第208話 出陣前夜に飲みました
そのあとも何日かに分けて合同訓練を重ねました。はじめは「拙い対応が多かったわ、反省しないとね」と言っていたメイも、マニュアルを熟読したり先輩から教えてもらったりしたようで、少しずつ顔から不安が消えていくのが分かります。
ラジカも敵陣にカメレオンを放つのを何パターンか試行しましたし、ナトリも中陣からの攻撃の連携がうまくなったようです。かくいう私は、味方を強化する時の力加減について何度も指導されました。あまり強く強化しすぎてもかえって敵に強力な魔術師の存在を察知させ、ピンポイントで対策を寝られてしまう可能性があるらしいです。それに、私の他にも強化魔法をかける魔術師は何人もいるのですが、彼らを押しのけて私のところにばかり兵士が集まるようになったら混乱するだろうということでした。うう、1人で戦うわけではありませんから、決闘大会のときとはまったく勝手が違います。あくまで集団の中の1人として行動するってことです。難しいですね。
そんな私ですが、出陣2日前、最後の合同訓練で急に後陣のヴァルギスに呼び出されました。あくまでも魔王様の家臣として、できるだけ他人行儀を装って、私を呼び出しに来た兵士に返事して、その足でヴァルギスの幕舎へ向かいます。
私は幕舎の入り口の布をのけます。8人掛けのテーブルには、一番奥の席にヴァルギスだけが座っていました。私とヴァルギスの2人きりですね。私は布のカーテンを閉めて、いつも通り尋ねます。
「アリサ・ハン・テスペルクです。お呼びにあずかり参上いたしました。どうなさいましたか、魔王様」
「うん‥」
ヴァルギスは少し顔をうつむかせて、もしもしした様子でした。なので私はヴァルギスのところへ歩み寄って、小さい声で言います。
「どうしたの?ヴァルギス?」
「うむ‥」
そこでヴァルギスはやっとうなずいて、顔を上げます。椅子から立ち上がって、顔を私に近づけます。
「あさってから毎日22時頃に来てもらうことは可能か?」
「うん、夜襲とかがなければ」
「うむ‥」
ヴァルギスは私から目をそらします。視線が泳いています。でもヴァルギスは言いたいことがもう全部言えているんじゃないでしょうか。それとも、まだ言えてないことがあるのではないでしょうか。
「前に話した通り、お姉様のついでに、来れる日は来るよ」
「う、うむ、その‥」
「おやすみのキスもしていいよ」
私がそう言うとヴァルギスは頬を赤らめて、びくっと頭を動かして、私を直視します。口はあわわとでも言いたげにぽっかり開いていました。
ヴァルギスは私の胸に、自分の胸を預けます。私はそんなヴァルギスの背中を抱きかかえて、撫でてあげます。
「‥一刻も早く妾とアリサの関係を世間に公表して、楽になりたい」
なるほど‥そうすればずっと私と一緒にいられますもんね。王族の同性愛の公表にはデメリットもありますが、それでもヴァルギスはそれだけ私のことを大切に思ってくれているようです。私も頑張ってヴァルギスに愛を感じてもらえるよう努力しなくちゃいけないですね。
「ヴァルギス。戦争で辛いことがあったら、いつでも私を頼って」
「分かった。アリサも妾を頼れ」
そうして、ヴァルギスはやっと私から体を離します。目は潤んでいて、表情はにっこり私の顔を捕捉していました。
◆ ◆ ◆
翌日。その次の日はもう出陣です。私は大広間だけでなく色々な会議室を回り、他の将軍たちと一緒に、事務仕事に忙殺されていました。
それで、どうしてこうなったのでしょう。気がつくと私は、何人かの将軍と一緒に飲みに行くことになりました。今、お店を探すためにみんなで繁華街を歩いています。私は未成年ですが、未成年がお酒を飲んではいけないという法律も慣習もありませんからねこの世界は。私もおそらく人付き合いでお酒を飲まなければいけないでしょう。ただ、子供にきつい酒はさすがに飲ませないですが。
飲み会に引っ張られたのは私だけではないみたいです。メイは魔族の将軍たちに囲まれて怯えて、私の右腕にがっしり捕まっています。
「あたし、帰りたいわ‥‥」
「お姉様は魔王様直属の幹部ですから、今逃げても他のグループに捕まるだけかと思います‥」
「そ、それもそうだけど‥‥ああもう、なんでこうなったの!こんなことなら、副営長断ればよかったわ‥‥」
そう言ってメイは顔を上げて、泣きそうな顔を私に見せます。私は「大丈夫です」と言ってあげることしかできません。
ナトリやラジカはいませんね、別のグループに呼ばれたのでしょうか。
「あら?アリサ?」
私たちのグループとすれ違ったグループの中から、聞き慣れた声がします。見てみると、ルナでした。
「ルナ将軍!?どうしてここに?」
「私たちは飲みに行くけど‥アリサたちは?」
ルナはそう言うと、私の返事を気にもとめない様子で、私とメイと一緒にいる将軍たちの顔ぶれを一通り見ます。そして、ふうっとため息をついて手招きします。
「アリサ、今夜は私と一緒に飲みなさい」
「え、でも私はこの将軍たちと一緒に‥」
「いいから、アリサだけこっちに来なさい。その人たちには私から言っておくわ」
「あの、お姉様も一緒でいいですか?」
「いいわよ、来なさい」
私は言われるがままにルナたちのいるグループの中に入ります。ルナは、それまで私とメイを連れてくれていた将軍たちと何やら話しています。少し声を荒けている様子でした。
ふと、後ろから視線を感じて私は振り向きます。そこには見慣れた2人がいました。
「ラジカちゃん?それとナトリちゃんも!?どうしてルナ将軍と一緒に‥」
「たまたま」
ラジカは短く答えます。
「2人と一緒ならあたしも安心よ」
メイは私の腕から離れて、今度はラジカの腕に飛びかかります。ラジカは頭を擦り付けてくるメイの頭を丁寧になでます。
◆ ◆ ◆
私を誘ってくれた将軍たちは、ルナと10分くらい声を荒けて話した後、「ちっ!」と舌打ちをしてその場を立ち去っていきました。ルナは「ふう‥」とため息をついて、そばにいた別の、グループのリーダーらしい将軍に言います。
「行こう」
「分かった」
そうしてルナたちのグループは店を探すべく歩き出します。ルナは自分の好みの食べ物をリーダーに伝えたあとで、後ろを歩いている私に近づいて、小声で言います。
「さっきの将軍たちは身分とか名声が好きな人よ。あんな人たちと付き合ってはダメ。ああいうたぐいの人は身の丈に合わない見返りを求めるから、付き合い方を間違ったら破滅よ」
「は、はい、分かりました」
全然そういう人たちには見えなかったので、正直私もよく分かりません。でも確かに私は魔王様並みの力を持っていて出世する可能性が高く、メイなんかはもう魔王直属の幹部です。しかも最近仕官したばかりの新人でまだ国の仕組みや人との付き合い方に詳しくありませんから、狙われやすいカモかもしれないですね。
「でも驚いたわ。副営長のメイ様が、アリサの姉だったなんてね」
ルナが言います。私の先輩のルナが、私の姉のことを「メイ様」と尊称をつけて呼ぶのが私にはいささかの違和感にもなります。でも‥そういえばメイは魔王直属の幹部で‥‥思えばすごい出世をしたものです。妹だけど嬉しいです。
「はい、すごい抜擢だったと思います。私も、魔王様も驚いてましたから」
「そう」
ルナは自分から話しかけた反面あまり興味ないのか、ぶいっと顔をそらします。私知ってます。これ、酒が入ったらめっちゃ絡んでくるやつです。私は肩を落として、これから来るであろうルナのうざ絡みを想像して、ため息をついていました。




