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第196話 残酷な占いとニナの決意

馬車が出発した翌日。

エスティク魔法学校は、この日もいつも通りの朝を迎えていました。朝日が差し込み、小鳥は啼き、霧が少しずつ晴れていきます。

ニナは女子寮の一室のベッドで横になったまま、考え込んでいました。


ニナにもアリサ・ナトリ以外の友達がいなかったわけではありません。

2人とラジカと魔王がいなくなってからは、他の友達と一緒にエスティクや近隣の都市で遊んだり、王都カ・バサへ観光しに行ったり、話したりして騒いていました。

でも、それでもふとアリサたちのことを思い出してしまうのです。


「‥死刑なんて、一体何をやったんだろう‥‥ナトリもラジカも急にいなくなっちゃうもん‥」


アリサが単に行方不明になったのならまたしも、死刑相当として指名手配されていることを知ると、友達として気にせずにはいられません。アリサはとてもそのような重罪を犯すような人には見えないのです。ナトリやラジカ、魔王も、あの日以降一切見なくなったのです。部屋に行ってもいませんし、授業にも出てきませんし、風呂にも食堂にも来ません。ラジカの両親を名乗る男女と、ラジカの兄でありエスティク武技学校の卒業生だという2人の男性に会ったことがあります。4人ともラジカの消息の手がかりを少しでも得ようと、この女子寮や教員棟を必死で探し回って色々な書類を調べ上げていたのが印象的でした。


なんだかんだでニナはエスティク魔法学校の4年生です。アリサたちも、何事もなければニナと同じ4年生だったはずです。

ウィスタリア王国がハールメント王国に侵攻した時、敵将にアリサやナトリを名乗る者がいたということを風の噂で知りました。おそらく王城や警察は真相を把握しているでしょうが、まあ機密なので一介の学生には簡単に教えてくれないでしょうね。あれが本当にアリサだったのか、ナトリだったのか、ニナは知りません。


ニナはベッドから身を起こして、目をこすります。


「‥‥アリサたち、元気でやっているのかなぁ」


今日は休日です。去年であれば、アリサとナトリが部屋に来て「ニナちゃん、今日は何しよう?」と聞いてきたのです。そんな毎日変わらぬ日常、幸せを、ニナはもう二度と味わうことはできないのでしょうか。

確かにニナには他にも友達がいます。でも、時間を忘れて、自分を作らず、ありのままの自分で語り合える相手は、アリサくらいしかいないのです。それだけニナにとって、アリサは大切な存在でした。


ニナはベッドから降りて寝間着のまま机の椅子に座り、引き出しを開けます。そこには、アリサが王都カ・バサへ出発した日の朝に置いてきた手紙、その翌日にナトリが置いてきた手紙があります。ニナは何度もそれらを読み返していたので、手紙の角は丸くなっていました。


「しばらくいなくなります。すぐ戻るから心配しないでください。アリサ」


手紙にはそう書かれています。ニナは机の横にある窓から外を眺めます。校舎棟の屋根から日光が差し込んでくるのが見えます。


「すぐ戻るなんて、嘘つき‥‥」


仲のいい友達が指名手配された上に、他の同級生も一緒に行方不明になったのです。ニナは目を閉じて、アリサやナトリと羽目を外して遊んでいたかの日のことを思い返していました。

その時、静かにドアのノック音がします。過去を思い出してしんみりしていたニナは反応が遅れましたが、ドアに向かって返事します。


「誰?」


ノックの音は止み、代わりに知らない男の声がします。歳をとった男のような声でした。


「わしはアリサ、ナトリ、ラジカ、ヴァルギスの知り合いだ。君に手紙を渡し、少し話したいことがある。部屋に入れてくれ」


女子寮の中に不審者は入ることができないよう、教員たちが玄関でガードしているはずです。そのガードを通ったのであれば、問題のない人物でしょう。ニナは少し訝しみながらも「入ってください」と返事します。

ドアを開けて入ってきたその男は、みすぼらしい白い服を着た白髪の老爺で、身長ほどの大きな杖を持っています。

ニナはその汚い容姿に眉をひそめながらも、部屋の端に置いていた椅子を持ってきて「座ってください」と言います。どこかの誰かが日常的に使っていたのですが、来客に対して浮遊の魔法でものを与えるのはマナー違反とされています。ニナは自分の椅子を老爺と向かい合う位置まで運ぶと、それに座って尋ねます。


「それで、用件をお聞きしたいのですが、まず名乗ってもらえますか?」

「うむ。わしはデグルという」

「デグル‥苗字はありますか?」

「そんなものはない」


デグルはそう言って、ポケットから3枚の便箋を取り出し、ニナに渡します。


「話す前に、まずはそれを読んで欲しい」

「分かりました」


ニナはそれを受け取ります。アリサ・ナトリ・ラジカからの手紙でした。

それを丁寧に読みます。3人はハールメント王国に亡命した旨。魔王ヴァルギスやその姪のハギスと一緒に毎日わいわい楽しんでいる旨。そして、近日中にまた戦争が起こるかもしれないから、それまでにニナにもハールメント王国へ来て欲しい旨。それらを、ニナは文字を1つ1つ眺めるように読みます。目からなにか熱いものがこみ上げてきます。‥‥が、それは手紙の最後を見て、すぐに止まりました。

この手紙は確かにアリサ、ナトリの筆跡で書かれています。ラジカの筆跡は知りませんが、年頃の女の子がよく使いそうな筆跡ではありました。しかし、それ以前の問題として。


「この手紙、日付が昨日になっているのですが、アリサたちは近くまで来ているのでしょうか?」


ハールメント王国から遠く離れたエスティクまで一晩で手紙を送ることは、馬車をチャーターところか、早馬でも絶対に不可能です。もしかしてアリサたちは実はこのエスティク魔法学校の近くに隠れているのでしょうか。そう期待してデグルに尋ねましたが、デグルは首を横に振ります。


「あまり細かい質問には答えられない。さて、手紙を読んだな」

「は、はい‥」


デグルの返事にニナは面食らったような感じを受けます。手に持っているアリサの手紙に視線を落としたままでいるニナに、デグルは続けます。


「わしにも、君にはぜひともハールメント王国へ来てほしいと思っている」


ニナは目を閉じてしばらく間を置いてから、手紙を閉じて、デグルの顔を見上げます。


「‥‥このウィスタリア王国を捨てろと言うのですか?貴族である私に?」

「うむ」

「赤の他人にそんなことが言えますね」

「君もこの国に残留するならば、友を捨てることになってつらかろう」


デグルがそう言うとニナは少し黙ってつばを飲み込んだ後、返します。


「‥私のご先祖様は、ウィスタリア王国から恩を受けています。ウィスタリア王国がなければ、今の私はありませんでした。友達と別れるのはつらいですが、私はウィスタリア王国のために尽くします」

「そのウィスタリア王国の国王が人の道を踏み外していてでもか?」

「‥っ」


王様の悪評は、エスティクにも流れていました。もっとも兵士たちの前でその話をするとその場で逮捕されたり殺されたりするので、みな声を潜めて王様の悪口を言います。やれ、王様は罪人の体を粉々にして液体のようにしてしまう。やれ、王様は些細なことで人を死刑にする。やれ、そんな王様のもとで熱心に働く人はいなくなり、佞臣奸臣ねいしんかんしんがはびこっている。やれ、そのせいで経済が混乱している。

そのどれもが、ニナにとっては非現実的なもので、冗談の類に近いものでした。


「私は、王様がどんな人であろうと、このウィスタリア王国の繁栄のために、身を粉にして働きます。その気持ちは変わりません」


それを聞くとデグルはため息をついて椅子から立ち上がり、杖をニナに向けます。

それを見てニナは少し後ろへ引きます。


「‥‥わしから1つ忠告しておこう。ニナ・デゲ・アメリ。君はこのままハールメント王国に来ずにここに残るならば、悲惨な末路をたどることになる」

「悲惨な末路‥?」

「うむ。君は死ぬ。ただ死ぬだけではなく、死後も天界を漂い苦しむことになるだろう。君の来世は間違いなく重度の障害児となって生まれる。わしはアリサたちの知り合いとして、君のそんな姿を見たくない。‥この運命を避けるチャンスは今しかない」


ニナは目をぱちくりさせます。

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