第175話 ハラスの罠を防ぎました
その3日後。なかなか動かない戦局に業を煮やしたハラスは、ついに魔法を使い始めました。
大きな炎の槍を空中にいくつも作って、城壁の上にいる兵士たちを襲い始めます。ハラスの魔法だけあって、屋上に配置していた魔術師の結界でも防げません。火だるまになってもがき苦しむ兵士たち、次々と城壁を登る敵兵たちを見て、マシュー将軍はやむを得ず私を呼び出して、城壁の上に出しました。
私はハラスの魔法を、結界を作って防ぎます。結界のサイズですか?王都ウェンギスの長城を包む程度の大きさです。地球の4分の1に比べたら大したことはありません。
ハラスは次々と、氷、風、火の魔法を繰り出して私の結界を破ろうと襲いかかるのですが、私の結界に正面から対抗できるのはこの世でヴァルギスたった1人だけということを兵士たちに分からせる結果に終わりました。ハラスは力尽きたのか、その日の攻撃はそれで終わりました。
陣の幕舎で、ハラスは家臣たちの前でうなだれます。
「ううむ、1ヶ月経っても城壁すら破れないとは‥‥。一日も早くここを平定して王都に戻り、シズカや佞臣ともを殺し、早くウィスタリア王国を平常な状態に戻さねばならぬというのに‥‥」
それを家臣の1人が慰めます。
「ハラス様、落ち着いてください。無闇な攻撃は、敵に弱点を晒すだけです。それよりも、敵の弱点をついた攻撃をするのはいかがでしょうか?」
「‥弱点とは?」
「神聖魔法を使うのです」
ハラスは少し考えて「うむ」とうなずきます。
「しかし、仮に神聖魔法であの強力な結界を破ったとしても、敵将にはテスペルクがいる。テスペルクは人間であり、神聖魔法によって有利に戦うことはできないだろう」
「それでございますが、私も独自に敵中に斥候を放って調べました。アリサは確かに強いですが戦い方をあまり知らず、実際は魔力の差によるゴリ押しが多いと聞きました。結界を張らせないようにすればいいのです。結界を張る前に工作すれば、こちらにも勝機があるでしょう」
「なに、てかした!して、その方法とは‥?」
ハラスは家臣たちと夜遅くまで相談します。
翌朝、ベルファヴェスという将軍が呼び出されます。この人は動物に変身する魔法を得意とします。ハラスの命令を受け、鳥の姿になって長城の中に潜り込みます。
ハラスは前の日と同じように軍を引き連れ、そしてライオンのような姿のまま呪文を唱え始めます。ハラスの周りに大きな白く黄色い魔法陣が現れます。神聖魔法です。
城壁の兵士たちはその詠唱を阻止しようと矢を射ますが、すべて魔法陣を取り囲んで自動的にできる結界に跳ね返されて、地面に落ちていきます。
前の日にいろいろあったから念の為にと私は城壁の上で待機するよう指示されていましたが、敵の様子を見たマシュー将軍から命令されます。
「アリサ、また昨日と同じように結界を張ってくれ」
「分かりました」
私はそう言って、結界を張るために腕を伸ばします。
‥と、私の頭の上に一羽のスズメが止まります。
「あっ、スズメさん、私は忙しいからちょっと向こう行っててね」
私がそう言って優しくスズメの足をなでますが、スズメはばたばたと羽をゆすり動かしたかと思うと、いつの間にか消えていました。代わりに、私の背後に1人の武士が立っているのに気づきます。
その男は私が「あっ」と言いかけるより前に持っていた布で手際よく私の目を縛り、素早く持っていたナイフを私の首に押し当てます。
「俺はウィスタリア王国の将軍、ベルファヴェス・ルン・ハーネムという。俺にひとたびでも手を出してみろ、この少女の首が吹っ飛ぶ!」
「え、ええっ!?」
周りにいる兵士たちが、私から距離を取ります。私も焦ってしまいますが、目が見えなくては敵の位置も分からず、魔法が使いづらいです。しかも結界すら使えない至近距離です。
「不意打ちとは卑怯である!」
「ははは、なんとても言うがいいさ」
マシュー将軍が叫びますが、ベルファヴェスは笑ってあしらいます。そしてベルファヴェスは、私が「い、いやああっ」と言うところを問答無用で小刀で首を切断します。
ベルファヴェスは私の髪の毛を掴み、目隠しの布をはたけさせて落とし、首を高く掲げて叫びます。
「このアリサ・ハン・テスペルクの首は、ベルファヴェス・ルン・ハーネムが討ち取った!!!」
その声はハラスにも届いたようで、兵士たちが奮い立ちます。
ちょうどこのタイミングでハラスの神聖魔法が完成したようで、大きな光の槍が無数に現れます。
槍が次々と城壁の屋上にいる兵士たちに、音速を超えた轟音を出しながら向かってきます。
それを全て結界で防いだ人がいました。私です。
音速の槍は結界にぶち当たり、ことごとく割れ、光となって消えていきます。あとに残ったのは耳が割れそうなばかりの大きな音と地響きだけでした。兵士の中に死者はいなかったようですね。
私の首を高く掲げて笑っていたベルファヴェスは、目の前にもう1人の私が立っているのを見て、その後ろ姿に呆然とします。慌てて自分の持つ首を何度も確認し、目の前に立っている少女を何度も交互に確認します。
と、前に立っているほうの少女が、ゆっくり振り返ってきます。間違いなくベルファヴェスが殺したはずの私本人の顔でした。
「な、なに、アリサが2人!?」
ベルファヴェスは恐怖で腕をがたがた揺らし、その振動で髪の毛の抜けた私の首はその手を離れ、地面に落ちる‥‥前にふわっと白い光となって散っていきます。
「‥‥君、してやられたな」
私の近くに青い装束をつけて、布で口を覆い隠した男が腕を組んで、ベルファヴェスを睨みながら立っています。
「な、なっ、お前は誰だ!?」
「俺はウヒル・デン・ダダガドという。ハールメント王国の将軍だ」
「ええっ、ウヒルさん、いたんですか!?」
私は思わず声を出して、のけぞってしまいます。ウヒルは私を振り向いて言います。
「ああ、久しぶりだな」
「あ、あ、はい、久しぶりですね‥‥」
私はこのウヒルという人に一度殺されかけたことがあるので(第5章参照)、本能で距離を取ってしまいます。ウヒルは私を安心させたいのか、微かな笑い声で言います。
「俺は君と同じハールメント王国の将軍だ、ここで君を殺す真似はしない」
「い、いつの間に将軍になっていたんですか‥‥」
ウヒルはヴァルギスに仕官の挨拶のために謁見したことがありましたが、その場に私はいませんでした。私はウヒルがハールメント王国に仕えていたことを知らなかったのです。
「あの試合の後、魔王様に登用されたのさ。まあ、それはそれとして」
それからウヒルはまたベルファヴェスのほうを振り向きます。
「君は、俺がアリサにやられたのと同じ方法でやられた」
「な、なっ、どういうことだ!?」
慌てるベルファヴェスを見て、私ははっと思い出して言います。
「そろそろ約束の時間ですね、ごめんなさい、兵士さんたち、呪文を唱えるので場所空けてもらえませんか?」
そう言って兵士たちをどかして、私は長い呪文を唱え始めます。
それを認めたウヒルは、ふふっと笑います。
「アリサは、過去の自分に対して魔法を使うことができる。正確に言うと、時空を操作できるのさ。今詠唱している呪文は、ちょっと前に君に捕まった過去のアリサに向けている」
「な‥なに!?」
ベルファヴェスは疑心暗鬼になって怒鳴りますが、ウヒルは私の呪文の詠唱を背景に、淡々と説明します。
何が起こったのかを知ってベルファヴェスは愕然と肩を落として、地面にひざをあて、手をつきます。
「そ、そんなでたらめな魔法が使えるなんて‥‥これでは無敵ではないか!?」
「まあな。アリサは隙だらけだが、後でいくらでも挽回できるのさ。次があれば」
ベルファヴェスは「くそっ!」と何度も地面を叩いているところを兵士たちに捕縛され、捕虜となり牢屋へ連れて行かれます。




