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第205話 合同訓練に参加しました(1)

その日。ヴァルギスは昼食までの間、大広間で政務を行います。大広間にいる家臣たちも、私を含め3割程度が合同訓練に行くため少なくなっています。残りの2割も午後からヴァルギスと一緒に合同訓練に参加します。そのため午後の大広間では、残った家臣たちが政策について話し合い、翌日ヴァルギスに相談の結果を報告することになっています。

と、政務開始早々1人の伝令が入ってきます。


「申し上げます。グルポンダグラード国からの使者が戻ってまいりました」

「ほう。帰ったばかりで疲れてるかもしれんが、今すぐここに呼べ。早く話をしたい」

「分かりました」


1時間後、使者の代表とナトリの2人が大広間に入ってきます。2人とも疲れていて足取りはやや不安定なものでしたが、表情だけは元気が残っているように感じられます。


「休憩も挟まず呼び立てて申し訳ない。貴様らの報告を急ぎ聞きたいのだ」


ヴァルギスが言うと、2人は玉座の階段を前にしてひざまずきます。先に報告したのは使者の代表でした。


「魔王様、申し上げます。グルポンダグラード国は、我が国とこれからもよしみを結んでいきたいとの返答でございました」

「ご苦労だ。して、もう1人の方は?」

「はい」


ひざまずいていたナトリが顔を上げます。自信たっぷりな表情を、ヴァルギスに見せます。


「密約は成功です。獣人もまた、クァッチ3世から多大な辱めを受け、面従腹背で復讐の機会を探っていたようです。思惑は一致しています。これより2ヶ月後、ミハナで待つとのことです」

「うむ、でかした。貴様ならやってくれると思っていたぞ」

「ははっ」


ナトリはらしくもなくヴァルギスに服従の意を見せます。

2人が大広間を去るのとすれ違い様に、また他の伝令が大広間に入ってきます。


「魔王様。私はデンジアナより伝言を受けて早馬でここに参りました」

「デンジアナといえば、大イノ=ビ帝国に出した使者ではないか。何があった?」

「はい。度重なる説得の結果、大イノ=ビ帝国はご快諾くださりました。2ヶ月後にミハナで待つとのことです」

「うむ、わかった」


かくしてその早馬も大広間を出ていきます。

グルポンダグラード国を代表とするゲルテ同盟、大イノ=ビ帝国、そして他の人間の国たちの協力を取り付けたのです。ヴァルギスの頬が自然と緩みます。


「‥皆よ、聞いたか。妾たちはこれより2ヶ月後、ミハナにて会盟を行う。事務の者は出陣準備を進めろ。出陣の日はここにいないマシュー将軍とも相談する必要があるが、おおむね来週になるだろう。そのつもりで心構えをせよ」

「ははっ」


家臣たちが一斉に頭を下げます。


◆ ◆ ◆


同じ頃。

私たちの参加する合同訓練は、メイが陣の設営を訓練したのと同じ、王都の東側の荒野で行われました。広大で障害物もあまりなく、大軍を指揮する練習には最適なのです。


「ねーねー、テスペルク」


私の乗っている馬に自分の馬を並走させて、ハギスが私の肩をぽかぽか殴ってきたり、揺らしたりしてきます。


「冷凍じゃないくさやを運びやがれなの。テスペルクの魔法なら賞味期限くらいどうともなるなの」

「ええー、めんどくさいよハギスちゃん」

「‥王族にタメ口、やめて、士気にかかわる」


私のまた隣を並走しているルナが、手綱をぎこちなく握りながら言ってきます。ルナは乗馬が苦手なのですが、それでも私たちに言うくらい大切なことなんですね‥‥。


「はい。えっと、ハギス様、その仕事は私の任務の範囲を外れます。魔王様を通してください」

「いやなのー!姉さん、何度言っても冷凍で我慢しろとか言うなの!姉さんはウチの言うことを聞いてくれないなの!」

「それよりハギス様はご自分の部隊があるのでは‥?」

「ウチは副将だし、どうせ実戦ではずっと姉さんと一緒なの!主将に任せて置いてきたなの!それよりくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさや」


ハギスがくさやくさやうるさいです。呪文のように、怨念のように、ぶつぶつつぶやいてきます。そのつぶやきが私の耳にダイレクトに入ってきます。耳がやられそうです。


「‥とにかく、魔王様を通してください」


ていうか、ヴァルギスがダメと言ったのなら、私がやると私がヴァルギスから叱られてしまいます。ハギスには悪いのですが、定型文でなんとかやり過ごそうと私はなんとか返事を繰り返すのですが。

ハギスは私の馬の後ろに飛び乗ると、私の体を後ろから抱いて、耳元でささやきます。


「早くしてくれないと、お前の今夜の夢にくさやが出てくるようにしてやるなの。くさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさやくさや‥‥‥‥」

「はいはい‥ルナ将軍、ハギス様をどうしますか?」

「待って、まって、馬が‥‥ハギス様は仕方ないからアリサが世話してあげて」

「えっ、は、はい」


ええーっと言いかけましたが何とかごまかしました。私はハギスに背後から「くさやくさや」と念仏のような小言を聞かされながら、自分の持ち場へつきました。

それで、前陣に配属された将軍たちが次々とマシュー将軍の幕舎に集まるのですが。


「‥‥その背中におぶっているハギス様はどうした」


マシュー将軍が眉をひそめて私を指差して尋ねます。


「は、はい、わがままを言っててうるさいのですが王族なのでやむを得ず私が世話しています。1人にするのも危ないですし‥‥」

「‥‥仕方ないな。魔王様が来られたらお引取りいただけ」

「‥はい、分かりました」


そうやってマシュー将軍は、次々と私たち将軍に指示を出してきます。ハギスは私の耳元に口を当てて小さい声で「くさやくさや」とささやいてきます。正直、うるさいです。

私たちの部隊は後方支援がメインで、今日は陣を出る味方に後ろから強化魔法をかけることになりました。


「今日は訓練だからないが、敵陣にドラゴンなど空が飛べる魔物がいることがある。それを使った遠隔攻撃に対応するのもお前らの仕事だ」

「分かりました」


ドラゴンが戦争に参加することもあるのですね。マシュー将軍の丁寧な説明に、私はうなずきます。うなずいて頭が動いたので「くさやくさや」という念仏も一時的に止みましたが、すぐにまた元通り頭の中でハギスの声がくるくる回ります。泣きそうなくらいうるさいです。

こうして私たち将軍は幕舎を出て、それぞれ指示された持ち場につきます。


そういえば、メイの様子はどうでしょうか。いきなりヴァルギス直下の幹部に任命されてしまいましたが、他の魔族とうまくやっていけるのでしょうか。合同訓練の前にメイに防御の強化魔法をかけてあげましたが、ヴァルギスが参加するのは昼食後ですし、ハギスも私のすぐそばにいます。後陣はメイ1人ぽっちということで、なんだか心もとないです。


◆ ◆ ◆


メイは複数の人間のボディーガードを従わせて、チェックリストを見ながら、後陣の設営にあたる兵士たちを監視しています。本来ならこれはもう少し身分の低い現場監督の仕事なので、他の副営長の1人がメイへ駆け寄って尋ねてみます。


「それは現場監督の仕事です。副営長はやる必要はありませんよ」

「あたし、戦争に出たことすらないから、現場でどういう作業が行われてるか全く知らないんだもの。現場の様子を知らなくて、何がリーダーよ。空き時間を使って勉強しているんです」

「さ、左様ですか。休憩は取ってくださいね」

「取りますよ。昼休憩はね」


そうやって軽く言葉をかわした後、設営の様子をしばらく眺め、現場監督や部隊長とも少し話をします。


「きちんと働かない人は叱咤し、成績のいい人は褒めてあげなさい。部下のやる気を引き出すのも上司の役目よ」


メイは相手が魔族であることも忘れて、堂々とそう指示していました。


一方で他の3人の副営長たちは、ある幕舎の中に集まって椅子に座り、テーブルを囲んで話し合います。


「おい、あのメイというの、どんな人だった?」

「現場を知らないと不安そうにしてたぞ」


先程メイに声をかけた副営長が返事すると、他の2人は腕を組みます。

副営長は本来、行軍のベテランが任命される役職です。3人とも老練で年配の魔族でした。その3人に並ぶひとりの服営長として、いきなりメイという成人したばかりの人間が入ってきたため、みな困惑していました。


「‥‥どうする?このまま様子を見るか?」

「いや、出陣も近いだろう。魔王様に直談判して替えてもらうか?」

「ソフィーが直々に指名したそうな。あのノデーム家のおっしゃることだから間違いはないと信じたいのだが」


そうやって相談している3人のいる幕舎の入り口の布をとけて、ヴァルギスが入ってきました。

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