第206話 合同訓練に参加しました(2)
この小説の2000年後の世界を舞台にした小説の連載をはじめました。
タイトル:百合姉妹が最強の魔力と技力で宇宙戦争を勝ち抜くようです
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「魔王様!?今はまだ報告の時間ではないはず‥」
そう言いながらも3人の副営長は椅子から立ち上がって礼をします。ヴァルギスは椅子に座る代わりに両手をテーブルに置いて、3人に尋ねます。
「どうだ、メイは?」
「はい、現場の見回りをすると言って不在です」
「そうか」
ヴァルギスが返事をすると、副営長たちはお互いの顔を見合わせてうなずきます。
「魔王様。申し上げます。やはりあの年齢で戦場経験もない者に副営長は荷が重いのではありませんか?」
「我々もメイを見下しているわけではありません。ただ他の副営長である我々と能力の釣り合いが取れないと、将兵から軽蔑されるのではないかと危惧しております」
ヴァルギスはその言葉を目を閉じて聞いていましたが、テーブルから手を離し、腕を組んで尋ねます。
「‥‥逆に聞く。貴様らは今ここで何をしている?」
「はい、我々は部下から何か報告や相談を受け取るため、ここで待機しています」
「実際にその報告や相談とやらは今日あったのか?」
その言葉に副営長たちはお互いの顔を見合わせます。
「‥報告は何度かございました」
「相談は?」
「ございません」
「おかしいとは思わないか?陣の設営を始めて長く、もう昼時だぞ。今までの訓練でも、すでにいくらかはあっただろう」
訓練とはいえ、陣を設営していると、兵士同士のトラブル、機材の不足、落とし穴や植物、猛獣、魔物など、不測の事態はつきものです。言われてみれば、確かにその相談が一切、この幕舎まで届いていないのです。
副営長たちはお互いにヒソヒソ話を何度かしますが、やがて1人が言います。
「合同訓練も3度目ですし、現場の人達も作業に慣れたのではないかと思います」
「ふふ、そうか」
ヴァルギスは少しふふっと笑ってから、副営長たちに手招きします。
「貴様らに相談が来ない理由をこれから見せてやる、ついてこい」
◆ ◆ ◆
その幕舎から離れたところで、メイは大勢の兵士や部隊長に囲まれていました。
「申し上げます、メイ様。あちらの幕舎が崩れ、7名の兵士が怪我しました」
「衛生隊に連絡しましたか?機材を点検しなさい。魔王様にはあたしから伝えます」
「メイ様、布が足りません!私の部隊では布が少なく、隣の部隊では布が多く配られたようです」
「事務のミスね。書類を点検させます。はい次」
そうやって、メイはメモに字を書きながら、次々と解決していきます。
誰かが教えたわけでもないのに、その対応はマニュアルに沿ったものでした。メイは重役なので現場までは馬車で向かいましたが、その馬車の中でマニュアルを一通り読んでいたのです。そうでなくても、組織の仕組みを理解した立ち振舞は、頭の下がるものでした。
相談していた将兵たちがみなメイから離れて、周りはボディーガードだけになります。
「これで最後?もうないみたいね。営長への報告にはまだ時間があるから、引き続き見回るわよ」
メイはボディーガードたちにそう言って、また歩きだします。しかし設営の様子をただ眺めているのではなく、部隊長や将軍を捕まえては、進捗に問題はないか尋ねたり、設営が早く進んだ部隊を見つけてはその部隊長を褒めたりしています。
「このあたりは兵糧庫にも近く、特に見回りが大切な区域よ。大丈夫だと思うけど、見回りをする人に外国とのつながりがないか最後に調べたのはいつ?先月?もう一度調べて」
「分かりました、メイ様」
そうやって次々と対応を進めていくメイの様子を遠巻きに見ていた3人の副営長たちは、ただただ呆然としていました。
「どうした?メイが副営長になるのを知ったのは今朝だぞ。そこから一生懸命マニュアルを読み、形式的ながらも対応ができている。もちろんそれでもわからないところは貴様らにも相談がいくと思うがな」
同行していたヴァルギスはそう前置きをしてから、腕を組んでゆっくり歩きます。
「幕舎でただ待っているだけの貴様らと、現場に出て積極的に部下と触れ合うメイ、部下にとって親しみやすく報告や相談がしやすいのはどちらだ?」
「‥‥メイです」
副営長の1人がうつむいて言うので、ヴァルギスは立ち止まります。
「そういうことだ。貴様らも矜持を捨て学ぶべきことは学び、それから先輩としてメイを指導しろ」
「分かりました。魔王様」
3人はみな、ヴァルギスに深く頭を下げます。
◆ ◆ ◆
ナトリは使者の任務を終え王都ウェンギスに戻ってきたばかりでしたが、たまたま廊下を歩いていた家臣から合同訓練のことを教えてもらい、「これはナトリも見なければいけないのだ」と言って疲れを押して馬に乗って、王都の東の荒野に向かっていました。
「ナトリ様、どうして今朝帰還したばかりにもかかわらず参加なさるのですか?」
貴族であるナトリを守るためについてきた従者の一人が尋ねると、ナトリは馬を走らせながら答えます。
「この戦争は、ハールメント王国だけでなくこの世界全体にとって重要な戦争だからだ。世界が騒乱を好むか、平和を好むかの瀬戸際になる戦争なのだ。ナトリはその戦争に参加することになった以上、何が何でも必ず勝たなければならないのだ」
ナトリの脳裏には、デグルに諭されたあの日のことが浮かんでいました。
決闘大会でアリサに攻撃され、瀕死状態になった時。ナトリは天界に行って臨死体験をしましたが、その時にデグルからウィスタリア王国の過去、今のウィスタリア王国を支配する悪魔について詳しく聞き、何としても排さねばならぬと心に固く決めていました。
実際にナトリはその日からアリサに無茶振りすることをやめ、自らに与えられた任務を全うし、正義の勝利を信じて魔王ヴァルギスに尽くしていました。その勝利するか敗北するかが決まる重要な戦争が、目の前に迫っているのです。
ナトリが着くころには昼になっていて、みな昼食をとっていました。ナトリは兵士や将軍に紛れて昼食をとることもできましたが、さらに馬を走らせ、前陣を「アリサ!アリサはどこなのだ?」と叫びながら探し回ります。
「アリサ将軍でしたら、あちらでございます」
1人の兵士の案内のもと、ナトリはひとつの幕舎に入ります。そこにはアリサ、ラジカ‥‥と、後陣に配属されたはずのハギスの3人が食事を食べていました。乾燥したパン、干し肉、ビスケットなどと水でした。ハギスだけが不満そうな顔をして、冷凍くさやを火の魔法で温めて食べています。
ナトリはそばにいる兵士に命令して食事を取りに行ってもらうと、空いている椅子に座ります。
「みんな、午前はお疲れなのだ」
「ナトリちゃん、おかえり!」
そう言って私はナトリに抱きつこうとしますが‥ナトリは慌てて私の胴体を手で押しのけます。
「また魔王に変に誤解されてはいけないのだ」
まだあのデートの練習のことを気にしているようです。私は「はは、そうだね」と言って、ドライフルーツをいくつかナトリに差し出します。
ナトリは「ありがとうなのだ」と言ってそれを受け取ると、ボリボリ食べ始めます。
「どうだ?兵たちはちゃんと指揮できたか?」
「うん、私は夜襲に備えて幕舎や柵を強化したりしたけど、量が多くてなかなか終わらなくって」
「ははは、確かにな。本番ではもっと兵が多いから大変だろう」
ナトリはそう言って笑ってから、ラジカを見ます。
「今までの敵はこっちへ攻めてきたからカメレオンを放ちやすかったのだが、今度はこちらが攻撃する番なのだ。カメレオンはどうやって敵陣に忍ばせるのだ?」
「敵都市はウェンギスのように城壁に囲まれているわけではないから、多くの場合は野戦に出るだろうとマシュー将軍が言ってた。アタシは従者と一緒に先回りして敵陣に忍び込む」
「そうか。危険な任務だな。くれくれも気をつけるのだ」
「ありがとう」
訓練とはいえ本番を想定したものなので、ラジカは防衛戦の時に支給された迷彩のフードローブ、私は薄いピンク色のローブです。赤紫色のトンガリ帽子はつばが邪魔なので外して幕舎の壁にひっかけてあります。
ナトリも魔王城を出るにあたって急いで着替えてつけてきたアーマーがありますが、ハギスはいつも通り普段着です。粉塵巻き起こる戦場には似つかわしくないくらい、高級な室内用の素材が使われた、華美な洋服です。もちろんところどころ砂で汚れています。
「ハギスは普段着なのだ?汚れているぞ」
ナトリに指摘されて、ハギスは服をはたいて砂を落とします。




