第169話 ルナの戦う理由
‥‥そうだ、ルナにあの質問をしてみましょう。
「ルナ将軍は、何のために戦争しているんですか?」
「ルナだよー!かわいいかわいいルナだよー!ルナの勝ちだよ!ルナの塔だよ!」
突然ルナが酒を片手に、私の首の後ろに腕を回して巻き付いてきます。いや酔うの早すぎですから。
でも、酔った状態でもきちんと質問には答えてくれたはず‥‥。
「あの、どうして戦争してるんですか?」
「楽しいからに決まってるでしょー!」
ルナは私の体を激しく揺さぶります。私が手に持っていたグラスからお酒がいっぱいこぼれます。
「ちょ、ちょっと、私のお酒が、ストップ!ストップです!あうう」
「わはは!お酒はいいものだぞ!」
そうやって一通り私の体を揺らしてから自分の大きなグラスを飲み干して、どんと、ガラスが割れそうなくらい大きな音を立ててテーブルに置きます。見ると、頬がすでにまっかっかです。できあがってます。
ルナは手の甲で口を乱暴に拭きながら、ぺろりと舌を出します。妖しい目をして、薄気味悪い笑いを浮かべながら私を見ます。
「‥‥で、何のために戦争するとは、どういう意味なのかな?」
「え、えっと、ルナ将軍には戦争を通して守りたいものって、あるんですか?」
それを聞くとルナはふふふっと肩を震わせながら笑って、それから空っぽになったグラスにまたお酒を注ぎます。
注ぎながら言います。
「ないよ」
「えっ?」
誰しも意味を持っていると思っていた私はびっくりします。
「理由もないのに戦争してるんですか?」
「そうだね。私も戦争はばりばり嫌いなの。ぷっちゃけ、する意味はない的な?だって、いろんな人が死んじゃうじゃん?」
「それはそうですけど‥‥」
「逆に聞くけど、アリサは何のために戦争してるの?何のためにあの3人を殺したの?」
ルナはそう聞くと、私の答えを待たずに、満杯になったグラスをくいっと飲み干します。
その豪快な飲みっぷりに見とれてしまいますが、気を取り直して、私は返事します。
「‥私は、この国を平和にしたい、そのために戦争しか手段がないから戦争しているんです」
「平和のための戦争、ねえ。魔王様も同じこと言ってたね」
そう言ってルナは、つまみ代わりにグリルからソーセージを何本も取ってきて皿に載せ、そのうちの1本にかぶりつきます、
「‥きれいごとだね」
「えっ?」
「いや、否定しているわけじゃないよ。でも、そのきれいごとが通用しない相手がいることも覚えといて」
「分かってます。世の中にはクァッチ3世みたいに、戦争の原因を作り出す人もいます」
「それだけじゃないよ」
そう言うとルナは、どすんとテーブルの椅子に座ります。男がやるそれみたいな乱暴な座り方でした。
私はルナの発言の真意を測りかねて、ルナの顔を見ます。
「私が戦争する理由はね、魔王様の命令だから。それだけ。私は仁政をしいている魔王様のことをお慕いしている。魔王様が戦争したいと言ったら、私は理由もなく従う。だって私は、魔王様が大好きだから」
そう言って、2本目のソーセージを食べ始めます。
私は少し何かを考えながら、ルナのグラスに酒を注ぎます。
「‥多分、ウィスタリア王国にも同じ考えの人はいるんじゃないかな?」
そのルナの指摘に、私ははっと気づきます。
私はウィスタリア王国にいた頃、両親から、クァッチ3世はいい人だ、すごい人だ、間違いはない、だから言うことを聞きなさいと教育されてきました。母と父は私と一緒に亡命せず死を選びました。ナトリの両親も、ご先祖様のために尽くすと言って亡命には同行しませんでした。
主君や目上の人には服従せよという文化が、この世界にはあるのです。もちろんそれに疑問を持った人は次々とこの国へ亡命してきているのですが、私もクァッチ3世に会う以前は疑問を持たず、クァッチ3世を信奉している一人でした。今それを思うと、寒気がしてきます。
主君がおっしゃったから、自分は無条件で戦争に参加する。
「‥ルナ将軍が魔王様のことをお慕いになるのはなぜでしょうか?誰かに言われて?」
「ううん、自分で考えたことよ」
そうルナは即答します。クァッチ3世に従っていた頃の私とは大違いです。
ルナは私の考えていることを見透かしたように、言います。
「主君だからとか、ご先祖様が言っていたからとか、そういう考えを今の魔王様は否定されているの。自分で考えて行動しろと言っている。もちろんこれも今の魔王様が広めた考え方だからね、古い考え方の魔族もまだいるけど。私は心の底から魔王様が大好き。魔王様のために私は戦う」
そして、私の注いだグラスを一気に飲み干します。そうして一息ついた後、いきなり人が変わったように椅子から飛び出して私に抱きつきます。
「あ、あっ、ちょっと!?」
「ねぇ〜〜アリサってかれぴいるのかなーっ?」
「あ、あの、彼氏はいませんけど‥」
「きいてきいてよぉ!私のかれぴがちょぉーうざくってさー、あっアリサも椅子に座ってよー聞いてよぉ―」
私は腕を引っ張られ、無理やりルナの隣に座らされます。そうして首を腕で抱かれ逃げられないようにされました。ルナは私のグラスに酒をついで、肉の乗った皿を私の頬に押し付けます。痛いです。
仕方なく私はその皿を受け取って、テーブルの上に置きます。ルナは私をひっつけながら、「かれぴ」なる男の話をしてきます。
ていうか、同じ話を何度も繰り返してきます。しんどいです。ルナと安易に関わるのはもうやめようと思いました。
‥‥と、私が諦め気味で頭を真っ白にしながらルナの愚痴を延々と聞かされていると、私の隣に、ルナと挟むようにヴァルギスが座ってきます。
「貴様、それくらいにしておけ。こやつが困っておるぞ」
「ひっく、かれぴが私を泣かせにくるの、それでねぇ、ひっく‥」
ルナは魔王様が大好きと言った反面、そのヴァルギスが近くにいることにまだ気付いてないようで、無視して私への一方的な話を続けます。
「ひっく、ひっく‥‥」
「仕方ないな、寝かすぞ」
ヴァルギスはそう言って椅子から立ってルナの背後まで来て、そっと肩を触ります。
「はふ‥」
ルナはそのまま私の肩にもたれるように倒れてきて、寝息を立て始めます。おおよそ妙齢の女性がするとは思えない、大きないびきです。
私はそれを抱きかかえて、誰もいないテーブルを見つけてその椅子に横に寝かします。そのあと元のテーブルに戻って、ヴァルギスの隣に座ります。
「‥まおーちゃん」
「貴様も随分飲まされたな。顔が赤いぞ。水にしておけ」
そう言ってヴァルギスが差し出してきた水を、私は飲みます。
「‥ん、ありがとう、まおーちゃん」
なんだか、ヴァルギスをこう呼ぶのも久しぶりな気がして、新鮮な気分になります。1ヶ月間ずっとヴァルギスとは密室で2人きりでしか話していなかったんです。
ヴァルギスはテーブルに置かれている小さなグリルからキャベツをとってきて食べます。
「‥そういえば貴様、浮かなくなったな」
ヴァルギスの言う通り、ベリアが攻めてきてから私はずっと浮遊の魔法を使わず、地面に足をつけて歩くようになりました。敵からの視察で目立たないようにするためです。
「うん、戦争のせいかな」
私は、何も気にしてないよと言いたげに、さりげない素振りで答えます。
しかしヴァルギスは、キャベツの残りの破片を全部口に入れて飲み込むと、言います。
「貴様らしくないぞ」
「‥‥え?」
「戦争が終わったら、また浮いてくれ。妾は自然体の貴様を見ていたい」
そう言って、ヴァルギスは口角を上げます。
私は頬を赤らめます‥‥酒を飲んだからでしょうか?「‥‥うん」とうなずきます。
作者急病のため、明日から当分の間、更新をお休みさせていただきます。再開時期は未定です。
なおストック分はすでに最終話直前まで進んでおり、病気さえ治れば完結はほぼ確実です。病気治れば絶対に最終話書きたいです。
何卒ご了承下さいますよう、よろしくお願いいたします。




