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第187話 ハラスへの仕打ち

ハラス死亡の報は、すぐにウィスタリア王国の王都カ・バサへもたらされました。


「なに、ハラスが死んだだと‥」


ハール・ダ・マジ宮で、食事中だったクァッチ3世はその訃報を聞きました。

それを伝えた家臣は続けます。


「さらに悪い報告がございます。ハラスを殺したのは、ハノヒス国の軍隊であるという情報が入っております。我々が魔族の侵略を防ぎ何度も恩を売った相手が裏切ってきたのです。我々としても何らかの対処をしないと、国民が黙っていますまい」

「あんな小国に何ができる。気にすることはないだろう」


クァッチ3世は即答して、酒を注ぎます。

ウィスタリア王国は、王国のために尽くしてくれた最後の忠臣・ハラスの無念を晴らすため、恩を仇で返した者を討つためにハノヒス国へ攻め込むのが定石ですが、クァッチ3世はそれを無視した形になります。家臣は何か言おうと考えましたが、下手に口を出すと自分が処刑されかねないと考え、口をつぐみます。


「報告は以上でございます。それでは私はこれにて」

「待て。ハラスが謀反をするという話があっただろう、つまりハラスは裏切り者だ」


3世は肉を食べ、口の中に食べ物を残しながら話します。


「相当の処分をせねばなるまい」

「といいますと?」

「ハラスの屋敷にいる使用人ともをまとめて殺せ。クマのいるところで相撲をさせろ。あの使用人らはハラスに仕えておきながら、ハラスの翻意をわしらに密告せず黙認した。裏切り者に関わった者の末路を天下に示せ」

「!!」


家臣は思わず一歩引いてしまいます。


「分かったか?分かったらさっさと相撲と宴の準備をしろ」


3世はまくし立てるように言いますので、家臣は何度も頭を下げてその場を後にします。

もともとハラスは反乱など考えていませんでしたから、それを密告も何もありません。まったくの冤罪です。それに、あの最後の忠臣ハラスに仕えてきた人たちです。彼らを処刑することは、忠臣の存在を否定することになり、さらにこの王国から有能な人材が離れていってしまいます。家臣もそのことは理解していましたが、今は自分の命のほうが大切です。

ハラスの使用人は次々と屋敷から連行され、王城内で皆殺しにされました。クァッチ3世は死刑の様子を酒を飲みながら笑って見ていました。


この話はあっという間に王都の民衆の間に広がりました。ウィスタリア王国にとってハラスは最後の良心であり、王国の腐敗した政治をただすための最後の砦だったのです。ハラスは民衆からも人気がありました。それがいなくなっただけでなく、クァッチ3世はその使用人たちを殺しました。民衆はそれを哀れに思い、ハラスが住んでいた屋敷の門に次々と花を手向けました。


「なに、民衆がハラスに献花している?」


ハール・ダ・マジ宮に戻って酒を引っ掛けていたクァッチ3世はその報告を聞き、激怒します。


「おのれ、ハラスめ!民衆の心まで操っていたとは許せぬ。やむを得んが、ハラスに同情する民衆は全員処刑せよ」


こうしてハラスの家に献花した人は聞き取り調査などで特定されて次々と捕まり、ことごとく死刑にされました。

民衆たちはそれをおそれ、王都カ・バサから別の都市へ引っ越そうと考えます。

そうして実際に次々と引っ越す人が続出しました。その報告を、3世は後日受けました。


「この王都から引っ越す人が増えているだと?それでは王都の人口が減りみすぼらしくなってしまうではないか。今すぐ呼び戻せ。戻ってこない奴は殺せ。そして、これをもって王都からの転出を禁止せよ」


その命令は即日実行されました。王都を出る幌馬車にことごとく追手が行き、戻る意思を示さなかったものは皆殺しにされました。これで民衆たちはますますクァッチ3世のことを恐れおののくようになりました。


◆ ◆ ◆


ここはいつかの遊園地かなにかでしょうか。

私は気がつくと、ヴァルギスと2人きりでベンチに座っていました。ヴァルギスが私に横からもたれてくるので、私はヴァルギスの頭をなでてあげます。


「ヴァルギス。‥私のヴァルギス」


なぜか、いつもと距離感が違うような気がして、いつもは言わないような言葉が自然と口から出てきます。


「ふふ。妾のアリサよ」


ヴァルギスはそう返して、じっと私の目を見ます。

ヴァルギスはいつも通り漆黒の服にマントの格好でしたが、私がひとつまばたきをすると、白いベールのついた花嫁姿に変わっていました。


「えっ、ヴァルギス、その格好って‥花嫁姿?」

「アリサも同じ格好ではないか」


ヴァルギスに言われ、私は自分の服を見ます。確かに白いです。

ふとそこに都合よく全身を写すスタンドミラーがあったので、私はベンチから立ってそれを覗きます。確かに私も‥隣りにいるヴァルギスと同じ、花嫁姿でした。

きれいです。後ろはどうなっているのでしょう。私が鏡の前でくるりと体を回すと景色も回って、気がつくとそこは、大勢の人が集まって、大きな十字架がシルバーの壁に飾られた、結婚式会場でした。

くいっと、ヴァルギスが私の手を引っ張ります。


「行くぞ、アリサ」

「う、うん」


私はヴァルギスに手を引かれ、大勢の人に囲まれながら、赤い絨毯のロードを歩きます。


◆ ◆ ◆


私が目をさますと、そこは何の変哲もない、魔王城の中の私たちの部屋でした。

私の体は天井近くまで浮き上がっていたみたいで、私は目の前にある天井の模様をぼうっと眺めます。こういう天井には埃がたくさん付着しているものですが、見ている分には埃があることを忘れるくらい、息を呑むくらい素敵です。赤いローブのようなものが朱色の天井を縫うように張られ、独特の芸術性を感じる模様を作っているのです。


「‥‥そっか、あれは夢か‥」


私とヴァルギスが花嫁姿になって結婚式会場を歩く夢。

ゆうべ結婚の話をされたから、意識してしまったのでしょうか。

私はそっと胸に手を当てます。心臓がドクンドクン、いつもより速く動いているのに気づきます。

それで私は天井から顔をそらします。そんなはずはないのに、天井の模様がなんとなくヴァルギスに見えてくるのです。


「結婚か‥‥私、まおーちゃんと結婚するのかな‥‥」


私たちは支度を終えて、食事室に行きます。

私の向かいには、明日からまたいなくなるナトリが座っています。

その時、私はゆうべの夢の最初で遊園地のような場所にいたことを思い出します。


「ねえナトリちゃん明日からまたいなくなるんでしょ、今日はみんなで遊園地に行かない?」


私がそう言うとナトリはスープをかき混ぜるスプーンを止め、真顔で返事します。


「今日は平日なのだ」

「あ‥」


ナトリも私もヴァルギスも、大広間での仕事があるのでした。15時ころまで。

ヴァルギスが横から言ってきます。


「ついてに言うとラジカ、貴様も今日から事務仕事だ。昨日伝えていただろう。9時から15時までだ」

「分かってる」


ラジカはパンをちきりながら返事します。


「え、ええっ、ラジカちゃんいつの間に働くことになったの!?」

「うん、アタシも先の戦争に協力した功績が認められて正式に魔王に仕えることになった。大広間には出ないけど」


カメレオンを使って敵の様子を観察したり、敵の動きや大将の指示を監視したりしてましたね、そういえば。


「ラジカちゃんおめでとー!」

「ありがとう。アリサ様に少しでも役立てるよう頑張る」

「うん!それはそれとして‥ねえみんな」


私はヴァルギスに向かって言います。


「話戻すけど、戦争終わったばかりなのにナトリちゃんすぐにいなくなるって寂しくない?せめて今日15時以降でもいいから、どっかみんなで楽しめる場所ない?」

「15時から日帰りとは、貴様も無茶を言うのう‥‥」


ヴァルギスはどんと背もたれに背中をかけますが、なにか思いついたらしくすぐに返事します。


「場所がないわけではない。温泉はどうだ?」

「え、温泉?近くにあるの?」

「うむ。長城の内側に温泉があるのだ。食事も込みで22時には帰れるだろう。戦争からの復興の視察も兼ねて見てみるのはどうだ?」


長城は全長150キロメートルあって、魔王城は長城の中央近くに位置するので、半径が約20キロくらいです。20キロメートル以内で行き来できる場所ならば日帰りできますね。それにしても長城に囲まれた場所、無駄に広くないですか。


「温泉、いいね!ナトリちゃん、どう?」

「戦争の疲れを癒やすにはいいかもしれないのだ」


ナトリもうなずきます。メイも「あまり動くのは好きじゃないけど、ナトリと一緒というなら‥‥」と言ってくれたので、その日の仕事が終わったらみんなで温泉に行くことになりました。

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