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第185話 ハノヒス国からの使者

魔王城の大広間では、私を含む家臣たちに挟まれた赤い絨毯の上で、5人の将軍たちが玉座に座る魔王ヴァルギスの前にひざまずいています。

全員が、マーブル家とハラス軍に所属していた将軍たちです。


「貴様ら、妾に用があると言ったが、どういう用だ?」


ヴァルギスにも心当たりが無いと言えば嘘になります。でも、そのような予感がしていることをできるだけ隠すように、何も知らないという口ぶりで尋ねます。

将軍の1人が即答します。


「はい。私たちはこのハールメント王国と魔王様に帰順したく存じます」

「帰順‥‥そうか」


ヴァルギスの予想通りの内容でした。ヴァルギスは慌てず驚かず、どっしりと構えて尋ねます。


「なぜだ?人間と魔族は長年宿敵であったはずだ。帰順する理由を聞きたい」

「はい。我々は敵であったにもかかわらず魔族と変わらぬ待遇を与えられ、手厚く迎えられました。一方でウィスタリア王国では味方であろうと、特に意味もないのに罪のない人を重い刑罰に処します。ここで過ごしているうちに、ウィスタリア王国の統治に嫌気が差しました」

「故郷を捨ててよいのか?」

いといません」


ヴァルギスはしばらくその5人の将軍を「ふうむ」と言って眺めていましたが、1人を指差します。


「貴様はハラス軍の将軍であり、まだ降伏してから日が浅いだろう。なぜ帰順する?」

「は、はい」


指さされたハラス軍の将軍は緊張した顔持ちで絨毯を挟むように並んでいる家臣たちを見回し、ケルベロスとナトリに挟まれて立っている私を向きます。


「アリサ様のおかげでございます」


え、私ですか?いきなり指名されて私はびくっと動きます。


「アリサ様は敵である私たちの兵士を味方と別け隔てなく1人1人丁寧に扱ってくださり、また私たちを捕虜としてではなく他と同じ市民として扱ってくれるよう魔王様に進言してくださったと聞いております。兵士たちの持病までを治し、身の回りの世話をしていただいただけでなく、私の兵士が魔族とトラブルを起こした時も仲裁し、兵士たちの言い分をよく聞いてくれました。そのおこないに大変感謝しております。兵士たちもみな、アリサ様のことを聖女と呼んでおります」


そんな、人を殺した私が聖女だなんて、と言いかけますが、ここはヴァルギスと将軍の会話を邪魔しないよう黙っていなければいけません。私は気まずそうに恥ずかしそうにうつむいて、その将軍から目をそらします。

将軍はまたヴァルギスと目を合わせます。


「聖女アリサ様がおられない国には従いたくないという兵も出る始末でして、私もこの国にお仕えして、人のために尽くすアリサ様や魔王様のために働きたいと考えております」


他の将軍たちも口々に言います。


「私もアリサ様のおかげで救われました。ぜひアリサ様と同じ国で働かせてください」

「魔王様の海のように広い寛容な心と、アリサ様の施しに大変感謝しております」


それを聞いたヴァルギスは笑いをこらえきれなかったのか少しふふっと笑って、それをごまかすように私に話を振ります。


「アリサ。言われておるぞ」

「う、うう、恥ずかしい‥‥です、魔王様」


私、全然そんなつもりじゃなくて、ただ人を殺した償いがしたかっただけで。でもこういうことって、やっぱり異端なのでしょうか?

私は思わず手で顔を覆います。それを見てヴァルギスは微笑んだ後、将軍たちを見ます。


「よい。帰順を受け入れよう。貴様らはこれから妾の家臣だ」

「ははー!」


将軍たちは頭を下げます。それから少しヴァルギスと話した後、立ち上がって大広間から出ていきます。

入れ替わるように、1人の伝令が歩いてきます。


「魔王様、ハノヒス国からの使者が参りました」

「なに、今日中に準備できそうなら通せ」


ハノヒス国といえば、王都を攻めてくる敵兵たちを3回も通した国であり、ハールメント王国から見れば敵にあたります。ハラス軍ですら通しました。それが今更何の用でしょうか、怒りという気持ちはなくてみなが純粋に疑問を持っていました。

その日の午後はじめに、その使者と何人かの従者が大広間に入ってきます。従者の1人が、何やら大きな箱を台車のようなものに乗せてカラコロと音を立てながら運んでいます。

使者たちがヴァルギスにひざまずきます。


「顔を上げよ。妾がハールメント王国の国王、ヴァルギス・ハールメントである」


いつものきまり文句を言って使者たちに顔を上げさせたヴァルギスは、用件を尋ねます。


「遠路はるばるご苦労である。用件を聞きたい」

「はい。私達ハノヒス国は、ウィスタリア王国との盟約を破棄し、ハールメント連邦王国と同盟を結びたいと考えております」

「なに」


ヴァルギスは思わず、頭の中の言葉を口に出します。

内心で味方が増えるのは喜ばしいことですが、一度ならず三度も利敵行為を行った国です。それにハノヒス国は魔族の国と隣接しているため、長年ウィスタリア王国から支援をもらっていて、2国の関係は深かったはずです。体裁上尋ねます。


「貴様らはウィスタリア王国の兵を3度も素通りさせた。妾たちは貴様の通した兵によって1年以上も苦戦させられた。今更口上で何を言っても通るまい。貴様らが妾たちと手を組みたいというのであれば、それに見合った品を出せ」

「はい、そうおっしゃると思っておりました」


使者はそう言って、従者の1人を手招きします。

その台車を引いている従者が前に進み出るので、使者はその台車に乗った箱の蓋を開け、側面を覆う面を3枚取り除きます。


「うっ!」


ヴァルギスは思わず息を呑みます。家臣たちもざわつきます。

その箱に入っていたのは、ライオンのような姿をした神獣ハラスの首でした。


「私たちは同盟を結ぶ意志を示すものとして、ウィスタリア王国最後の忠臣・ハラスを殺しました。確かに私たちは今回の戦争でウィスタリア王国に協力しましたが、その見返りとしてウィスタリア王国の軍は我が国の農民やその財産を次々と略奪し、立ち向かう人は次々と殺していきました。あれでは盗賊と変わりなく、人の道に外れています。私たちハノヒス国の国民や政府はみな、ウィスタリア王国に怒っているのです。ハーメルント王国は300年前から仁政をしき、民に慕われている国とお聞きしました。ハールメント王国と手を組むことこそが私たちの国益に最もかない、そして王都を横から攻められることがなくなるためあなたたちにとってもこの同盟は利益になると考えております。このハラスの首は、私たちがあなたたちの友になりたいという意志の固さでございます。どうかお受け取りください」


ヴァルギスは少しの間片手で頭を抱えた後、返事します。


「これは家臣と相談したい。返事が決まり次第呼ぶので、少し待ってもらえないか」

「はい、分かりました」


使者は頭を下げ、台車とともに大広間を出ていきます。

その後ろ姿を見て、ヴァルギスはつぶやきます。


「‥‥あれが、長年ウィスタリア王国のために尽力してきた忠臣の最後か。妾もハラスは正直尊敬していた。いたたまれない」


ヴァルギスは同盟に反対する家臣も出ると予想していましたが、その後の相談はあっけなく結論が出ました。味方は多いほうがいいですし、ウィスタリア王国から王都ウェンギスまで攻め込むルートは少ないほうがいいですし、それにみな、あのハラスを殺し、ウィスタリア王国と長年続いた関係を切るに至ったハノヒス国の境遇に同情していました。ハノヒス国に隣接する魔族の国にも使者を出し、攻撃をやめるよう要請することまで決まりました。


「‥‥あのハラスの首は、明日受け取り次第塩漬けにして丁重に保管しろ。妾はいずれウィスタリア王国の王都カ・バサを陥落させる。その時にカ・バサの地に埋め、重臣の礼をとって国葬とする」

「分かりました」


宰相ケルベロスが返事します。

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