第180話 反撃が始まりました
それからしばらく経った頃、ウィスタリア王国の王都カ・バサでは変な噂が立ちはじめ、それがクァッチ3世の耳にも入りました。
大広間で家臣からその話を聞いたクァッチ3世は声を荒けます。
「な、なに、ハラスが魔族に寝返ろうとしている!?詳しく話せ!」
家臣は淡々と説明を続けます。
「はい。ハラスは敵国の王都を包囲してもう1年です。圧倒的な兵力差がありながらなかなか攻略できずにいるのは、他でもないハラスが敵と内通して手心を加えているからだというのが、現在町で出回っている噂でございます」
「な、なんと、あのじじいが信じられん‥‥そ、そうだ、ハラスを侮辱するものは厳罰に処せ」
さすがのクァッチ3世も、ハラスのことは疑いたくない気持ちがありました。それだけハラスはこの国の大黒柱だったのです。
しかし、隣に座るシズカが言いました。
「王様、お待ち下さい。確かにあれだけの兵力差がありながら1年も戦線を膠着させるとは、いくら何でも不自然です。何らかの内通があったと思ったほうがいいでしょう」
悪魔のシズカにとって神獣のハラスは天敵です。この噂を利用してハラスを始末しようと考えたのです。
例によってシズカに洗脳されていたクァッチ3世はそれをあっさり信じます。
「うむ、そうだな。ハラスをここへ召し出せ」
「ははっ」
その日のうちに、ハラスを王都カ・バサへ召し出す早馬が出されます。
数日後。
幕舎の中でその早馬からの書簡を受け取ったハラスは、神獣の姿をしており手紙を器用に扱えなかったので、家臣にそれを読ませます。
「な、なに、今すぐ王都に戻れだと?確かにわしは王都に戻りたい気持ちでいっぱいだが、敵前にあってなぜ戻れよう?」
家臣たちも意見します。
「今までクロウ国に留まれと散々命令しておきながら、今まさに戦争中なのに王都に戻れという命令をなさるのも不自然です。裏があるのではないでしょうか」
「うむ、そうだな。念のため王都に人をやって調べさせよう。戻るのはそれからでも遅くはあるまい」
こうしてハラスは王都の様子を調べるため、手下をやってその結果を待つことにしました。
それから1週間後。その手下が戻ってきて幕舎の中でハラスに報告します。
「申し上げます。王都では、ハラス様が謀反を企てているという噂が流れています」
「な、なに!?」
ハラスは目を丸くして声を荒けます。
「圧倒的兵力差がありながら戦争が1年も膠着して進まないのは、ハラス様が敵と内通して手心を加えているからだとか」
「そ、それはいけない。わしがそんなことをするはずがない。今すぐ弁明の使者を送れ。わしは戦線から離れることはできない」
すぐに弁明の使者が王都へ向かって馬を走らせます。
ハラスは、ただでさえ早くこの戦争を終わらせて王都の腐敗を正したいと焦っていたところで根も葉もない謀反疑惑をかけられ、苛立っていました。一刻も早くこの戦争を終わらせ王都に戻らないと、ますます忠臣の粛清が進んで今よりさらにひどいことになるでしょう。
◆ ◆ ◆
側防塔の会議室で、ハラスが縛者で慌てている様子をラジカ越しに聞いたマシュー将軍は、ソフィーとお互いを見合わせてうなずきます。
「よし、では次の段階だ。ラジカよ、カインとアリサをここに呼べ」
「はい」
ラジカはその部屋を出ます。
カインとは、ソフィーが魔王ヴァルギスと謁見したときに一緒についてきた植物系の魔族です。初代魔王ウェンギスに使えた伝説の魔法剣士の末裔とされています。髪の毛の代わりに植物のツルのような長い茎葉を生やしています。
カインと私の2人がこの場に呼び出されます。マシュー将軍は言いました。
「カインよ、お前に3万の兵と道案内用の副将を与える。今夜のうちに北の門から出て、敵の糧道を分断しろ」
「かしこまりました」
「それから、アリサ」
「はい」
「お前に8万の兵を与える。これより3日か4日経つ頃には、ハラスが糧道確保のために後方へ兵を差し向けることになるだろう。お前はそのタイミングで敵陣を攻撃しろ。陣まで到達したら、兵糧|(兵士たちの食料)を焼け。ただしハラスが来たらすぐ逃げろ」
「分かりました」
「それから、退却する時に適当な将軍に3000の兵を持たせて、近くの茂みに忍ばせろ。その後は‥‥」
私は指示を受けて、兵たちを確保すべく、ラジカと一緒に会議室を出ます。
◆ ◆ ◆
その日の夜、カインが3万の兵士を引き連れ、北門から出て包囲を突破すべく一心不乱に突き進みます。
カインは得意の魔法の大きな剣を振り上げ、地面へ向かって振り下ろします。途端に大きな地響きとともに地面が割れ、周りにいる兵士たちを次々と吹き飛ばします。
兵士たちの悲鳴とともに、北にあった陣の篝火が次々と倒れ、陣の幕舎に火をつけます。夜襲という形になり、敵兵たちは大慌てで武器を持って構えるものの、カインによる地形を変えるほどの轟音と地割れに次々と飲み込まれていきます。
陣から遠く離れた山までたどり着いたカインは、兵たちに傷ついたものがいないか点検します。将軍の1人が言います。
「さすがカイン・ナハルボでございます。伝説の魔法剣技はお見事でした」
「うむ、父から教わったものでな。初代魔王ウェンギスに仕えたご先祖様の剣法はまだ残っておる。ハラスには敵わないだろうが、それ以外の敵には大体対応できるだろう」
カインはそう言って、馬の背よりも長いその大きな大剣を地面に突き刺します。
「しばし休息をとってから、敵の糧道を塞ぎに向かう。お前たちは振り落とされないよう気をつけろ」
「ははっ」
◆ ◆ ◆
翌朝、北の陣が破られたことがハラスに報告されました。
「なに、北の包囲を突破された?」
「はい。敵軍は城内には戻らず、そのまま何処かへ行ったようです」
「なに!?」
ハラスは苛立っているのか、地面に敷かれている絨毯を掴んでシワを作ります。
「敵軍の位置を割り出せ!それから、北の陣の責任者は更迭せよ!」
「ははっ!」
兵士たちは返事をして、次々と幕舎から出ていきます。
ハラス軍の動きが、にわかに慌ただしくなります。
ハラスはふうっとため息をついて、幕舎から出て周りの様子を眺めます。
そして、幕舎と幕舎の間に小さく見える、王都ウェンギスを囲む長城を眺めます。
「あれさえ‥あれさえなければいいんだがのう‥‥くそっ!」
翌日、カインの軍を探っていた兵士たちが幕舎に戻ってきます。
「ハラス様、申し上げます。敵軍が東側の街道を塞いでいます」
「なに!?糧道を塞がれたということか!?」
「はい」
ハラスは地団駄を踏んで声を苛立てます。
「ただでさえ王都が混乱しているのに、食料の心配までしなくてはいけないのか!」
家臣たちが次々と進言します。
「ここはいったん、糧道を塞ぐ敵軍を引き剥がすのが先決かと」
「城壁を守る敵が討って出ないうちに、早いうちに解決すべきかと思われます」
ハラス軍が毎日のように城壁を攻撃しているので、その間ハールメント王国の兵士たちは一度も城門を開けて討って出てこないのです。それは、後方を固めたいハラス軍にとって好材料でした。
「むむ‥仕方ない。城壁の攻略にある程度の兵を残しつつ、いくらかの兵を後方にやろう。お前、5万の兵を預けるから糧道を綺麗にしろ」
「ははっ」
指名された将軍が翌日、兵士たちを引き連れて、城壁とは逆の方向にあたる東へ向かいます。




