第174話 ハラスとの戦いが始まりました
数日後の夕方。ハラス率いる60万の軍は、長城の手前に辿り着きます。
「包囲しろ」
ハラスの命令とともに兵士やそれを率いる将軍たちは手はず通りに左右へ分かれます。3日経つころには、王都ウェンギスの東だけでなく、北、南、西の街道を塞ぎ、外部と連絡を取れなくなりました。
もちろんこれはマシュー将軍、ソフィーの想定の範囲内でした。60万だけの大軍であれば、包囲も容易にできるでしょう。ハラス軍にカメレオンを放っているラジカもあわせて、3人で側防塔の会議室で話し合います。
ラジカの話を聞いたマシュー将軍が、テーブルの上に広げられた地図を指差しながら総括します。
「見立て通り、最も兵が多いのは東側だ。ハラスもここにいる。糧道も東から伸びている。そして2番目に多いのが南側だ。ソフィーの予想通りだったな、アリサに補強してもらって正解だった。一番少ないのは西側か‥‥突破するならここだな」
「いえ、西側の兵士が少ないのは罠です。西に配置された将軍は老練です。いざという時に私達がここを狙う前提で、罠を大量に仕掛けているでしょう」
ソフィーが王都ウェンギスの西を指差しながら補足します。
「どうする、こちらは打って出るべきか」
「敵もはじめの数日は小手先調べ程度でしょう。本格的に攻めてくるのは来週からと思われます。敵にはハラスがいて大変危険です。今すぐ迎撃するならば、ハラスを動かさないために、こちらも魔王様やアリサを使わず軽く競り合うだけに留めましょう」
「むむ、そうしよう」
側防塔の会議室を出たマシュー将軍たちは、次に敵の様子を見るために、城壁の屋上の廊下へ出ます。ここからは、遠くに布陣されている敵陣の様子がはっきり見えます。
「うん?」
一匹のライオンのような生き物が、大勢の兵隊を連れてこちらへ向かってくるのが見えます。ハラスはウィスタリア王国の守り神であり、神獣であることを、マシュー将軍含め誰もが知っています。きっとあれがハラスでしょう。
「どうします、射ますか?」
兵士が尋ねますが、マシュー将軍は首を振ります。
「敵も備えはしているはずだ。むしろ最初からいきなりハラス自ら来るということは、ハラスに対抗できる人をここに置いていない我々のほうが危険だ。今すぐアリサ、魔王様を呼べ」
「はい」
その兵士は武器を置いて、走って城壁を下ります。
私たち他の将軍は、城門近くの大きな広場に幕舎を構えて、そこで待機していました。城門近くは日光が入らないので農作や住居には不向きなので、こうして大きな広場が作られ、兵たちがたむろする場所になっているのです。ちなみに魔王は城で文官と一緒に仕事しています。
私は兵士に呼ばれて、城壁に上ります。魔王も少し遅れて上ってきます。ハラスたちはすでに、城壁の近くまで来ていました。
ハラスは一匹、前へ進み出て叫びます。
「わしはウィスタリア王国のハラスである。魔王はいるか?魔王は我々ウィスタリア王国に臣従を誓っておきながら、我々の言うことを聞かず土地を明け渡さなかったのみならず、我々が派遣した軍を打ち破り将軍を殺した。あまつさえ、和平のために派遣した使者すら殺した。このような蛮行は断じて許されるべきものではない。我々は60万の兵を引き連れている。降伏するなら今しかない。魔王は仁政をしいているというが、ここは一刻も早く降伏して無辜な民たちを私利私欲のための争いに巻き込まないことこそが仁政ではないのか!?」
拡声器でも使っているかのような大きな声です。拡声の魔法を使っているのでしょう。
それを城壁の上で聞き含んでいたヴァルギスは、前を守っている兵士たちをかき分け、最前面に進み出てこちらもまた拡声魔法を使って叫びます。
「妾はハールメント連邦王国の魔王、ヴァルギス・ハールメントである。貴様、ハラスといったか?ウィスタリア王国随一の賢臣であり守り神と聞き及んでいたが、この惨憺なる状況は何か?貴様の国は王が残虐無道な行いを繰り返し、諌める家臣すらも次々と殺した。のみならず、多くの民を傷つけ大量の死者や亡命者を出した。平和を害し、人命を軽んじているのはそちらではないのか?ウィスタリア王国の将兵よ、よく聞け。貴様らの王の暴虐のために命を捨てるか、妾のもとへ下るか選ぶのは今しかない。今下れば、手厚い保護と安寧した生活を約束しよう」
「ぬうう、言わせておけば!」
ヴァルギスの返答を聞いたハラスは激怒します。将兵たちのところへ戻ると、命令します。
「攻めかかれ!」
ウィスタリア王国の兵士たちははしごを立て掛け、我先にと掛け声を出しながら上り始めます。それを援護するように後方から大量の矢が射られます。それに対し城壁の兵士たちも矢を射て、油を落として火をつけ、敵兵を退けます。
大量の矢による応酬が始まり、続きます。
ハラスが積極的に指示を出し猛攻する一方で、マシュー将軍は次々と的確な指示を出し、敵兵を寄せ付けません。夕方になってハラスが兵を退かせる頃には、両軍に大量の死傷者が出ました。大量の兵士が城門近くの広場に並べられ、それを私率いる衛生兵がヒールの魔法で治していきます。
その翌日も、翌々日も、城壁近くで激しい競り合いが続きます。呼応するように南や北を包囲する兵たちも城壁を攻撃してきます。そこはマシュー将軍やソフィーがうまく対応し、敵を1人たりとも城壁の頂上まで登らせません。
膠着状態が長く続きました。
ある夜に、側防塔の会議室で、マシュー将軍はラジカの話を聞きながら、ソフィーに話します。
「ハラスが魔法で仕掛けてくるなら、そろそろだな」
「はい、そろそろですね」
ソフィーもそう返事します。
戦いは長期戦にもつれ込みました。そろそろ1ヶ月です。その間、私はヴァルギスと一回も会うことができず、兵士たちの治療に忙殺されました。ちなみに西の城壁近くにいる私に対してヴァルギスは、ハラスが回り込んできた場合に備えて、南の城壁近くで待機しています。
「はぁ‥‥」
ナトリ、ラジカと囲む幕舎内の食卓で、私は顔をぺったりテーブルにくっつけて、ため息をつきます。
「どうしたの?」
ラジカが、答えは分かりきっているとでも言いたげに無愛想に尋ねてから、パンを口に入れて私の答えを待ちます。
私はテーブルに頭をくりくりさせながら返事します。
「まおーちゃんと、ずっと会ってないんだよ―。寂しいよ、寂しいよ、寂しいよー!戦争なんて大嫌い!いっぱい人が死んでいくし、私の魔法でも守りきれなかった人がたくさんいるし‥‥」
「何か食べて落ち着け」
私の隣りに座っているナトリが、そう言って私の頭をなでます。
「‥‥分かったよ、食べるよ」
少しすねたように身を起こして、「いただきます」と言って食事を始めます。
「それにしても、こんな長期戦になるとは思わなかったな。しかも包囲されるなんて。私たちの食事は大丈夫なのかな」
私がぼそりと言います。確かにベリア軍との戦いは数日で終わりましたし、マーブル家との戦いも3週間で終わりました。1ヶ月も続く戦争は初めてですし、ここまできてなおハラスや重要な将軍を1人も仕留められていないのです。
ラジカは否定します。
「大丈夫。魔王城の食料庫を開放しているし、長城の内部には大量の畑があるし、アタシたち2〜3年は持つんじゃない」
「2年以上戦争するとでも言いたげな口ぶりだな」
そう言って、ナトリは干し肉をかじります。




