第203話 メイの素質
「私は鑑定のスキルを持っています。軍隊を編成するにあたって、あなたの能力を鑑定するために、お会いしに来たのです」
そう言ってソフィーは、肩にかけていたかばんからメモ用紙とペンを取り出して、何やら走り書きしていきます。
メイはやっぱり魔族相手なのか、しんと黙ってしまっています。ソフィーはそんなメイの表情を見逃しません。
「‥質問があるでしょう?」
「‥あります」
「教えて下さい」
「もう鑑定は始まっているのですか?」
ソフィーの走り書きの手がぴたりと止まります。
「はい。鑑定スキルは、人を見るだけでその相手の能力、長所、短所が分かるものです。あなたを拝見して感じたことを記録しているのです」
「そ、そうですか‥」見るだけで作動する能力って、あまり存じ上げませんね‥」
「はい。この鑑定スキルを持つ人はほんの一握りしかないと言われています。私はノデーム家の血を受け継いでいますから、人をより詳しく正確に鑑定することが可能です」
「ノデーム家!?」
メイは思わず椅子から立ち上がってしまいます。
「‥‥たまたま姓がかぶったのではなく、本当にノデーム家の末裔ですか!?あの、初代魔王ウェンギスを佑けた名家の末裔とは‥‥そうとは知らず失礼いたしました」
「そんなにかしこまらず、持ち上げなくても大丈夫ですよ。あなたは貴族付き合いがお上手ですね」
ソフィーはにっこり微笑みます。メイはもう一回椅子に戻って、おそるおそるソフィーの顔色をうかがいます。
「でも‥ノデーム家はウェンギスがハールメント王国の領土を拡大させ国政が安定したタイミングでどこかへ消えていったとお聞きしました。あくまで伝説だと思っていたのですが、実在するのですね」
「はい。あの時の魔王様は魔族には優しいものの人間に対しては無道で、虐殺を娯楽とするお方でした。そのために私のご先祖様は離れたのです。今の魔王様は魔族と人間を問わず愛し、ひろく仁政を施すので、今回の遠征に限り特別にお仕えしているものです」
「そうでしたか‥」
あれ?なぜかこの魔族とは話ができる、とメイは感じていました。
他の魔族にはない、いつでも近づける、人間と同じような存在、人間のことを大切に思い尊重する、そういうオーラがソフィーから出ているのです。ソフィーのご先祖様が初代魔王ウェンギスを、人間を無残に扱うため嫌ったと話したことも影響しているかもしれません。代々、魔族と人間関係なく尊重すべきと考えている家系なのでしょう。自然とメイの肩の力が緩みます。
「あなたは植物系の魔族とお見受けしますが、花の栽培などは嗜まれますか?‥あっ、仕事中なのにすみません、こんな話‥‥」
メモへの走り書きを再開したソフィーに、メイが声をかけます。
最後の方でためらうメイに、ソフィーは優しく答えます。
「ええ、特にピンク色の花や、ラベンダーが好みです」
「あたし、ウィスタリア王国で珍しいラベンダーを見たことがございます。ぜひ遠征の時に持ち帰ってみては?」
「あら、それは興味あります。どのあたりに咲いていたのでしょうか?」
ソフィーに、メイは次々と話しかけます。花の話題から発展して、知り合いのこと、代々受け継いだ文化のこと。
「‥‥あっ、もうこんな時間ですね」
壁にかかっている時計をちらっと見たソフィーが、口を手で隠します。
メイもその時計を見て、少し体が硬直します。何度もソフィーに頭を下げます。
「申し訳ございません、お仕事中なのにこんなにお時間をとらせていただき‥‥」
「いえ、いいんです。私も大変興味深いお話ができました」
そうやってソフィーは椅子から立ち上がってドアに戻ろうとするのですが、思い出したように立ち止まります。
「メイさん、リーダーの経験はおありでしょうか?」
「はい。亡命する前に仕事していたのですが、そこでリーダーになりました」
「リーダーとして率いていたのは何人でしたか?」
「はい、20人ほど」
メイの返事を聞いてソフィーは少し眉をひそめます。そうして、また椅子に座ります。
「この前の訓練では、1000人の兵に指導したという話をお聞きしました」
「あら、そちらにまで報告が回っていましたか」
「ええ。魔王様御自らと私の2人で、8人の部隊長から詳しい話をお聞かせいただきました」
そう言って、ソフィーはかばんの中にしまったメモを何枚か取り出して少し読んだ後で、真剣な顔持ちでメイに尋ねます。
「20万人を率いる気はありませんか?」
その質問は、メイの全身にびりりと電流が走るような感覚を覚えさせました。
メイはしばらくぴたりと彫刻像のように固まっていましたが、ソフィーがまばたきするのを見て、はあっと息をついて返事します。
「あたし、戦闘はダメです。兵法の覚えはありませんので‥‥」
「戦闘は別の人に任せれば問題ありません。あなたに、20万人分の命を預かる覚悟があるかお聞きしたいのです。もっともかなりの重役になるので実現できるかも分かりませんが」
「実現しないほうがありがたいですね」
メイはそう言いましたが、ソフィーの表情が動かないのを見て、言葉を続けます。
「‥‥やれと言われたらやります」
「分かりました。それでは今週末か来週、追って連絡が行くと思います」
ソフィーは静かに椅子から立ち上がって、そのまま部屋から出ていってしまいます。
メイはどんと椅子にもたれます。額から冷や汗が溢れ、全身の力が抜けていくのを感じます。
「な‥何だったのよ、今の‥‥」
20万人?20万人を率いる?もちろん自分が直接指導する相手はそのうちの10人や20人程度でしょうが、何よりも20万という数字のインパクトが大きいです。そんなに大量の人を率いるところが、ちょっと自分では想像つきません。
それに、20万もいれば当然その中には魔族も含まれるでしょう。そこに少し恐怖は感じましたが、アリサから毎日強化魔法をかけてくれると言ってくれていたので、その不安はあまりありませんでした。代わりに、自分の嫌いな魔族たちの命も自分が預からなければいけないという責任感、恐怖が同時に芽生えてきます。
◆ ◆ ◆
闘技場内の会議室では、マシュー将軍が大きな紙にそれぞれの将軍の配置を組織図のように書き込んでは消している最中でした。
そこにソフィーが帰ってきたので、マシュー将軍は尋ねます。
「おお、ソフィーではないか、遅かったな。メイはどうだった?」
「はい、それが‥‥」
ソフィーはドアを丁寧に閉めて、少しうつむいて、真剣な表情をしながら、マシュー将軍を見上げます。
「メイさんは、後陣の副営長がふさわしいでしょう」
「副営長!?」
マシュー将軍は目を丸くして、椅子から立ち上がります。
「い、いや、何かの間違いか?後陣の営長といえば、後陣全体を監督する仕事なのだぞ。副とはいえ、20万の将兵の上に立つぞ。しかも後陣は兵糧の運搬においても責任を持つ、長期戦では不可欠なポジションだぞ。他の役職名と言い間違えたんだな」
「いいえ、その副営長で間違いはありません」
ソフィーはそう言ってマシュー将軍の隣まで来ると、大きな紙の上の方に「副営長 メイ・ルダ・テスペルク」と書き込みます。
「い、いや、昨日の今日で入ってきたばかりの戦場経験もない新人にそんな大役が務まるのか‥?信じられぬ‥」
「マシューさん。メイさんを信じる必要はありません。あなたに信じてほしいのは、メイさんを信じているこの私です」
そう言って、ソフィーは真剣な眼差しをマシュー将軍に向けます。
それは一片の濁りもない、純粋な目でした。
「確かに今のメイさんに、これほど大量の兵を率いた経験はありません。後陣の副営長は全員で4人いますが、他の副営長の力も借りることになるでしょう。しかし人の統率について十分成熟している彼女は、このような場所でないと成長できません。少々厳しいですが、やっていただいたほうが我が国にとっても国益になるでしょう」
マシュー将軍はまぶたを少し落として、頭を抱えて少し考え込んでから言いました。
「分かった。ソフィーを信じよう」




