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第173話 魔王の仕事中に押しかけました

私はその日の夕食を休んだヴァルギスの部屋に押しかけることにしました。

ドアのノックの叩き方で私と分かったらしく、ヴァルギスは「今日は忙しいぞ」と部屋の中から返事しました。でも私は「分かってる」と言って、ゆっくりドアを開けます。

ヴァルギスは机の上に書類を並べて、何やら作業をしているようでした。


「妾は忙しいから今は話せないぞ」


そう言いつつ、書類を書き進めています。


「それでもいい」


私はそう言って、ドアを閉めてふわーっと浮き上がると、ヴァルギスのベッドの端に座ります。

ヴァルギスはやはり忙しいのか、私を無視して書類に目を通しています。私はヴァルギスに聞きたいことがたくさんありました。でも大きな机でせっせと事務処理をしているヴァルギスを見ていて、私はあることに気づきます。

ちょうど都合よくベッドの頭を置くところの後ろにある高級な木の枠に、ひざかけのような小さい毛布がかかっていましたので、私はそれを持ってふわーっとヴァルギスの後ろへ移動します。そして、ヴァルギスの肩に、それをかけてあげます。


「‥!」


ヴァルギスは作業の手を止めます。私は優しく言ってあげます。


「寒そうな格好だったからかけてみたよ」


この時のヴァルギスは、半袖の下に黒いタイツを着ているのみでした。おそらく暖かい昼からずっとここで作業し続けていたのでしょうか。ハールメント王国は比較的北に位置する国なので、夜は冷えます。

ヴァルギスはふーっと一息つきます。


「‥ありがとう。昼からずっと仕事していたな。少し休憩する」

「あ、それなら私がコーヒー入れてこようか?」

「それくらいメイドに‥‥‥‥いや、アリサに入れられるなら頼もう」


頼まれました。私は部屋の端まで移動して、その棚の上に置かれていたポットを開けて、中に入っている水を魔法で温めます。コーヒー豆を濾過して、手際よくコーヒーを入れてからヴァルギスのところへ持っていきます。机の上に皿を置くと、ヴァルギスは「ありがとう」と言ってカップを手にとって飲みます。


「‥‥うむ、うまいな。コーヒーを淹れるのがうまい貴族というのも珍しいな」

「いえいえー、なんだかファンタジーっぽかったから前世で、じゃない、ずっと前に勉強してきたんだよ」

「そうか」


正直、川越とか中世ヨーロッパとかいう響きだけでなんか剣と魔法のファンタジーを連想しちゃう前世の日本の文化ってずるくありません?それでコーヒーの作り方もちゃっかり勉強してしまったのです。

ヴァルギスはコーヒーカップを机の上に置くと、「‥さて、妾は仕事を再開するが、アリサはどうする?」と言ってきます。え、コーヒー一杯飲んだだけなのにもう再開ですか。どれだけ仕事が溜まっているんでしょう。


「‥私、ベッドに座ってヴァルギスの仕事をずっと眺めてるよ」

「アリサは退屈ではないのか?」


そう言いつつ、ヴァルギスはもう、少し離れたところにある書類を手元へ引き寄せ始めます。


「これから戦争でまたヴァルギスと会いたい時に会えないのが寂しい。見守るくらいさせて。ヴァルギスも部屋に1人だけだと寂しいでしょ?」


ヴァルギスの肩を、毛布越しになでてあげます。

私に撫でられて体を大袈裟に揺らしながら、ヴァルギスはうなずきます。


「アリサの気の済むまでやってくれ。‥‥その、なんだ、妾は嬉しい」


そう言って申し訳無さそうに私から顔を背けて、書類にサインを書き始めます。

私は最後にヴァルギスの頭を軽くひとなでしてから、ふわっと浮いてベッドの端へ移動して座ります。

そうして、書類に集中しているヴァルギスの姿をずっと眺めていました。


◆ ◆ ◆


それから何時間がたったのでしょうか。

ヴァルギスは仕事を終えて、くーっと両腕を伸ばします。

これから使用人を呼んで食事を用意してもらいます。その前に「あっ」とヴァルギスは声を出して、ベッドを見ます。


「‥‥莫迦め」


ヴァルギスはベッドの方へ歩いてきます。ヴァルギスをずっと眺めていた私は、ベッドに座ったまま横に倒れ込んだ状態になっていて、すっかり寝てしまっていました。

ヴァルギスはしゃがんで、私の頬をなでます。


「アリサのおかげで仕事が捗った。ありがとう」


そうして、ゆっくり顔を近づけます。

くうすう寝ている私の口を、ヴァルギスは自分の口で塞ぎます。

2人の鼻息で、熱が混じり合います。


「‥‥ふ‥む?」


唇に押し付けられる、ぷにっとしてて弾力があって温かい感触で、私は目を少し見開きます。

唇の奇妙で優しくふわふわするような感触――ヴァルギスの髪の毛を真近に見てその感触の正体に気付いた私は「んぐぐっ!?」と思わず声を漏らしてしまいます。

ヴァルギスは私の唇から自分のそれを離して、また頬をなでてきます。


「起きてしまったか、すまんな」

「‥ヴァルギス」


私は幸せな気持ちになっていました。全身をヴァルギスに抱かれたかのような温かい感覚が、血液に乗り、体を循環します。


「どうだ、アリサも妾にキスするか?」


ヴァルギスが尋ねると、私は「うん‥」と言いかけた後、思い出して慌てて首をぶんぶん振ります。


「私からキスしたら、その‥あの‥」


私は身を起こしながら、しどろもどろに返事します。


「うむ。アリサのほうからキスしてきた瞬間、妾はアリサをめちゃくちゃにするぞ。妾なしでは生きていけない体にしてやる。魔族は血の気が多いからな」


過激なことを言いながらも、ヴァルギスは私のすぐ隣に座って、それから自分の頭を私の肩に預けます。


「‥嬉しかった」

「えっ?」

「アリサがそばにいてくれるだけで、嬉しかった」

「えへへ、それはよかったな」


私は笑って、ヴァルギスの頭をなでます。それが心地よかったらしく、ヴァルギスは目を閉じます。


「‥ねえ、ヴァルギス」

「どうした?」

「私たちはウィスタリア王国を滅ぼしてこの世界を平和にするために戦ってるんでしょ?でも、ハラスも同じように、ウィスタリア王国を建て直して平和を取り戻すために戦っているって聞いたよ。やり方は違うけど、目的は一緒だよ。どっちが正しいのかな」

「‥‥うむ」


ヴァルギスは何度か呼吸します。その横顔はどこか淋しげで。


「自分で考えろ」

「えっ?」

「妾たちにとってウィスタリア王国が悪者であるのと同じように、ウィスタリア王国にとっても妾たちは悪者なのだ。人は誰かの味方であるのと同時に、誰かの悪者でもある。戦争とはそういうものだ。いちいち気にしていては間が持てない。自分なりの割り切り方を見つけろ」

「‥分かった。それと、ハラスって強いのかな?」


その2つ目の質問にヴァルギスは少し間をおいて答えます。


「‥‥おそらくアリサが苦戦するほどには強い。奴は熟練した将軍だ、アリサより魔力は低くても、技術では上回るだろう」

「技術、か‥‥」


私は体の向きを変えてヴァルギスを抱きしめます。


「ヴァルギス、お願いがあるんだけど」

「何だ?」

「私が死んだら、私の骨をヴァルギスの身にずっとつけていてほしいな。ネックレスとかにして」

「分かった、そうしよう。それに妾も同じ気分だ。妾も、死んでもずっとアリサと一緒にいたい。遺書は後で書いておこう」


そう言ってヴァルギスは顔を上げます。控えめな笑顔で、私と目を合わせます。何より顔が至近距離にあって、少し話しただけで吐息が顔にかかりそうです。

それにも構わず、ヴァルギスは続けます。


「アリサ。アリサは必ずハラスに勝つ。自信を持て」

「分かった」


私はヴァルギスの吐息をしっかり受け止めながら、にこっとうなずきます。

その日はヴァルギスと一緒に風呂に入ったあと、ヴァルギスの食事に同席して自分は軽くお茶を飲みながら雑談して、そのあとは自分の部屋に戻って寝ました。

ヴァルギスとこういうふうに夜を過ごしたのは初めてかも知れないです。久しぶりにたくさん話しこんでしまいました。私が部屋に戻ったときにはすでに日付が変わっていて、部屋は真っ暗で、メイ、ナトリ、ラジカたちはもうすっかり寝てしまっていました。私は空中にふわっと浮き上がって、身の周りに暖かい空気を循環させて眠りにつきます。


ハラスとの戦いは不安もありましたが、ヴァルギスと一緒であれば乗り越えられる。そんな予感がしました。

いいえ、絶対に勝たなければいけません。ずっとヴァルギスと一緒にいるために。

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