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第207話 合同訓練に参加しました(3)

午後も大忙しです。兵士たちは出陣と攻撃の準備をします。私はルナに引っ張られて、たくさんの魔導兵とともに、陣の門をくぐる兵たちに次々と強化魔法をかけます。


「私たちの任務は兵を強化し、後方支援に徹すること。私達自身が戦うのは最後の手段よ」


ルナは何度もそう私に言っていました。特に私はヴァルギスと一緒に最終兵器扱いされていますから、あまり前面には出したくないのでしょう。肝に銘じて、兵士たちが模擬戦を行っている様子を遠くから眺めます。

ヴァルギスは後陣、ナトリは中陣、ラジカはマシュー将軍の付き人ですがマシュー将軍が出撃中のため幕舎で待機しています。私のすぐそばにはハギスがいます。


「ハギス様、そろそろ後陣に戻らないと邪魔ですよ?」


私はハギスにそう言ってみましたが、ハギスはぶんぶんと首を振って小声で繰り返します。


「くさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさや‥‥」

「アリサ、そろそろハギス様を後陣にお連れして」


私たちの様子を見かねたルナが命令してきます。


「はい、分かりました」


私は「いやなのー!いやなのー!くさやをよこせなの!」とわめくハギスを抱きかかえて、そう返事します。

前陣を抜けて中陣に行きます。中陣の縛者も、前陣とあまり変わった様子はありませんでした。ただ、中陣の出入り口近くに多くの兵士たちが整列している様子です。前陣の戦いの様子を見て、途中から投入される兵たちのようです。その中には、馬に乗っているナトリがいたので、私はついてに声をかけてみます。


「ナトリちゃん!」

「おっ、テスペルクか」


ナトリは一旦びしっときまっていた頬を緩ませて、私に手を振ってきます。私もひらひらと振り返します。


「いつここを出るの?」

「あと10分くらいなのだ。今は兵たちの健康状態を点検しているのだ」

「なるほど、頑張ってね。‥そうだ、訓練だけど強化してあげる」


私はハギスをおぶっていたので、片手を振りかざしてナトリに強化魔法をかけてあげます。ほのかな光を身にまとったナトリが元気よく返事します。


「ありがとうなのだ!」


ナトリは中陣とはいえ、武器を持って先頭に立ち敵軍に切ってかかる立場です。前陣ほどではありませんが戦死のリスクはあります。


「ナトリちゃん、頑張って、絶対死なないでね」

「前陣のテスペルクに言われるとは思ってなかったのだ。テスペルクこそ命を大切にするのだ」

「わかった」


ナトリが手をグーにして私に差し出すので、私も自分の拳をぶつけます。「それじゃあね」と言ってナトリと別れて、後陣に向かいます。


「すみません、魔王様の幕舎はどこですか?」


ハギスの幕舎に直接連れて行くのもいいですが、まずはヴァルギスに一言言っておいたほうがいいかもしれません。そうでないと、ハギスがまた幕舎を抜け出して勝手に前陣に来たりしかねません。

私が尋ねた兵士は「案内いたします」と言って歩き出すので、私もそれについていきます。ヴァルギスの幕舎は他よりもひときわ大きく広そうなものでした。

でもヴァルギスは私の彼女とはいえ、この軍隊の最高司令官なので当然大忙しでしょう。外からは中の様子は見えませんが、もしかしたら今も会議中かもしれません。幕舎の入り口を守る兵士に声をかけてみます。


「アリサ・ハン・テスペルクといいます。魔王様に用があるのですが、魔王様に取り次げますか?」

「何の用でしょうか?」

「はい、ハギス様が前陣で迷われていましたので、送り届けようと思いまして」

「聞いてみます」


兵士はそう言って幕舎の中に少し入って何かを話した後、すぐに出てきて私に手招きします。


「入れとの仰せです」

「ありがとうございます。ハギス、行くよ」

「えーっ、なの‥‥」


ハギスは肩を落として「はぁっ」と私の頭の上に自分の頭を乗せて、私の首に抱きつきます。

ハギスに取り憑かれた私は、幕舎の入り口がちょっと低いので身をかがめて「失礼いたします」と言って入ります。


「‥あっ」


テーブルを囲んで、ヴァルギスと3人の男とメイが座っていました。メイがいるということは、残りの3人はメイと同じ服営長でしょうか。会議中だったみたいです。


「アリサか。貴様の姉には世話になってるぞ」


ヴァルギスの言葉に、メイは居心地悪そうにつんと私から顔をそらします。何があったのでしょうか。


「会議中に失礼いたします。今私の背中にいるハギス様が前陣に迷い込みまして、魔王様に直接送り届けたほうがよろしいのではないかと」

「うむ。理由は大体分かっておる。どうせくさやだろう」


ヴァルギスは若干呆れた顔をして椅子から立ち上がって、私に近づきます。

私の背中につかまっていたハギスを「これ、離れんか」と言いながら無理やり私から引き剥がそうとします。


「くさや、くさや、なの!冷凍じゃない新鮮なくさやがいいなの!テスペルクならそれが実現できるなの!」

「新鮮もなにも、くさやは最初から腐っているだろうか!訳の分からんことはやめて、後陣でおとなしくしてろ」

「いやなの!テスペルクに用意してもらうなの!」

「‥‥戦争が終わるまでくさや抜きだ。冷凍くさやもなしだ」

「えええー!それはもっと嫌なの!姉さん、あんまりなの!」


おおよそメイ以外の3人の副営長には聞かせられないような会話をして、ヴァルギスはやっと、私の首に捕まっていたハギスを私から引き剥がしました。胸に抱きかかえて、私に言います。


「姪が迷惑をかけた」


普段私と話すときのような甘えた声ではありませんでしたが、この場にはいつものメンツ以外に3人の副営長がいるので当然でしょう。


「いいえ、迷惑というほどのことでもございません。私はこれで失礼いたします」


私はうやうやしく、なるべく他人行儀になるように自分の恋人に頭を下げます。これはこれでちょっと寂しいです。


「うむ。ハギスを幕舎に連れて行ってもらうから、この幕舎から出るついてに兵を1人呼んでくれぬか?」

「分かりました、魔王様」


私はその幕舎から出ると、近くを歩いていた1人の兵に「魔王様がお呼びです」と伝えて、それからふと思いつきで後陣を散歩してみることにしました。ヒラから部隊長や将軍はともかく、いきなり魔王直下の幹部である副営長に任命されたメイのことを兵たちはどう思っているのか、気になったのです。

兵糧庫には多数の兵たちが集まって、厳重に警備しています。私はその兵の1人に尋ねてみます。


「もしもし、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですが‥あなたはどなたですか?」


ああ、将軍が数百人いるといちいち覚えていられませんね、と思いつつ私は名乗ります。


「前陣の将軍アリサ・ハン・テスペルクです」

「あっ、あなたがアリサ将軍ですか!かねてよりお話は伺っております。マーブル家の将軍を一撃で倒したとか。まさかここで会えるとは‥」


兵士は感動したように、びしっと姿勢を整えて返事します。私の名前を知っている人多いんですね。ちょっと恥ずかしいです。

でも‥この兵士が私のことを尊敬しているとしたら、私の姉について聞くのをためらってしまいます‥‥姉であることを隠して聞いてみます。


「後陣の副営長に戦場経験もない新人が任命されたというお話を聞きました。確か、メイというお名前でしたね」

「はい」

「私、個人的に気になっているのですが、どのようなお方でしたか?」


私が聞くと、兵士はこころなしか頬を緩ませ、満足げというか誇らしげに話してきます。


「はい!メイ様は現場をよく見て回り、私たち部下のことをよく見て、適切な指示を与えてくださいます!」

「でも経験はないんでしょう?」

「確かに経験不足な面はありますが、その点は行動で補えていると思います。他の副営長にも積極的に質問するなど連携もしっかりやって、私たち部下からの指摘もよく聞いてくださっています。厳しい人ですが思いやりや学習意欲もあって、私は上官として好きです」

「そうですか、それはよかったです」


姉が褒められていると、自分も嬉しい気分になります。私は笑顔でうなずいて、それから、多数の兵士たちが警備している立派な兵糧庫を眺めていました。

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