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第186話 結婚を考えました

ヴァルギスの部屋に呼び出されたナトリは若干緊張している様子でした。机の椅子に座っているヴァルギスは、じっとそのナトリの目を見つめています。


「ナトリだけ呼び出してどうしたのだ?」

「うむ。あさって、グルポンダグラード国に使節を派遣する。貴様はその中に入って欲しいのだ」

「と、言いますと」

「去年打診した密約の返事がまだ届いていないのだ。催促して欲しい」


ヴァルギスはそう言うと、椅子から立ち上がって、くるりと机を回ってナトリへ歩み寄ります。

そして、ナトリに耳打ちします。


「こう言え。3ヶ月後、ミハナで会おうと」


ミハナとはウィスタリア王国の地名の1つで、エスティクと王都カ・バサから近いです。そこでハールメント王国とグルポンダグラード国の軍勢を合流させようという意味です。あえてウィスタリア王国の中の土地を指定することで、その王国が滅んだ後の土地をどう分割するかの相談もそこでやろうという意味合いもありました。

それを聞き取ったナトリはうなずきます。


「‥分かりましたのだ」

「戦争も終わりゆっくりしているところ申し訳ないが、よろしく頼む」

「このナトリにお任せください」


ナトリは自信ありげに微笑みます。それを見て、ヴァルギスも安心してふふっと笑います。


「‥‥だが、本当にいいのか?」

「ん、何がだ?」

「魔王にはミハナでつらい思い出があるだろう」


それを聞いたヴァルギスは、少しの間をおいて首を横に振ります。


「あそこには広大な平野がある、運河とも通していて、大軍を展開するのに最適な土地だ。今更妾個人の都合でどうとも言うわけにはいくまい」


ヴァルギスはクァッチ3世によってミハナの屋敷に7年間軟禁され、人の道に外れた扱いをされ屈辱を味わったことがあるのです(第2章参照)。ヴァルギスは少しうつむき気味に言いました。ヴァルギスにとっても、あの土地には戻りたくないのです。


「そこまで暗い顔をするなら、テスペルクをここに呼ぶぞ?」

「‥ふふ、妾は大丈夫だ」


微かに口角を上げた作り笑顔をナトリに見せます。


「それから、ミハナで会うのはグルポンダグラード国だけではない」

「どういうことなのだ?」

「大イノ=ビ帝国やウィスタリア王国の南東にある国々にも使者を出しておる。この大陸で、ウィスタリア王国を除くほぼ全ての国だな。それらの国にも共に攻めてもらうのだ」


ウィスタリア王国は旧クロウ国とその周辺の国を併呑し超大国となりましたが、それを囲む魔族の国、獣人の国、人間の国らに協力を呼びかけようと、ヴァルギスは考えました。そこまでしないと倒せないほど強力になっているのです。


「特に獣人によって構成されるゲルテ同盟がこの討伐に参加するかどうかは、ナトリ、貴様の技量にかかっている。あれは全体の3分の1にあたる戦力になる。よろしく頼む」


そう言ってヴァルギスは手を差し出します。ナトリはその手を握り返します。


「分かったのだ。ナトリに任せるのだ」


◆ ◆ ◆


夕食の食卓でそれを聞いたメイは、ステーキをナイフで切りながらため息をつきます。


「やっとみんなで食事できると思ったのに、あさってからナトリはまたいなくなるのね」


1年にもおよぶハラス軍との戦争中、私、ラジカ、ナトリは城壁近くの広場にある幕舎で寝泊まりしていました。ヴァルギスも戦争中は何かと忙しく、いつも食事はメイとハギスの2人だけでした。


「まあ、おかげであたしも魔族にはちょっと慣れたしいいけどね。ハギスの体にも触れるようになったし」

「それはよかったです、お姉様」


メイの隣りに座っている私は、にっこりと返事します。

メイは魔王城に来た頃は魔族を怖がり、いつも私やラジカの隣に隠れてばかりでした。それが、魔族であるハギスと2人きりになっても怖がらず普通に食事できるくらいにはなったのです。


「それより‥あたしももっとみんなと話していたかったな」


メイはむすっとした顔をしています。

私たちはハギスと戦争中時間を見つけて一緒に遊んだりしましたが、それはハギスが城門近くまで遊びに来たからです。メイはインドア派で読書やお茶が好きなのであまり外を手歩かず、私たちと接触する機会も少なかったのです。

私がヴァルギスに手紙を出す時にメイを経由していたのでその時に私とメイ2人で軽く話したりはしていましたが、みんな集まって話したことはなかったかもしれません。


「お姉様も城門まで来ればよかったですのに」

「普通の魔族には慣れたけど、魔族が武器持ってると怖いのよ。アリサが引きこもりをやめて戦うって聞いた時はあたしも慌てたけど、雑談とかで気軽に行けるような場所じゃないのよね」


メイはステーキの切れ端をフォークで刺して口に入れます。

ヴァルギスがサラダを食べてから言います。


「いいのか、メイ」

「えっ、何が」

「妾たちは近いうち、ウィスタリア王国へ攻め込む。武器を持った魔族が怖いというのなら、メイはこの城に1人だけ残ることになるぞ」

「うっ‥」


メイは眉間にシワを寄せます。


「‥‥戦争は嫌いよ」

「妾も嫌いだ。どうこう言っても始まるまい。妾たちと共に参るか、ここに残るか選べ。まあ出陣まではまだ1ヶ月以上もあるのだがな」

「うう‥」


メイは力なく次のステーキを切ります。


◆ ◆ ◆


食事が終わった後、私はヴァルギスの後に続いて部屋に入ります。

久しぶりにヴァルギスと2人きりです。えへへ。


「貴様、背が伸びたな」


椅子の前に立っているヴァルギスの隣で、頭を撫でてもらっています。くすぐったいです。むすむすします。

私もヴァルギスの頭をそっと撫でます。


「ヴァルギス、戦争お疲れ。ずっと一緒にいられなくて寂しかった」

「妾もだ。手紙だけでは貴様を身近に感じられず、つらい思いをしておったぞ」

「えへ、私もだよ」


私はヴァルギスの背中に手を回して、ぎゅっと抱きます。ヴァルギスも私を抱き返します。暖かい抱擁が私の身を包んでくれます。平和って感じがします。

ただ、ヴァルギスがずっと私の体を強く抱いていたので、私は気になって聞いてみます。


「ヴァルギス、どうしたの?まだ寂しいの?」

「‥うむ。妾が寂しい理由は2つある。1つは戦争だ。そして、もう1つは‥」


そこまで言って、ヴァルギスは椅子に座ります。


「人間と魔族の寿命差だ」

「それ、今気にするの?」

「うむ。以前、人間の寿命を魔族と同じくらいに伸ばす方法があると言ったな」

「うん」

「あれは、例えば20歳の人間に使うと5〜600年生きることができるが、40歳の人間に使うと2〜300年しか生きることができないのだ。貴様がその方法を早く使わないと、それだけ妾と一緒にいられる時間が縮む。早いほうがいい」


たった20年でそんなに違うんですか。

そういえばその方法、私とヴァルギスが交際を始める前は悪用されるからと言って教えてくれませんでしたが、付き合い始めた今なら教えてくれるのでしょうか。


「むー‥じゃあ今すぐそれやる?」


しかしヴァルギスは首を振ります。


「これを無闇にすると人間が長生き目的で乱発する恐れがあるのでな、結婚式の時にのみ行うという習わしになっているのだ」

「け、結婚‥‥」


いきなり重い言葉が出てきました。

私はこくりとつばを飲み込みます。ヴァルギスも恥ずかしげに、私から目をそらします。


「‥うむ。まあ、妾がアリサと結婚するにも問題は多い。ハギスが万が一夭逝ようせいした時の後継ぎはどうするか、同性婚が国民に受け入れられるか。他にもあるが、目先の問題はこの2つだ。1つ目は、王族の系統には分家が多くあるのだが、どれを優先するかについては事情も複雑で議論が必要だ。もう1つについては‥‥」


この世界では同性愛や同性婚はダブーとされていた時期もあり、ましてや王族がそれを行うわけにはいかないとされているのです。


「まあ、同性愛がダブーとされていたのも昔の話だし、あらかじめ世論誘導しておけばそれほど難しくはないだろう。新聞社に依頼して同性愛に関するコラムを書かせるのだ、それで議論が起こる。まあ時間はかかるだろうな」

「な、なるほど‥私、この世界のことはよく分からないけど、そんなのでいいんだ」

「うむ」

「でも‥えっと」


結婚を前提に付き合うって、なんだか重いというか、私とヴァルギスってそこまで関係が進展してたのかという気付きとともに、ぴんと張り詰めるような緊張を感じます。

私が何かを言いかけたところで、ヴァルギスはこほんと息をつきます。


「まあ、妾とアリサは付き合い始めて1年余りだ。結婚を考えるのは人間にとっては早いかもしれないが、魔族は血の気が多いのだ。結婚と離婚を繰り返す魔族も多いが、王族がそれをやると嫌われるからな。妾ももう少し慎重に考えるつもりだが、アリサは今から意識しておいたほうがいい」


まるで他人事のように言いますが、ヴァルギスは手で口を覆って、目を伏せています。恥ずかしそうな様子です。


「‥デートも戦争でできなかったからな。まだ早いかもしれぬ、まだ‥‥まだだな‥‥」


そう自分に言い聞かせるように繰り返します。

今から結婚を考えるのは確かに自分にとっては早い気がしますし、恥ずかしいです。でも貴族として、望まない相手と結婚することになるよりはいいです。それよりもヴァルギスが私のことをもうそこまで考えてくれていたという事実が嬉しくて、私の胸の奥にぼうっと光が灯って、暖かくなってきたような気がします。

ヴァルギスは先ほどまでの饒舌はどこへやら、すっかり黙って口を手で塞いでいます。私は窓の外を見ます。墨をひっくり返したように暗くなった秋の空に、きれいな満月が浮かび上がっていました。

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