第184話 ハラスの最期
潰走せず残った兵士たちに対してマシュー将軍の猛攻は続きますが、その日の夕方になるうちには大勢は決していました。
1年間ハールメント王国を苦しめたハラス軍は、ここであっけなく散っていきました。
マシュー将軍は有志を募り、夜間にわたって、カイン軍と戦っていた10万の軍勢を掃討します。カイン軍との挟み撃ちになり、その兵士たちも潰走していきます。翌朝になる頃には、抵抗する兵士はほとんど残っていませんでした。あちこちで小競り合いはまだつづいていますが、大体終わったと思っていいでしょう。
私たち夜襲に参加しない人たちは、ハラスの陣を借りて戦利品の検分も兼ねて寝泊まりしていました。翌朝になると夜襲に参加しなかったほとんどの軍隊は、王都の北・西・南にいる敵の掃討を手伝うことになりました。特に一番人の少ない西側はベテランが配置されており罠が仕掛けられて危険という報告があったので、そこはマシュー将軍が自ら。他のところには将軍たちがそれぞれあてられて対応しました。
私ですか?衛生兵を城内から引っ張ってきて、昨日の戦いで傷つき戦場から逃げられなかった兵士たちを次々と陣の中に運び込み、ヒールの魔法で手当をしてあげていました。
「あなたには持病もありますね、ついてに治してあげます」
「あ、ありがとうございます、敵でありながらここまで親切にしていただいて‥‥!」
どの兵士たちも涙を流しながら私に感謝していました。
負傷兵が運び込まれるには時間がかかったので、私は1人1人順番に見てやりました。昨日も大勢の兵士たちを倒してしまったので、せめてもの償いと思っています。衛生兵たちに優先順位を決めてもらって、よりひどい怪我をした人を優先的に治していきます。トリアージみたいなものです。
衛生兵の中には医術の覚えがある人も多く、その人達には優先度の低い軽傷の兵士たちを治してもらいました。敵味方関係なく、順番に治してあげます。
「やってる、やってる」
肩にカメレオンを乗せたラジカがやって来ます。規則正しく並べられた、仰向けに寝かされている兵士たちの間を通って、ラジカは1人1人の顔を見ます。そこに魔族も人間もありません。
私はそんなラジカに近寄ります。
「ラジカちゃん、よかったら手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、お粥を作って持ってきて欲しいな」
「分かった」
ラジカはいったん私に背を向けますが、すぐに振り向きます。
「アリサ様のおかげで、兵士たちみんな喜んでる」
「えっ?」
「ふふ‥今なら聖女にでもなれるんじゃないの?」
それだけ言って、ぷいっと行ってしまいます。
その後姿を目で追いながら、私は呆然と立ち尽くしていました。
「‥‥はは、聖女はさすがにないよ」
その時、何人かの衛生兵が駆け寄ってきます。
「アリサ将軍、あちらのほうで人間が魔族を怖がって騒いでいます」
「分かりました、案内してください」
やっぱり魔族を怖がる人間も一定数存在していて、そればかりは私の力ではどうにもなりません。貴族の場合はシズカによって洗脳されている可能性もありますが、平民の場合は心の底から怖がっているので、解決は時間に任せるしかありません。人間と魔族はなぜ別々の種族として生まれてしまったのでしょうか。それがなんとももどかしいです。
その後も、私は長城の他の方角にある敵陣も全て潰れて撤退命令が出るまでの数日の間、陣に留まって、傷病兵たちの看護を続けていました。敵の将軍たちに泣いて喜ばれましたが、私にお礼を言われる権利なんてないと思います‥‥。同じ人間として当たり前のことをしているだけです。
そうこうしているうちに魔王城から伝令が来て、私にヴァルギス直筆の書状を渡します。私が以前からヴァルギスやマシュー将軍に相談していた内容です。私は敵の将軍たちを集めて言います。内容はマーブル家の時と同じです。
「あなたたちを捕虜としてではなく、一般の市民として扱います。市民権も与えますし、住居も与えます」
「な‥なんと‥‥」
将軍たちはそれ以上言葉にならない叫び声を上げ、みなが私に土下座します。
「ありがとうございます、ありがとうございます、命を助けてくれただけでなくここまでしていただいて‥‥」
「あ、提案したのは私ですが最終的に決めたのは魔王様ですからね、そこは勘違いしないで‥‥」
「ありがとうございます、アリサ様、聖女様!」
将軍たちが涙を流しながら口々にそう言うので、私はきまりが悪そうに返事します。
「せ、聖女は余計かな‥ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
ハラスは旧クロウ国へ戻って体勢を立て直すべく、その通り道となるハノヒス国を、10人余りの家臣たちと一緒に駆け巡っていました。
途中でハノヒス国の人たちに何度か石を投げつけられます。店に入っても食事を出してくれません。仕方ないので山に入って、木の実を食べるなどしてしのぎます。
「かつてハノヒス国はウィスタリア王国と仲が良く、住民もみなわしには優しかった。一体どうなってしまったのか。シズカさえ、シズカさえいなければ‥‥!」
焚き火をしながら、ハラスはそれを何度もうわ言のようにつぶやいていました。
家臣の1人が声をかけます。
「ハラス様は今、王都に呼び出されています。王都に赴いて言いたいことを言うのが現状の最善策かと」
「ううむ‥わしが死刑になったら元も子もないが、今はそれしか方法がないのう‥‥今となってはな‥‥」
そう言ってハラスは、焚き火を眺めていました。
「いつか‥いつかきっと、ウィスタリア王国を民からも周囲の国からも慕われる強大な国に戻してみせる‥わしはあの国の守り神として、始祖と契約した神獣として、その義務がある!今ここでくじけてはならぬ、ウィスタリア王国は必ずや再起できる。いや、させてみせる!」
その翌朝、ハラスたちは人が寝静まっている時間を選んで山を下ります。
「む‥!」
ハラスは気づきます。
山を降りた後の草原を、大量の兵士が囲んでいます。
兵士たちは包囲の輪を狭めるように、武器を構えながら少しずつハラスへ近づいてきます。これを見たハラスは慌てます。
「こ、この鎧はハノヒス国の兵士ではないか!?お前たち、わしはハノヒス国の同盟国ウィスタリア王国の臣、ハラスであるぞ!槍を収めろ!」
そう兵士たちに呼びかけますが、兵士たちは構えを崩さずハラスへ近づいてきます。
ハノヒス国の将軍が馬に乗って、ハラスたちの前へ現れます。
「お前はハノヒス国の将軍と見た。これは何事か?」
ハラスがすごい剣幕で尋ねますが、将軍は淡々と答えます。
「ハノヒス国は今をもってウィスタリア王国との同盟の解消を決定した」
「な、何だと!?それではハノヒス国が魔族にやられるではないか?本当にいいのか?」
ハノヒス国は小国ながら多数の魔族の国と隣接しており、ウィスタリア王国と同盟を結んでいたのは魔族からの防衛という意味合いもあり、むしろハノヒス国にとって有益な同盟だったのです。それをハノヒス国のほうから破ったというのです。さすがのハラスも、そこまでは読み切れていませんでした。
将軍は淡々と返します。
「はい。我々はハールメント連邦王国と同盟を結ぶことにしました」
「な、なに!?そんな同盟、結べると思っているのか!?」
「あなたの御身体、それが叶わぬならせめて首を取って同盟の手土産にするということを、政府が決定いたしました」
「何だと!?」
「ハラスさん。今ここで我々に投降してください。さもなくば、殺します」
ハラスは怒りで、爪で地面をひっかくと、自分の家臣たちに怒鳴ります。
「血路を開け!!」
そう言って乗馬した将軍に噛みつきます。将軍はそれを槍で払おうとしますがハラスのスピードが一段上で、首を噛まれて倒れてしまいます。別の将軍が兵士に命令します。
「ハラスを殺せ!」
無数の兵士たちがハラスを襲います。
ハラスや家臣たちは次々と兵士を殺し、魔法で追い払います。
しかし敗戦したうえ、ここ数日木の実しか食わずまともな寝床で寝ていないハラスたち一行です。疲労していたため、すぐに力尽きます。
家臣たちが悲鳴をあげながら体を串刺しにされ、次々と絶命します。
ハラスは最後の1人になっても、地面から飛び上がって近寄る兵士を次々と噛み、魔法で光の槍を作るなど善戦しましたが、1人の兵士の投げた槍が背中を貫きます。
「が、がっ!!」
ハラスは吐血してその場にへたり込みます。
それでもなお、生け捕ろうとした兵士たちの脚を噛んで、大きな声を張り上げて吠えます。
しかし弩兵が次々とハラスに向かって矢を射ます。それらが次々と、どすどすとハラスの背中に刺さっていきます。
ハラスは最後の力を振り絞って一歩一歩、ウィスタリア王国のある方向に向かって、足を動かして必死に、胴体を引き擦りながら進んでいきます。
「わしが‥わしがいなくなったら、ウィスタリア王国はどうなる!?こ‥こんなところで、し、死ぬわけには、いかぬ!必ずや‥‥ウィスタリア王国へ戻って‥‥腐敗から建て直しを‥‥‥‥」
追加の矢が次々とハラスの体に射込まれます。
それはもう、ハリネズミのような格好でした。大量の血を流して、ハラスはついに眠るように動かなくなりました。
(何としても‥ウィスタリア王国を‥建て直して‥‥民に慕われる‥国を‥取り戻す‥‥‥‥)
ハラスは最後までウィスタリア王国のことを考えながら死んでいきました。
第6章はこれで終わりです。
次回から第7章に入ります。




