第202話 メイの統率(2)
「あ、あの‥」
すっかりたじたじになった部隊長が、冷や汗をかきながらメイに言います。メイはその言葉の続きを遮るように、部隊長に言います。
「いいこと?さぼってる人がいると、みんなのやる気が下がるわ。訓練とはいえ、手を抜かないでちょうだい。ここは戦場よ?次にあの兵士たちがさぼったら、責任者のあんたも軍法にかけて百叩きよ?分かった?返事は?」
「は、はい」
「もっと強く。あんた、部隊長でしょ。部下の模範になるような声でもう一回」
「はい!」
え、ええと、何やらとんでもない劇が展開されていますが、一応主将は私ですからね‥。
主将は私ですからね‥‥。
主将は私ですからね‥‥‥‥。
「ねえ、ちょっとそこにいるあんた!」
メイがまた他の兵士を指差して歩き出すので、私は慌ててその後を追っていきます。
「このローブ、すごくたるんでるじゃない。風にとばされるわよ。しっかり張りなさい」
「こことここの通路が狭すぎるわよ。距離はこうやって測る!両腕をいっぱい広げられる距離を目安にして!次からは気をつけなさい」
「この布、古いわね。すぐ破れるわよ。この幕舎はこれっきりにして、本番では新しいのと替えなさい」
次から次へと兵士たちに指示していきます。ただ叱るだけでなく、兵士たちの細かい所作も丁寧に見ています。
そんなメイに兵士が近づいてきて、尋ねます。
「あ、あの、メイ将軍、し、質問があります」
「質問は堂々と!」
「はい!これから内装をしなければいけないのですが、メイ将軍の幕舎はどれにいたしますか?」
「中央近くがいいわね。ついて来なさい」
そうやってメイが兵士を連れて行っている途中で、他の兵士がメイに話しかけてきます。
「メイ将軍、向こうの方で落とし穴が見つかりました」
「報告ありがとう。埋め戻せそうなら埋め戻しなさい」
「はい」
その他にも、周りの兵士たちが次々とメイに質問してきます。メイはその全てに素早く、てきぱきと答えます。
「これ?これは主将の判断を仰ぎなさい。ちょっとアリサ、何ぼさっとしてるの?主将でしょ?」
「は、はい、お姉様!」
あれ、どっちが主将だっけ?というほどに、メイは本当に周りのことをよく見て、少々の不測の事態ならすぐに対応できて、そんな調子で次々と指示を繰り出します。
「はい、休憩!」
8人の部隊長を集めたメイの一声とともに、部隊長が各地へ散っていって兵士たちに指示します。
「休憩だ、休憩!」
「10分休め!」
「休憩しろ!」
その兵士たちの行動は正確で、メイの言うことをよく聞いています。メイが手足みたく操っているかのようでした。
メイ、すごいです‥‥と私が感心する暇もなく。
「アリサ、あんた主将でしょ?上司でしょ?もっとしっかり現場を見なさいよ!」
「いや、ほら、現場は現場に任せたほうがいいんじゃないかと思います‥‥」
「そんな態度ではダメよ。将たるもの、一度は現場を見るべきよ。そこに学ぶべきものがあったら学び、改善すべきものはしっかり改善しなさい。リーダーとしての経験を積みなさい」
それを副将未経験者に言われるの、なんだか恥ずかしいように思います。私も経験は浅いのですが。
「は、はい‥‥」
「返事ははっきり!」
「はい!」
◆ ◆ ◆
「ふふ、そんなことがあったのか」
夕食の時、私の言葉を聞いたヴァルギスは、それでも口の中を見せないようにくすくすと笑い出します。
「もう、まおーちゃんもひっどいな!お姉様、本当に厳しかったんだもん!」
「でも兵たちはきびきびと動いていたのだろう?」
「う、うん、それはそうだけど‥‥」
「なら良い将ではないか。その8人の部隊長の話次第では主将への格上げも検討してやらんとな」
「そ、そんな、初陣でお姉様がいきなり主将ですか!?」
「こういう者を慣例通りに副将にしても、主将にはメンツの問題もあるだろう。才能あるものを窮屈な場所に置くべきではない」
ヴァルギスはそう言ってスープを飲んでいましたが、すぐに思い出したように言います。
「だが、話を聞いている限りでは仕事をさぼっていた3人の兵士に逆恨みされる恐れもあるな。部隊長もそれを恐れて咎めなかった可能性がある。メイのやっていることは間違っていないが、くれくれも気をつけろ。実際の戦争では昼夜問わず何人かに護衛してもらえ。それから、兵たちに自己紹介する時はアリサの姉であることを伝えろ。アリサが理由で帰順した兵たちであればそれで気持ちも引き締まるし、不正や暗殺の予防にもなるだろう」
「分かったわ」
メイは、それでも不満そうな顔をしてうなずきます。
「お姉様、毎日後陣に行って防御強化の魔法をかけてあげましょうか?」
私がおそるおそる尋ねてみると、メイはしばらく考えて、それからうなずきます。
「‥‥お願い。やっぱり逆恨みは怖いわ」
人前ではリーダーとして堂々としているけど、やっぱり怖がりなところは健在みたいです。私は少し安心して、ほっと一息つきます。
「あ、あっ、アリサ‥」
私とメイの話を遮るように、ヴァルギスが小さく手を振って声をかけてきます。
「どうしたの、まおーちゃん?」
「そ、その‥メイのところへ行くついでに、妾の幕舎へも寄ってくれぬか‥?」
そう言うヴァルギスは頬を赤らめています。怖がりなメイが今日見せた態度と、いつもは堂々としているヴァルギスがたまに照れるところが、意外性という点で似ているように感じられます。私は頬を緩ませて答えます。
「いいよ!」
「‥ありがとう」
「まったく、アリサと魔王には呆れたわ」
メイはため息をついて、ハンバーグの皿にあったクレソンという緑色の野菜をフォークですくって食べます。
「アリサ。戦争での主役はあんただから、もっとしっかりしなさい」
「は、はい」
「返事ははっきり!」
「はい!」
そんな私とメイのやり取りを、ラジカ、ハギス、ヴァルギスはくすくす笑いながら見ていました。
◆ ◆ ◆
メイは今度の戦争で将軍になることが内定したので、近いうち正式にヴァルギスの家臣の1人として仕官することになります。これで亡命一行、私、ナトリ、ラジカ、メイ全員がヴァルギスの家臣になったことになります。
陣の設営の訓練をこなした翌日、メイが私たちの部屋で1人ぽっちになって魔族語の本を読んでいるところで、ドアのノック音がします。アリサ、ナトリ、ラジカ、ヴァルギス、ハギス、そのいずれの叩き方でもなく、か弱さがあって、でも堂々とした、規則正しい叩き方でした。
「‥どなたですか?」
テーブルの椅子に座っていたメイは、自分の知らない人だと確信して、敬語で尋ねます。
「私はソフィー・ノデームと申します。遠征軍の参謀を務めます。あなたが遠征軍に参加するとお聞きし、ぜひひと目お会いしたいのです」
「分かりました、ドアを開けますので、少々お待ち下さい」
「いいえ、自分で開けます」
そうして部屋に入ってきたソフィーは、いつも通り頭のてっぺんに葉を生やした、長髪のなりをしていました。
椅子から立ち上がってしばらくソフィーに頭を下げていたメイは、顔を上げてソフィーの身なりを見ると、自己紹介も忘れて尋ねます。
「‥あっ、もしかして魔族ですか?」
「はい。魔族嫌いであることは魔王様からお伺いしております」
そう答えて、ソフィーはドア近くから動きません。
「‥‥こちらに座ってください。あたしは確かに魔族が嫌いですが、目上の方を立たせるわけには参りません」
そう言ってメイが対向の椅子を指すので、ソフィーは「はい、ありがとうございます」とうなずいて、その椅子に座ります。メイも再び椅子に座って、対面したソフィーに尋ねます。
「それで、何の御用でしょうか?」




