第204話 遠征軍に配属されました
その数日後。夕食後、ヴァルギスと2人で過ごす時間は、はじめは魔族語の勉強のために設けられましたが、今はすっかりその面影もなくなって、恋人同士が仲睦まじく話をする時間に変わっていました。
その日も、私はベッドに座って、ヴァルギスとキスをしていました。ヴァルギスが私たちの部屋で寝るようになってからヴァルギスの部屋にあるこのベッドは使われなくなりましたが、今でも使用人たちが丁寧に掃除してくれるためきれいな状態を保っています。
「ぷはっ‥」
ヴァルギスの吐息が漏れ、私の顔をほんのり温めます。私も耐えきれず「んん‥」と変な声を出してしまいます。
「‥しかし、朝のキスが10秒以内とは短すぎるではないか」
ヴァルギスは、メイの小言に対して文句を言っています。
おはようのキスの時間を制限されたため、こうしてこの部屋で2人きり、10分以上キスし続けるようになりました。
ヴァルギスは姿勢を崩して、私の肩にもたれます。ぽふんという肩同士がぶつかる衝撃で、香水の匂いがぶわっと広がります。
「‥たまにはアリサのほうからキスしてくれないか、のう?」
「ごめん、私まだ心の準備できてない」
私はヴァルギスの温かい頭をなでてあげます。癖になっちゃいそうなくらい、ヴァルギスの熱が手に伝わってきます。ヴァルギスは私の肩の上に頭を乗せます。近いです。
「はじめては優しくしてくれるの?それとも激しいの?」
「激しくやるぞ。許してくれと言われてもやめんぞ。血が出ても気絶するまで続けるぞ。妾も溜まっているからのう」
「じゃあますます心の準備が必要かも‥‥」
「終戦1ヶ月以内には覚悟を決めろ。そういう約束だろう」
「ぜ、善処するね‥‥」
ヴァルギス、過激すぎます。そんな会話を交わしながら、私の肩の上でびくびく動くヴァルギスの頭をなでてあげます。普段は魔王として大広間などできびきび働いているヴァルギスがこうして私に甘えてきているの、控えめに言ってかわいいです。特に最近は戦争の準備もありますから、疲れが溜まっているのでしょう。私がきっちり慰めてあげなければいけません。
「‥‥そうだ」
ヴァルギスは何か思いついたように私の肩から頭を離し、姿勢を正すと私を向いて言います。
「メイのことだが、これは妾から直接言ったほうがいいと思ってな」
「うん、お姉様がどうしたの?」
「次の戦争で、後陣の副営長に任命されることになった」
私は思わず「えっ」と体をびくっと震わせます。
副営長といえば、後陣全体をまとめ上げる上層部ではないですか。そして営長は当然ヴァルギスが兼務するでしょうから、メイは組織の中でヴァルギスの直下に所属することになります。立派な魔王幹部です。
「‥‥副営長は全部で何人いるの?」
「4人だ」
「後陣の兵士たちは何人いるの?」
「大体20万人の予定だ」
私はこくんとつばを飲み込みます。
「お姉様、実際に訓練の様子を見ててすごい人だと思ってたけど、そこまでだったなんて‥‥」
「うむ。正直妾も驚いておる。人選ミスではないかと質したりもしたが、ソフィーがメイに直接会って能力を鑑定したらしい」
「うそ‥」
驚く私がベッドの上に置いた手に、ヴァルギスは自分の手をかぶせます。
「このことは明日の朝食でメイに伝える。すでに将兵の合同訓練が始まっているのはアリサも知っているだろう、明日にもメイにはそこに参加してもらう」
「うん、分かった」
私も何度か合同訓練に出ましたが、兵を率いる訓練、陣営の訓練、攻撃や防御の訓練、幹部同士の認識合わせなどをこなしています。前世の学校でも運動会のリハーサルがありましたが、戦争にもリハーサルはあるんですね。いつもへとへとになって疲れます。
「アリサ、ナトリ、ラジカの役目も決まった。ナトリは中陣に行くことになるが、ラジカは前陣でマシュー将軍の補佐、そしてアリサも前陣で5000の兵を副将として率いることになる。魔術による後方支援をメインに行う部隊で、主将は前と同じルナだ」
「ルナ‥将軍」
「苦手な人だというのは分かっているが、ソフィーの決定だ。これはルナにも下知されているから、明日の合同訓練で会うだろう。仲良くしろ」
私はルナという名前を聞くだけでもう緊張してしまいましたが、決定には逆らえません。「‥うん、分かったよ」とうなずきます。
◆ ◆ ◆
「えっ‥‥?」
翌日の朝食でヴァルギスから遠征軍での役割を下知された時のメイの反応がこれでした。
目を丸くして、手に持っていたフォークを皿の上に落とします。フォークと皿がカランとぶつかる音が、けたたましく響きます。
「後陣の‥副営長‥?副営長って何?」
「後陣全体を監督する役割だ。4人いる副営長の1人になるが、20万の兵を統率することになる。兵糧運搬、後方の守りなどに対して責任を持つ、重要な役目だ」
「それは分かっているけどそうじゃなくて!あたしは確かにリーダーの経験があるけど、いきなりそれは自信ないわよ!」
ヴァルギスははあっとため息をついて、スープをスプーンですくって飲みます。
「貴様、ソフィーに会った時、最後に何か質問されなかったか?」
「されたにはされたわ。20万人を率いる気はありませんかって言われたわ」
「やると言われたらやると返事しなかったか?」
メイは痛いところを突かれたのか、両手を握ってうつむきます。
「確かに言ったけど‥‥」
「まだ気持ちの整理が追いついてないようだな。今日の合同訓練に出て、慣れてこい」
「わ、分かったわよ‥‥」
気まずそうにパンをちぎって食べるメイを見て、ラジカがヴァルギスに尋ねます。
「ちなみに営長って誰?」
「妾だ。メイの直属の上司は妾ということになる」
「すごいじゃん。初めてで魔王の直属の部下になれるって、すごいことだから」
ラジカがメイの背中をなでますが、メイはすねたように唇を尖らせます。
「ね、ねえ‥他の3人の副営長はみんな魔族よね?」
「うむ、そういうことになるな」
「私に人間の護衛、つけてくれるの?」
「身分が高いからそれだけ余分につけられるだろう。会議の場には妾もいるから問題はない。アリサに強化してもらえるだけでも十分だろう」
それでもメイはまだ納得できない様子で、サラダを刺したフォークをゆっくり口に運びます。
ヴァルギスは私たちを一通り見回してから、続けます。
「それから、ラジカ、ナトリ、ハギスの配属もここで言おう。ラジカ、貴様は前陣でマシュー将軍の付き人になり、敵陣の諜報に取り組め」
「分かった」
「ナトリはそろそろ帰る頃だろう。中陣で4000人の兵の主将になる。ハギスは後陣で1万人の兵の副将になるが、基本はまだ幼いから妾のそばにいることになるな」
「分かったなの」
全体で50万人近くいるハールメント王国の軍隊にも何百人もの将軍がいて、100分の1の兵隊の主将になれるナトリはすごいと思いました。ハギスは王族なのでさすがに千単位や1万では少ないでしょうが、それでもかなり多くの兵士を携えることになります。
「それから、ここにいる全員は今日から合同訓練に出ろ。妾も途中から参加する。ラジカの職場の上司にはすでに伝えてあるから、食事が終わり次第そのまま向かえ」
「分かった」
「えー」
肩を落としたのはハギスです。フォークで皿を叩きながらヴァルギスに尋ねます。
「合同訓練って、おやつは出るの?くさやは出るの?」
「おやつはないが、昼食に冷凍のくさやを出そう」
「えー!くさやは凍らせないほうがおいしいなの!」
「冷凍していないくさやが1週間以上もつわけがないだろう。戦争中だと思って、冷凍で我慢しろ」
「えー!ぷーぷー!」
ハギスもメイみたいに唇を尖らせます。かわいいです。




