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第167話 捕虜を回復しました

当たり前ですが、マーブル家の将軍はあの4人兄弟だけではありません。

4人を大将にして、それぞれの部隊を率いる将軍たちもたくさんいます。

マーブル家の軍は、たしかに大将こそ失いましたが、大将に恩義を感じる将軍がまだ何人か残っていて、彼らは抵抗を試みます。

しかしマシュー将軍が的確に統率する兵たちの前になすすべもありませんでした。


敵に抵抗の意思ありと知った城壁内の将軍たちが、次々に増援を送り込みます。

彼らは精力的に働き、残る兵士たちを追い詰めます。

大将を失った20万の軍隊は烏合の衆となり、兵士たちが次々と倒されていきます。

夕方になる頃には、大勢は決していました。抵抗する将軍は殺されるか生け捕られ、残りの将軍は大きな白旗を上げて降伏の意思を示します。


それでもまだ何人かの将軍が降伏しないままその場から逃げようとしたので、マシュー将軍はハギスらに兵を与えて追撃させます。追撃軍も見事な成果をあげます。


「なに、明日の祝宴を辞退したいだと?」


陽もくれる頃、長城まで戻って城門をくぐり抜けたマシュー将軍に、私はそう申し出ました。


「何を言うか、お前がいなければこの戦いには勝てなかった。お前は第一功労者なのだぞ、お前なくしてなぜ宴が盛り上がるだろうか?」

「マシュー将軍、まだお話してなかったのですが、実は私が戦争に参加する代わりに敵兵の治療をさせてほしいと、魔王様と約束しました。敵兵の中には怪我で苦しんでいる人もまだたくさんいます。それなのに宴会に出ている場合ではありません」

「なに、魔王様と‥」


マシュー将軍はしばらく考え込みます。が、意を決したようにうなずきます。


「‥うむ、よかろう。一応魔王様に確認はとるが」

「ありがとうございます。それで、相談したいのですが‥‥」

「うん?」


マシュー将軍は、私に耳を傾けます。


◆ ◆ ◆


次の日の早朝に私は3000人の衛生兵を借りて、兵の統率を手伝ってもらうために2人の副将をつけて、敵陣へ向かいます。

降伏した敵兵をあっさり帰してしまうと、また領土に戻って体制を立て直してもう一度攻めてくる恐れがあります。そんなわけで敵陣には監視のためにハールメント王国から将軍と兵士が別に派遣されているのです。私はその将軍を呼び出して、マシュー将軍からもらった大将軍の印が押された紙を見せます。


「私はマシュー将軍の命を受け、あなたに代わってこの陣の監視の責任者になりました。引き継ぎをよろしくお願いします」


その印を見た将軍は目を丸くして、それでも「‥‥確かにマシュー将軍の印ですね」と言って、私に頭を下げます。

私は相手からこの陣について軽く説明してもらいます。降伏せず退却を試みた兵を除いて、ここには10万人ほどの兵士が残っているそうです。

それからすぐに、マーブル家の将軍を探して「傷病兵はどこにいますか?」と尋ねます。将軍に案内されて、私と衛生兵たちはそこへ向かいます。

陣の後ろの方に、幕舎などのない大きく開けた場所があって、そこに大量の兵士たちが地面の上に並べられていました。


「傷の深い人はどのあたりに多いですか?」


マーブル家の将軍に尋ねて、「ここです」と案内してもらいます。

私が案内された場所には、脚や腕が切り落とされ、中には息が絶え絶えになっている人もいました。


「うう‥」


見るにも耐えられず私は思わず口を手で覆いますが、目をそらしてはいけません。

だって私は人を殺したから。

その償いをしなければいけません。

こんなことで償いになるか分かりませんが、精一杯やらせていただきます。


私は案内してくれた将軍に「ここで待ってください」と言うと、浮遊で自分の体をふわりと浮かせます。

自分の体が浮くの、なんだか久しぶりですね。ベリア軍が攻めてきた頃から浮かないようになっていました。私は久しぶりの感覚に少し体を慣らした後、傷ついた兵士たちの間を縫って移動します。


兵士たちが集められている場所の真ん中あたりまで来たのでしょうか、私は小さなテーブルが1つ置けそうなくらいのスペースを見つけると、その真上に浮き上がります。

目を閉じて、呪文の詠唱を始めます。


「ア・ダ・ルゲジュ・ニウェ・ダム・ハン・ドラム・ウィンハンナ・オーダム」


私を中心として、傷病兵の寝ている地面の上に、真っ白に輝く魔法陣が現れます。

私は両腕を横に伸ばして、魔法が少しでも遠くに行き渡るようにします。

地面から、暖かい風が沸き起こって、その白い温もりは私や兵士たちを優しく包みます。

私の長い髪の毛がぶわっと巻き上がり、心地の良い風と匂いが、私の体を覆います。


「ヒール」


魔法陣が白く青く緑に輝き、春のような暖かい風を周辺一帯に撒き散らします。

兵士たちの傷口が次々とふさがっていき、ぽつりぽつりと、何人かが何事もなかったかのように身を起こします。


「な、なんだ、確かに脚がなくなっていたはず‥」

「俺は怪我したはずなのに‥?」

「動ける‥動けるぞ‥!」


兵士たちの、健康な体に当惑しながらも驚き、歓喜する声が各地から沸き起こります。

地面に足をつけた私は、起き上がってきた兵士たちの間をかき分けて、将軍の前に戻ります。


「戦争で傷ついた兵士たちは治しました」

「あっ‥ありがとうございます、敵である私たちのためにそこまで‥‥!」

「いいえ、同じ人ですから。お互い様です」


私はにっこりとそう言うと、控えていた自分の衛生兵たちに指示します。


「ここにいる兵士たちは治しましたが、万が一にも異常が残っていないか調べてください」


私の命令を受けた衛生兵が、元傷病兵たちの人混みへ潜り込んで散っていくのを見届けると、私はまた将軍を振り向きます。


「それで、後はこの捕虜たちの処遇ですね」

「あ‥はい、あなたには大変感謝していますが、その‥‥」


将軍は何かを言いづらそうに、そして何かきついことを言われるのではないかと戦々恐々として、意識して私から目をそらしているようでした。

私はふうっと息をついて、それからできるだけ顔に笑顔を作って、やわらかい声で告げます。


「捕虜たち全員に、ハールメント王国の市民権を与えます」

「‥えっ、もう一度言ってもらえませんか?」

「ですから、ここにいる捕虜たち全員に、ハールメント王国の市民権を与えます」

「なんですと!?」


将軍は思わず後ずさりしてしまいます。

通常、捕虜は王都から離れた辺鄙な場所に設けられた収容所に閉じ込められ、不自由な生活を強いられるものです。自由にしてしまうと故郷に帰ってしまい、またそこから徴兵され、敵となって戻ってくるためです。ここにいる10万の兵士たちも、そうなる運命でした。

敗者だから仕方ないだとか、これが勝者と敗者の差だとか、厳しい声があるのは承知しています。でも私は、捕虜の運命を考えて、何とかできないかとマシュー将軍やヴァルギスにかけあって、夜遅くまで魔王城で話し合いました。最終的にマシュー将軍は最後までいい顔をしなかったものの、ヴァルギスが「何かあったら貴様が責任を取れ」ということで許可してもらったのです。


「それは‥この王国で一般市民として暮らせるということですか?」


おそるおそる将軍が尋ねると、私はうなずきます。


「はい。自由に旅行に行ってもらっても構いませんし、好きな場所に住まいを構えても構いません。なんなら家族を呼んでいただいて一緒に過ごしても構いません」

「で、ですが、人間の中には魔族が嫌いな人もいます。そういう兵士たちが帰ることになるのではないでしょうか‥?」


将軍は、私の言っていることがまだ信じられないのでしょうか、まるで他人事のように尋ねてきます。

当然、想定された質問です。私はヴァルギスやマシュー将軍と相談して、この質問への答えを準備していました。


「はい、帰りたければ帰っていただいて構いません。ただし、帰ったらまた徴兵されて戦場へ送り出されますよね?」

「は、はい」

「兵士たちに伝えてください。魔王様と、そして、マーブル家兄弟のうち3人を一度に倒したこの私ともう一回戦いたい人だけが帰ってください、と」


脅迫です。脅していること、相手を怖がらせていることは分かっています。相手の行動を心理的に縛る障壁でもあります。でも、捕虜たちをできるだけ自由にしてあげるための必要最低限の条件だと、ヴァルギスから何度も説明されて理解しました。

ヴァルギスと、それと同等の力を持つとうたわれる私がこの国にいるとアピールすることで、敵の帰郷の気持ちを削ぎます。実際に敵は私の力を真近で見たのですから、効果は抜群のはずです。

私だってあまり言いたくなかったんです。それをごまかすように、可能な限りの笑顔で話します。


「それに、今、ウィスタリア王国では王様の圧政で大勢の人が苦しんでいると聞きました。私もそれがきっかけでここに亡命した1人です。魔族が怖いのは分かりますが、当面はここで暮らすのが賢い選択だと思います」

「わ、わかりました、兵士たちに言って聞かせます」


それでも将軍はこの待遇に感謝してくれたのか、何度もぺこぺこと私に頭を下げます。

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