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第178話 魔王を強化しました

その翌朝、私はラジカに肩を支えられながら、ふらふらになりながらも階段を一段一段ゆっくり上って、なんとか城壁の側防塔の会議室へ行きます。

あまり話せない私の代わりに、ラジカが報告します。


「アリサ様が目を覚ましました」

「そうか‥その様子だと、まだ魔法を使うのは無理みたいだ」


マシュー将軍が苦い顔をして返事しますが、ソフィーは私を少しの間じっと観察してから言います。


「いいえ、弱くでもいいので結界を張ってもらいましょう。それでハラスの攻撃は少しでも緩和できるはずです。私たちはそこまで追い詰められているのです」

「ソフィー、正気か‥‥」


マシュー将軍もさすがに良心がとがめるらしくソフィーに声をかけましたが、ソフィーは黙って首を横に振ります。


「私の鑑定のスキルで見てみましたが、そこそこ強い結界を張れるまでには魔力が回復しています。昼頃には破壊されるのがオチですが、少しでも被害を軽減するために作ってもらいましょう。明日はもっと強い結界が張れるよう、急いで回復してもらうのです」

「わ、分かった‥‥」


苦渋の決断でした。

ヒールの魔法は怪我を治すのですが、貧血までは治してくれません。「大丈夫?悪いけど屋上に行こう」とラジカが言うので私はうなずき、苦しいながらもなんとか階段を上って屋上の廊下まで出ます。

そこで私が見たのは、ひどい血痕の跡でした。死体こそなかったものの、壁にも地面にも大量の黒い血がこびりついています。何人かの兵士がそれをモップで掃除しているのが見えます。


「ハラスが直接攻撃してきて、アタシたちは敵兵を1人も上らせないのがやっとだった。多数の犠牲者が出た」


ラジカは私を、階段から少し離れた場所まで移動させてからゆっくり肩からおろし、私の手首を動かして、四つん這いの格好をさせます。魔法を使う時の体勢の1つで、体に負担をかけないものです。


「‥マシュー将軍とソフィーはああ言ってたけど、無理のない程度の強さでいいから」


ラジカはそう言ってくれましたが、私は、それでも全力を出すことにしました。

私のために数え切れないほどの味方の兵士たちが命を落としてしまいました。これ以上の犠牲を出さないためにも、そして私を助け出してくれたヴァルギスに感謝するためにも。

私をみんなが命がけで助け出してくれました。私は1人じゃないのです。そう思うと、自然と体から力が溢れてきます。


「アロヨ・ハン・ルティエ・ニャル・ホゼ・ナ・マンガン‥‥」


みんなへの感謝の気持と、慰霊の念、それが私の心の奥底から溢れ出てきます。

あの死地から私を助け出してくれたヴァルギスに報いるためにも。

私が気を失っていた2日の間にハラスの強力な魔法で殺された味方の兵士を慰めるためにも。

ラジカ、ナトリといった仲間たちに恵まれた自分の境遇に感謝するためにも。

私の周りに、大きく緑白く光る魔法陣が出てきます。


「やめんか!」


その魔法陣に土足で入ってくる人がいたので、私はびっくりして詠唱をやめます。魔法陣も消えていきます。

誰かと思ってゆっくり振り向くと、ヴァルギスでした。

ヴァルギスはしゃがんで、私の背中をなでます。


「体力のない貴様がそんなに大きな魔法を使うと死ぬ。ここは妾が結界を張ってやる」

「で‥でもまおーちゃん、魔族の魔法は神獣に弱いんじゃ‥?」


私が髪の乱れも直せずかすれかすれの声で返事すると、ヴァルギスは「うむ」と言ってうなずきます。


「貴様が使う魔法は結界ではない。妾を強化しろ」

「えっ‥?」

「忘れてると思うが、妾は貴様の使い魔だ。使い魔の能力を引き出す魔法があっただろう。それを使え」


そういえば‥‥魔王城に来てからすっかり意識する機会がなくなり忘れてしまっていましたが、ヴァルギスは私の召喚した使い魔でした。

エスティク魔法学校で使い魔を強化する授業がありましたが、あれに私は参加させてもらえませんでした。ヴァルギス‥‥強化すると一体どれだけ強くなるのでしょうか。でも。


「‥私、まだ完全には治ってなくて‥‥」

「それでもよい。強化してくれると貴様の魔力が妾の魔法に混ざる。純粋な魔族の魔法でなくなるだけでも十分ハラスには対抗できる」

「‥分かった‥‥じゃあ、そこに立って‥」

「うむ」


四つん這いになっている私の目の前に立ったヴァルギス。私はそれを見上げて、それからまたうつむきます。自分の頬が自然と緩んでいるのが分かります。

実はヴァルギスと話ができたのは1ヶ月ぶりなんです。多忙の中で私と会う、私だけを特別扱いするようなことがあれば、変な噂が立つのです。そういうわけでヴァルギスはこの1ヶ月間、私、メイ、ラジカ、ナトリと個人的に会うことは避けていたのです。私たちも任務上の理由で城門近くの広場の幕舎で寝泊まりしていてなかなか魔王城に帰れなかったのですけど。

それに、私はこうしてヴァルギスに魔法をかけてあげるのは初めてなのです。うまくできるかわからないけど、でも私の魔法が優しくヴァルギスを包んであげるからね。待っててね、ヴァルギス。

気を取り直して、呪文を唱え始めます。


「ギニア・ハール・ウヒ・ダーヌ・ヌム・ムニェンダール・ハフニュルズ・オペ・ド・ウィルム・ノヴァン・ヒ・イルガンド」


なんででしょう。ヴァルギスに魔法をかけると分かると、体の奥底から自然と力が湧いてきます。

私はヴァルギスのことが好き。守ってあげたい。少しでも力になりたい。そんな思いが、私に力を与えてくれます。


「ストレグゼン!」


茶色の魔法陣からぶわああっと風が起こります。

自分が弱っているのも忘れてしまいそうなくらいに、その風は、その魔力は力強く、きらきらと金色の光に変化して、私とヴァルギスを暖かく包みます。

やがてその光が収まる頃、ヴァルギスの体は薄白く光っていました。


「‥‥これが、アリサの‥貴様の力か。暖かく優しくて、力強さを感じる。弱っていてこれか、貴様は底が知れない」


ヴァルギスは10秒ほどの間、自分の体から沸き起こる私の魔力を感じて感慨にふけっていましたが、私がぜえぜえと荒い息をついてラジカに背中を撫でられ介抱されているのに気づくと、くるっと体の向きを変えます。

そして、放ちます。


「アロヨ・ハン・ルティエ・ニャル・ホゼ・ナ・マンガン・ナ・ダールズ・ウィ・ヨルペルベイア」


太極図のように白と黒が混じった魔法陣が現れ、宝石のように光ります。

呪文を詠唱しながらも魔法陣の模様が少しずつ変化します。城が動いて、それに反応するように黒も動いて。でもお互いは決して混ざって灰色になったりしない、ずっときれいで純粋な白と黒。


「ガード」


ヴァルギスの結界が大きく、この王都ウェンギスを取り囲む長城全体を包みます。

それは日光をかすかに反射して、赤く、青く、緑に、黄色に、虹色に輝きます。

ヴァルギスは自分でも驚きます。こんなに綺麗に輝くほど強く硬い結界は、今まで見たことがありません。

これがアリサとヴァルギスの力を組み合わせた結果でしょうか。

アリサとヴァルギスがひとつになったら、一体どこまで進化するのでしょうか。

ヴァルギスは思わず「ふふっ」と笑ってしまいます。


「‥‥うむ、これで今日一日はしのげるはずだ」


そう言ってヴァルギスは、後ろを振り向きます。ちょうど、近くの兵士が私を背負ってラジカに案内してもらっているところでした。

兵士の背中に乗っている私は、かすれかすれの息で、限界を超えて運動した後のように心拍数が異常に上がっていて、意識を保っているのがやっとでした。ヴァルギスは何か言いかけましたが、私の様子を見て「‥‥うむ」とうなずき、また城壁の外側を振り向きます。

昨日と同じように、ハラスの軍が陣を出て、こちらへ移動を始めているところでした。


「‥アリサ、ありがとう。これで今日は多くの兵が救われる」


ヴァルギスは背中を向けているので気づかないかも知れませんが、それでも私は震える手を持ち上げて、小さく親指を立ててサムズアップします。

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