2人でお会いになっていたとか。確か、アリサの他にもメイ様、ナトリ、ラジカが魔王城にお住まいでしたよね。他の面子には会わずにアリサにだけ会っていたのを、みな不審に思っているんですよ。あくまで噂止まりですけど」
「‥‥‥‥‥‥‥‥何が言いたいの?金?地位?」
冷静を装っていたはずのメイの顔は、すっかり歪んてしまっていました。




