第171話 ハラスが出陣しました
旧クロウ国の王城で、玉座に座るハラスに届けられる王都カ・バサからの使者は、いつも同じことを言っていました。
「一日も早くハールメント王国を除けというご命令でございます」
ハールメント王国討伐の催促です。これで何度目でしょうか。クァッチ3世は酒池肉林を極めながらもハールメント王国のことは一応気にかけているようで、このように繰り返し使者を出してくるのです。
一方でハラスはクァッチ3世に、乱暴な行いを諌める使者を何度も出していますが、一向に返事がありません。一日も早くクロウ国を離れ、王都カ・バサに戻る許可を出して欲しい、そうすることでハラスは王様の暴行を直接止めることができる、クァッチ3世の暴政によって政治は腐敗し多くの民が苦しんでいる、一刻も早くこれを止めなければいけない。ウィスタリア王国最初の王・始祖と契約した神獣として、この国を立ち直らせなければいけない。正直、ハラスは焦っていました。
「軍備をしっかり整えるためにも、王都カ・バサへ帰還したいのだが、その許可はもらえないか?」
「旧クロウ国周辺の治安を安定させ、ハールメント王国を討伐するまで、それはできないとのことでございます」
使者は即答でした。ハラスはこれまでにも何度か使者に同じ質問をしたことがあったので、クァッチ3世はあらかじめ使者に仕込んでいたのでしょう。
正確にはハラスが王都カ・バサへ戻ると都合が悪くなるシズカやハラギヌス、ウヤシルの策略でした。ハラスも王都カ・バサにいる腹心の部下がちょくちょく連絡をよこしてくれるのでそのことには薄々気付いていましたが、離れた地にいる自分にはどうすることもできないとも感じていました。
使者が大広間を出ると、ハラスは恨みのこもった声で言いました。
「一刻も早く王都に戻り、シズカやハラギヌス、ウヤシルをわしの目の前で確実に殺してもらわねばならぬ。それがこのウィスタリア王国を立て直す一番の方法だ。しかしわしの部下によれば、シズカは人を洗脳することができるという。わし自ら戻らなければならぬだろう‥‥」
「お気持ち、お察しいたします」
家臣が慰めてくれます。家臣たちも今のウィスタリア王国をどうにかしなければならないと考えていました。王都カ・バサにいる知り合いと何度も連絡をとって、ハラスの言う通りシズカを殺すのが最適の方法だということは、誰もが結論づけていました。
「しかし、目の前にある脅威を除かねばならぬことも確かだ。我々はすでにハールメント王国を2度攻めた。かの国をここで仕留めないと、今度は相手から攻めてくるだろう。それはわしが止める」
ハラスはそう固く決心します。
その時、ハラスがハールメント王国に放っていた斥候が戻ってきます。
「ただいま、王都ウェンギスから帰還いたしました」
「ご苦労である。早速情報を聞かせてもらいたいのだが‥‥」
「ははっ」
斥候から様々な情報がもたらされます。
王都ウェンギスを囲む長城の構造、敵の主な武将、人口、人種分布、経済状況、外交など。
「‥ふむ。やはりといえばやはりだが、大将軍はハギジュ(マシューの苗字)なのだな」
「はい。そして、参謀はソフィー・ノデールとのことです」
「何だと!?初代魔王ウェンギスの参謀として活躍したという伝説があるあのノデール家で間違いないのか!?」
「そのようです」
「むむ‥だがその末裔であれば大した能力はないやもしれぬ‥‥」
ハラスはそう言って考え込みます。斥候はさらに続けます。
「敵将の中には、カイン・ナハルボ‥‥」
「ナハルボ‥!」
伝説の魔法剣士を輩出したナハルボ家の名前が出てハラスは大声で反応します。
それにびくつきながらも、斥候は淡々と、名だたる将軍の名前を読み上げます。ルナなどの名前もこの中にあります。一通り読み上げた後、斥候は最後にこの名前を読み上げます。
「最後に、アリサ・ハン・テスペルク将軍。以上が、私が把握できた情報です」
「テスペルクか‥王様が指名手配し、送還を申し出る使者を送り込ませたあの人だな。魔王と同じ力を持っているだとか‥‥」
「はい、その人で相違ございません」
「ノデール家、ナハルボ家という伝説の名家を従えただけでなく、ハギジュを加え、テスペルクまでも部下に組み込んだ‥魔王は過去最強かもしれぬ」
ハラスは玉座の肘掛けをぎゅっと握ります。
「‥‥敵の兵力は?」
「30万ほどでございます」
「確かに30万なのだな?なら、60万の兵力があれば落とせるだろう」
その後もハラスは、敵兵の構成やマーブル家との戦争の様子など、詳細を斥候から聞いてきます。
最後に、町の様子の話になりました。
「町はどうだ?市場は賑わっているか?魔王の失政だとか、不信を持つ人はないか?」
「はい。どこの誰に聞いても魔王を称賛してばかりで、特に仁政が讃えられています。誰もがお互いに譲り合い、お互いに気を遣いあい、道に落ちているものを拾う人もいません。山賊や一切の賊、泥棒の類は見かけませんし、話も聞きませんでした。少々人間に偏見を持つ人もいるにはいましたが、治安は、憲兵が仕事する必要もほぼないくらいに良好でございました」
「なんと‥‥」
それを聞いたハラスは、かっくりうなだれます。
「‥‥仁政が施され賊がいない、民がお互いに譲り合う‥‥かつてのウィスタリア王国もそうであった。ウィスタリア王国が目指すべき理想郷を、あの国はすでに獲得してしまったというのか?我々は、あの国の民衆を戦火に巻き込めというのか?」
見かねた家臣が声をかけます。
「ハラス様、お気を確かにしてください。今、我々の役目は、ウィスタリア王国を魔王から守ることでございます。まずは魔王を倒しましょう。その後に王様を説得し、ウィスタリア王国で仁政をしけばいいのです」
「その通りです。今やるべきことを見誤ってはいけません」
家臣たちから声はかけられるのですが、ハラスは自分の中で自問自答を繰り返します。
「‥‥うむ‥大切なものは民衆の笑顔であるが、それが我が国を害する方向に向いてはならぬ‥‥うむ‥‥当初の予定は変わらぬ。出撃だ」
数日かけて60万の軍隊が編成されます。
ハラスの弟子たちが次々と馬に乗り、将軍として部隊を率います。軍隊は行進曲にのせられて、前陣・中陣・後陣に分かれて、旧クロウ国王都を出発し、ハールメント王国を攻めるべく、その通り道となるハノヒス国を目指します。
軍隊はハノヒス国に入りました。しかし道を歩く軍隊を見る村人たちの目は、冷ややかでした。軍隊を取り囲むように、みな武器を持って睨んだり、遠巻きに警戒したりしています。殺意すら覚えます。
「‥‥うん?」
神獣であるライオンのような姿になって兵士とともに行進しているハラスは、村人たちから漂う異様な雰囲気に気づきました。そこで1人の兵士に命令します。
「これ、村人が我々のことをどう思っているか聞いてまいれ」
「はい」
そうして兵士が村人の1人に近づいて話しかけたとたん、その兵士は村人に鍬で肩を叩き割られて殺されます。
「あ、ああっ!?」
ハラスの周りの兵士たちが騒ぎ出します。
「これ、静かにせんか。誰か将軍を呼べ」
ハラスは軍を止めて、何人かの将軍を呼び出してその場で対応を協議します。
「ここはハノヒス国でありウィスタリア王国の法は通報しません。村人を我々が殺すのは完全な私刑行為に当たります」
「だからといって敵意のある村人を放置すると、我々の軍にこれ以上被害が出かねないのではないでしょうか?」
将軍たちがいろいろ言い合うのですが、それを黙って聞いていたハラスは「わしが直接聞く」と言って、ライオンの姿のまま村人たちに歩み寄ります。
村人たちはじりじりと間合いをとりながらハラスに対して武器を構えます。
「失礼な!この御方はウィスタリア王国のナンバー2、ハラス様であるぞ!」
将軍の1人が村人を怒鳴るように叫びます。
「これ、この場で身分は関係ないだろう。我々までが喧嘩腰になると、無意味に血が流れるだけだ。まずは事情を聞こうではないか」
ハラスはそう言って、村人たちに聞きます。
「わしはウィスタリア王国の将軍、ハラスである。君たちは我が軍に対して警戒しているようだが、何があった?我々にできることなら何でもやろう」
村人たちはお互い相談している様子ですが、やがて1人が言いました。
「‥‥お前たちは、また俺たちを殺すつもりなのか?」
「また、とは‥?」
ハラスが尋ねると、その村人は言いづらそうにうつむきます。
それを補足するように、他の村人が言います。
「ここをウィスタリア王国の軍が2回通ったんだ。1回目の軍は俺たちを勝手に徴兵と言って、無理やり戦場まで連れ出したんだ。2回目の軍は意味もなく俺たちの村を襲って、家族を殺しやがった。だからウィスタリア王国が憎いんだ」




