第192話 バイキングをしました
くさやを食べ終えたハギスが私のところへ来て「アルプス1万尺を忘れたなの。教え直せなの」と言ってきたのでもう一回教えてあげているところで時間が来ました。
「ほらハギスちゃん、行くよ」
私たちはヴァルギスを先頭に、広い部屋へ移動します。丸いテーブルがいくつかあって、その上に大皿に食事が盛り付けられています。他の客たちもすでに何人かいて、食事を楽しんでいます。
丸いテーブルといっても、部屋いっぱいにあるわけではなくて、広い部屋の真ん中くらいにいくつか寄せられて置かれています。このあたり、なんだか少ないって感じを受けます。
「わあい、これってバイキング?」
私は入り口近くのテーブルに置かれている皿とフォークを取ります。
実際バイキングなようで、他の客たちが大皿から取った食事を皿に乗せて立ち食いしているのが見えます。
「‥ふむ、皿の数は戦前の半分くらいだな。これでも採算がとれるか怪しい。必要な支援はせねばならんのう」
ヴァルギスはそうつぶやきながら皿を取ってきます。
「ちょっとまおーちゃん、ここに来てまで仕事のこと考えるって、疲れたりしないの?さっきもお風呂で他のお客さんたちにインタビューしてきたし‥‥」
「慣れていることだ。政治をしていると、どうしても為政者の思考になるのだ。職業病というやつだな」
ヴァルギスは本当に平気そうに、スプーンを片手でくるくる回しながら進みます。
「くさやを食べ過ぎたなの‥‥食欲ないの‥‥」
「だから何回も言ったでしょ、ハギスは聞かないんだから」
ハギスとメイも、そう話しながら通り過ぎます。
私も食事を取りに行こうと思って歩きだしますが、ふと気になって後ろにいるナトリとラジカを振り向きます。
後からルナが入ってきたらしく、2人ともルナに頭を下げているところでした。ルナはあまり頬の赤みもないので、酔いが覚めたようです。まあ、このバイキングの部屋にも酒はあるから、また酔うでしょうけど。一緒の部屋ってなんだか嫌だな‥‥。
そう思いながら私が大皿から食事を取っていると、横からメイが尋ねてきます。
「どうだった?戦争は」
まるで戦争が日常とでもいいたげな軽いノリで尋ねてきたので、私は少しつらくなりましたが、首を軽く振って牡蠣を口に入れてから答えます。
「つらかったです」
「アリサは強いけど万が一のこともあるから心配してたわ。決闘大会でもウヒルという人に負けそうになったし、魔王にも負けたしね。戦争で殺されそうになったりしたの?」
メイは私の顔をじっと見ます。言葉はぶっきらぼうですが、メイなりに私のことを考えてくれてると思いました。
「はい。2度ありました」
ベルファヴェスとハラスの2人に殺されかけました。特にハラスとの戦いでは瀕死寸前まで追い詰められました。
私はそのことを思い返しながら、出てきそうになる涙を押さえるようにゆっくり目をつむります。
「そう。アリサも戦争で死ぬかもしれないのね‥‥」
メイは声のトーンを落とし、目を細めます。
「ねえ、戦争に参加しないって選択肢はないの?」
「私はまおーちゃんのことが大好きだから、まおーちゃんとこの国のために尽くしたいです。それに私がいないせいで大勢の兵士たちの命が失われたこともあって、やめるにやめられないです」
「そう」
メイはできるだけ平静を装って、大皿の上に乗っている肉をいくつか自分の皿に移したあと、1個を私の皿に入れます。
「また戦争があるんでしょ?今度はこっちから攻め込む」
「はい」
「あたし、祈っているわ。アリサやみんなが死なないよう、全身全霊かけて」
メイの真顔は、それが決して冗談でも単なる思いつきでもないことを物語っていました。
「お姉様‥‥」
「祈るのはいいが、食事と睡眠はちゃんとしろ。それから1時間に最低5分は休憩も挟め」
会話に横からヴァルギスが割り込んできます。
「どーしたの、まおーちゃん」
「ああ、何だ。こやつは貴様らが戦地におる間、ずっと魔王城から祈っていたぞ。祈祷のために魔力を使って文字通り全身全霊でな」
「えっ‥そうだったんですか、お姉様」
私はメイを見ます。
「うむ。メイが体調を崩さないよう、妾も定期的に見に行く羽目になったぞ。少しは自分の心配もしろ」
ヴァルギスはアボカドをかじります。
メイは自分の皿をテーブルの上に置いて、私のフォークを持つ手を両手で握ります。
「アリサ。次の戦争では、きっと死なないで。ほら、お母様もお父様も処刑されたでしょ?アリサまで死んじゃったら、あたし、どうすればいいか分からない‥‥」
そうやって私を見上げるその目は、まるで親のような、不安いっぱいな表情でした。
私はにっこり笑って返事します。
「大丈夫です、お姉様」
「大丈夫だ、根拠は言えぬがこやつは絶対死なない」
ヴァルギスも横から加勢してきます。それでメイは少しは不安が和らいたようで、ほっとため息をつきます。
「‥アリサが死んだら承知しないわよ」
その後も私はメイ、ハギスやナトリと一通り会話を済ませた後、ラジカに近づきます。ラジカは一通り食べ終えた後のようで、デザートでみかんを凍らせて細かく切ったようなものを食べていました。ちなみにケーキの置いてあるテーブルには、さっきからずっとヴァルギスがぴったりくっついて離れないようです。
「アルプス1万尺、私とやってみる?私もたまにはラジカちゃんとスキンシップとりたくなるし」
「ええと‥アルプス1万尺って何?アリサ様とハギスがやっていたの?」
ラジカがキョトンとした顔で聞き返すので、私は「あれ?」と口に出します。なんだか違和感がします。
「ラジカちゃん、湯船の会話聞いてなかった?」
「アタシは途中で抜けたから分からない」
「それは分かってるけど、ほら、カメレオンを使って聞いてなかった?いつも私にくっつかせてるんでしょ?」
「ああ‥最近は使ってない。アリサ様と魔王が真剣に付き合うのを覗くのもどうかと思って」
ラジカの胸のポケットから、緑色のカメレオンが顔をのぞかせます。
それを見て、私は微笑みます。
今までのラジカは私のことなら何でも知っていたのに、最近はカメレオンを使わなくなったと聞いて、なんだかラジカが普通の人に戻ってしまったかのように見えます。今までがおかしかったのでしょうか。
「‥そうだったんだ。ラジカちゃんもラジカちゃんなりに、私の恋を応援してくれてたんだね。じゃあ今やる?アルプス1万尺」
「うん、教えて」
ラジカはテーブルに皿を置くと、両手を軽く叩き始めます。
「さっきロビーで、手を使った遊びっていうところまでは分かったけど」
「うん、手を叩きあうの」
「えっ!?」
私の言葉を聞いて、ラジカは一歩引きます。
「‥それって、アタシがアリサ様の手に触るってこと?」
「うん、そーだけど?」
「う、ううっ‥」
ラジカは頬を赤らめてうつむきます。
「そ、そう‥アリサ様がどうしてもって言うのなら、やめないけど‥‥」
「あ‥あっ、無理ならやめてもいいんだよ?」
私が言うとラジカはぷいっと顔をそらします。あーあ、断られちゃった。手遊びすらだめなんですね‥‥。
私が肩を落とすと、ラジカはテーブルに置いた皿をまた持ち上げて、デザートを皿に乗せながら質問してきます。
「最近、魔王とはどう?うまくやれてる?アタシ、カメレオン使ってないからどこまで関係が進んだかわからない」
「うん、2人きりになって話したり、スキンシップしたりしてるよ」
結婚の話もされたよと言おうと思ったけど、やっぱりやめました。こういう重要な話は軽く言いふらしちゃいけないような気がします。今までのラジカなら普通に聞いて知っていたと思いますけど。
「‥そうなんだ」
ラジカはちょっと落ち込んでいる様子でした。ラジカも私のことが恋愛的な意味で好きなことを、私はふと思い出します。私とヴァルギスの関係が進むほど、ラジカにとってはつらくなるのでしょうか。




