第19話 魔王の服を買いに行きました
「はぁぁぁぁああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜‥‥」
まおーちゃんを召喚してから4日目。はじめての休日です。ニナやナトリと約束していたお買い物の日でもあります。
寮の食堂で朝食をとる時間なのですが、私はテーブルにぺったり頬をこすりつけて、ため息をついています。
「どうしたの、アリサ?」
ニナが心配そうに尋ねますが、まおーちゃんはトーストにバターを塗りながら言います。
「案ずるな、こっちの話だ」
「まおーちゃんが、一緒に寝てくれないんだよ〜‥‥ニナちゃんは使い魔と一緒に寝たでしょ?」
「うん、寝たよ」
「いいな〜〜いいな〜〜、私の使い魔はいじわるなんだよー!使い魔はご主人様の言うことを聞いてねご主人様と一緒に寝ようねって言ったら、服従してほしいなら戦えとかさー、戦略魔法の応酬になるから戦いに3日はかかるかもしれないとかさー、いじわるなことばかり言うんだよー」
そうやって、本人の前でころころ文句を垂れていました。
「はは‥アリサは戦略魔法使えるの?」
「使ったことないけど、練習すれば多分使える。‥‥あー!練習時間も必要だー!」
「あははは‥‥どっちみち、私から見ると十分すぎるくらいすごいと思うな〜」
ニナは苦笑いしながら、サラダを口にします。
「こやつとは普通に戦えば負けるかもしれないが、戦略魔法も使うとなれば妾にも勝算はあるだろう。戦略魔法は、魔族の中でも王族ほどの魔力がなければ撃てない特殊な魔法だ。それを防いで、妾に打ち勝って、初めて魔王である妾の服従を勝ち取るがよい。‥‥それより貴様、早くしろ。トーストが冷めるぞ」
「うーっ‥食べる、食べるよ〜」
私はしぶしぶ、トーストを口に詰め込むように入れます。
◆ ◆ ◆
「みんな、おっはよー!」
領主様のときほど立派ではないものの、よそゆきの服に着替えた私たちは、学校の校門に集まりました。
私はブルーのワンピースに、胴体を縦に切るように青い花柄の帯がついています。ワンピースはくるりんと一回転したらふわーっと広がるのが好きです。
ニナは淡いピンク色の洋服とスカートを身に着けています。こげ茶色のショルダーバッグもついています。
ナトリは淡い緑色のワンピースをメインに、腕には濃い緑色の袖をつけています。ワンピースの胸元には、バツ印のひもがいくつかついています。
そしてまおーちゃんは、マントこそないものの、ほぼ召喚直後の服装です。上品な紫色をベースに、腕とスカートは禍々しさを漂わせる漆黒のコーデがされています。あと、羊のような真っ黒なツノ、2本のしっぽもかわいいです。
真っ先に、ナトリが私の服装にかみつきます。
「おい、テスペルク!よくもこのナトリと同じワンピースを着やがって!」
「えっと、同じデザインならともかく、ワンピース自体はわりとメジャーだと思うな〜?」
「ニナは黙ってろ!」
そのうしろで、まおーちゃんが腕を組んでいます。
「ふむ、学校ではみな制服だったが、みな個性的な服を持っておるのじゃな」
まおーちゃんの言葉で、ニナが何かに気付いたように私に言います。
「ねえ、魔王のツノは隠したほうがいいんじゃないの?魔王っていうか、魔族がいると大騒ぎにならない?」
「あっ」
すっかり忘れていました。学校の中では、魔王がいるとみんな知っていたのでそれほど騒ぎにはならなかったのですが、町の中では違います。獣人もいくらかいるのですが、さすがにツノのある魔族だと騒ぐ人もいるかもしれません。人間の中には、魔族を魔物と同じものとして怖がる人も多いのです。
「うーん、でも私は帽子持ってないなー、最初に帽子買いに行こうかな」
「でも、帽子買うまでに見つかっちゃうんじゃないかな?」
「それもそうだね、ニナ、帽子持ってない?」
私がニナにそう聞くのと同時に、後ろから私の頭にぽんと帽子が被せられます。頭の上半分を覆うのにちょうどいい、大男向けの黒くて大きなベレー帽でした。私にはふかふかでしたが、ツノのあるまおーちゃんにはぴったりのサイズでしょう。ツノの形も羊なので、ツノで帽子が持ち上げられることもないでしょう。
「この帽子、貸してくれるのかな、ありがとう‥」
私は帽子をとって、後ろを向きます。
そこには、赤髪ツインテールの子が、私を睨むように見ていました。
「ラジカちゃん?ありがとう」
しかし、ラジカは私と目が合うと、ぷいっと横を向きます。
「まあ、精々ばれないようにすることね」
それだけ言って、どことなく去ってしまいました。
あれ、ラジカっていつからいたんでしょう?私たちの話を聞いて、帽子を用意してくれたんでしょうか?後でお礼しなくちゃいけません。
「ともかく、これで大きな懸念はないということだな」
まおーちゃんは私から受け取った帽子を念のためにと少し検めてからかぶって、ツノを隠すように端と端を下へ引っ張ります。
「あとはしっぽも問題かな〜、でも服と同じ色だし、あまり動かさなければ気付かないんじゃないかな?」
ニナがそう言いました。
私たちはまず、帽子店へ向かいます。ラジカから借りてきた帽子なので、自分の帽子を買ってから返さなければいけません。
「おい、テスペルクの使い魔。お前はどんな色が好きだ?」
「漆黒と紫だ」
「黒というと葬式のイメージが強い。黄色や紫も濃すぎると王族のイメージが強いから、目立たないようにするなら茶色だな」
「庶民の色は好かん。また、白に近い色も好かん。魔族らしくないのでな。そういえば血と恐怖の色は赤だろう?それもよい」
「では赤系のコーテにするか」
ナトリが、まおーちゃんの意見を聞きながら帽子を探しています。
それを見て、ニナが思わずつぶやきます。
「ナトリ、すごいね‥魔王と普通に話せている」
「私も普通に話せてるし、問題ないよ〜」
「いやいや、2人がすごいだけだから?」
帽子を探している途中、私とニナが仲良く話しているのに気付いたナトリが、ぴんと私を指差します。
「おい、テスペルク!このナトリとのコーディング勝負にかかわらず呑気に話すとは何事だ!?余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だな、お前はもう決まったのか!?」
「え〜、まだだよ〜?」
だって、ナトリがまおーちゃんの帽子を丁寧に選んでいて、私の出る幕なかったですよね。というか勝負してたのでしょうか?
「嘘つけ、お前はこのナトリに勝負を挑んだからには、絶大な自信を持っているはずだ!そんな譫言でこのナトリはごまかされない!」
「まあまあ、ナトリ‥」
「ニナは黙ってろ!」
ナトリが騒ぎ出したのを見て、まおーちゃんがナトリの体を手で制します。それから、にやりと笑みを浮かべて私を見ます。
「‥‥貴様、妾のことが恋愛として好きといったな?貴様は想い人の世話を、赤の他人に任せるタイプか?そんなことで妾を落とせるとでも思ってるのか?」
「う〜〜っ‥」
そういえばそうです。ナトリにばっか任せていられないです。私も帽子を選ばないと!
「待っててね、まおーちゃん!絶対私にメロメロにさせてみせるから!」
「あ‥ああ、精々頑張ることだな」
私に変なスイッチが入ったかもしれません。ニナと一緒に帽子を探します。
ナトリが選んだのは、青紫色の帽子。赤の補色に近く、それでいて緑のように赤の情熱を打ち消すデメリットもない色だそうです。
私は「まおーちゃんにはピンクが似合うな」と言って、ピンクでうさみみのついたかわいい帽子を選びましたがまおーちゃんに却下されました。
「貴様、人の話を聞いてたか?」
「だって、まおーちゃんかわいいから似合うと思って‥‥」
「今回はこのナトリの勝ちだな!敗北を知るがいい!ははは!」
ナトリが勝ち誇ったように高笑いします。
服選びも似たようなもので、ナトリが全体的に朱色と深紅色を織り交ぜた、血を連想させる、それでいて禍々しさを抜いた上品なコーテの服とスカートを選んだのに対し、私が選んだのは。
「こんなもの、誰が試着するか!ふざけてるのか貴様は!」
「お願い!着るだけ着て!絶対似合うから!」
「断る!妾はこんなもの着とうない!」
「えー、着て着てー!」
私がまおーちゃんに服を押し付けますが、その腕を横からニナが掴んできます。
「あのね‥ウサギの着ぐるみはさすがに魔王も着ないんじゃないかな〜?」
「ええー、だってかわいいのにー!」
「だから貴様は人の話を聞かぬ!妾は黒以外では血の色が好きと言っただろうが!」
「えー!ひっどーい!ぷーぷー!」
私はぷんぷん文句を言いながら、ウサギの着ぐるみを渋々元の場所へ戻します。
ナトリは腕を組んで高笑いします。
「ははは、今回はナトリの完全勝利だな!」
ナトリが選んだ服の他にも、今の服を洗濯する間の代わりが欲しいと言われたので、今の服と似ているものも一緒に買っておきました。
「黒は死を連想させると言ったが、デザインによっては普段着としても活用できるな。モノトーンのチェック柄がそれだ。見てみるか?」
「ほう、面白そうではないか」
まおーちゃんはすっかりナトリについて行ってしまいました。ううう、悔しい。
「クマの着ぐるみのほうがよかったかな‥‥」
「アリサ、魔王を何だと思ってるの‥‥」
私のぼやきに、ニナが呆れます。