第166話 マーブル家兄弟の最期(2)
「‥驚いたね。こんなことを言われるのは初めてだよ」
オペリアはくすっと笑って、それからまたハープの弦に手を当てます。
オペリアの手から、美しい音色が奏でられます。私はそれを、目を閉じて聞きます。オペリアには逃げようとする様子もないし、逃げるにしても馬の足音が聞こえてくるでしょう。
おそらくこの音色も、普通の人が聞けば意識を乗っ取られる魔法がかかっているのでしょうか。普通の人にとっては、禁断の音楽かもしれません。でも、その音色は心地よく、戦場に花を咲かせ、2人を殺してしまい内心で泣いている私を癒やしてくれているかのようでした。暖かい音が、私を心優しく包んでくれます。
演奏が終わります。私はアンコールしたかったのですが、やっぱり今はそれところではないでしょう。
私は心の中のどこかで、演奏しているうちにオペリアが思いとどまって降伏してくれるのではないかというかすかな期待を持っていました。でも、例えそれが叶えられなくても、私がオペリアを殺さなくてもいい理由にはなりません。私は、オペリアの顔を見上げます。
オペリアは語り始めます。
「‥俺が楽器を演奏すると、みなは気味悪がるんだ。気持ちが悪くなったり、頭が誰かに乗っ取られるような感じがしたりするんだ。俺の魔法は意識して発動するのではなくて、楽器を奏でるだけで自然とかかってしまうものなんだよ。それで今まで何度もつらい思いをしてきた。俺の音楽を聞きたいと言ってくれたのは、お前が初めてだ」
「いい音色でしたよ」
私はうなずきます。オペリアはふふっと笑っている様子でした。
「あなたとは、もっと別の形で出会いたかったですね。こんな悲しい場所ではなくて‥‥」
私はそう言って、気まずそうにオペリアから目をそらします。
「ああ、俺も同感だ。お前ともっと早く会っていれば、俺の人生も変わっていたかもしれない。その日を信じて、練習していたんだ」」
「あなたは本当に音楽が好きなんですね」
「ああ‥‥」
オペリアは名残惜しそうに、ゆっくりとハープを背中にしまいます。
それから、腰につけていた剣を抜きます。チャッという金属音がします。
「‥俺は降伏はしない。降伏したら、死んでいった兄や弟に申し訳ない。せめて、最後は武人らしく死なせてくれ」
「分かりました」
私が言うとオペリアは一呼吸置いて、それから剣を振り上げ、私のところへ馬を走らせます。
その表情は、諦めというわけでもなく、すべてを悟ったかのようににこやかで、人生に満足したかのように穏やかでした。
私は無詠唱でもよかったのですが、あえて呪文を簡単に短く唱えて、腕を剣のようにすぱっと動かします。
私の前にできた三日月のような形をした風の刃が高速で回転し、オペリアの首を胴体から切断します。
私と至近距離ですれ違ったのは、オペリアの馬と胴体だけでした。
私の後ろで、人体が馬から崩れ落ちる音がします。
別に浮遊の魔法で取り寄せてもよかったのですが、その時の私はなぜか、オペリアの首のとんだ方向へ馬を進めます。
首の近くで私は馬から下りて、両手でそれをすぐいあげます。
顔色はすでに血の色が引き始めていましたが、悟った人はみなこんな評定をするのでしょうか、とても穏やかな表情でした。
私はその首を抱えて、また馬に飛び乗ります。
そして、自分の両隣にブラウンとウィルソンの首を浮遊させ、オペリアの首は片手で持って、敵兵を向いて大声で宣言します。
「ウィルソン・ダデ・マーブル、オペリア・ティン・マーブル、ブラウン・ド・マーブルの首は、すべてこのアリサ・ハン・テスペルクが討ち取りました!」
味方のいる城壁から大きな歓声が上がり、敵兵たちは困惑して後ずさりを始めます。
このまま敵軍に降伏を促したいのですが、それは私の仕事ではないでしょう。私はくるりと馬の方向を変えて、それから「あっ」と思い出したように言います。
ちょっと離れたところに、馬から振り落とされたオペリアの胴体、そしてハープが転がっています。私はその2つを浮遊の魔法で取り寄せ、一緒に城門をくくります。
私とすれ違うように、マシュー将軍が「よくやった」と私に声をかけて、それから兵士を引き連れて城門を出ます。
おそらく将を失った兵たちに降伏を勧告しに行ったのでしょうか。私は城門の近くにいる兵士にウィルソン、ブラウンの首を受け取らせますが、オペリアの首だけは渡しません。
「首って、どうやるんですか?保管するんですか?」
「あ、ああ‥通常は総大将に見せて褒美を出してもらってから捨てます」
「どうやって捨てるのですか?」
「燃やします」
私はそれを聞くとその兵士にオペリアの首を手渡しして、隣りにいる兵士に胴体、その隣にはハープを持たせます。
「燃やす時は、それらも一緒に燃やしてもらえますか」
「は?わ、分かりました‥」
3人の兵士たちが去っていくのを見届けると、私は馬から降りて歩き出します。
と、私の体を横から勢いよく抱いてくる人がいました。
「うわわっ!?」
私はびっくりして、尻餅をついてしまいます。誰かと見上げると、メイでした。
「お姉様、どうしてここに!?」
「アリサ‥あんた、バカ!?」
メイはしわりと目から涙を流して、私の頬を何度もビンタします。
「1ヶ月もあんな部屋に閉じこもって、あたしたち、ずっと心配してたのよ!あんたは本当に迷惑ばかりかけて!」
「ごめんなさい、お姉様!」
「バカ、バカ、バカああ!」
メイが私の頭をぼこぼこ殴ります。
「そこまでにして」
メイの後ろから聞き慣れた声がします。ラジカの声だったと思います。
2人の人影が見えたので、私は呼びかけてみます。
「ラジカちゃん、ナトリちゃん、久しぶり!」
身を起こして、押し倒された時に地面に落ちたトンガリ帽子を拾ってかぶり直すと、立ち上がります。
「久しぶりじゃないのだ。1ヶ月も姿を消して心配させやがって」
さすがのナトリも、私を睨みつけつつも目の端がきらっと光っています。
そんなナトリをなだめるように、ラジカも言います。
「アリサ様の戦いは、アタシたちも見ていた。すごかった。無双してた」
「‥ありがとう、ラジカちゃん。みんな、心配させちゃってごめんね」
メイは腕を組みます。
「まったくよ。魔王から聞いたわよ、人を殺したのがショックでふさぎ込んでたんだって?」
「‥はい、お姉様。みんなに合わす顔がないと思って‥‥」
私が暗い顔をしてふさぎ込むと、メイははああっとため息をつきます。
「いいこと?あんたは1人じゃないんだから!何かあったらあたしたちに相談しなさい。あんたが何人殺そうが、どんなに悪いことをしようが、あたしたちは全て受け止めるから!」
「お姉様‥‥」
私よりちょっと背は低いですが、メイはかなりしっかりしている子で、透き通った眼差しで私を睨みます。姉の威厳を感じます。
「‥はい、お姉様。頼りにします」
私はそう笑顔で言ってから、メイの体に抱きつきます。ぎゅうっと、強く抱きしめます。
「ちょっと、痛いわよ」
しかし私は目を閉じて、静かに涙を流していました。
覚悟はしてたけど、今日、一気に3人殺してしまいました。
この罪が消えることはないけど、私なんかには償えないかも知れないけど、どんな形でも罪滅ぼしをさせてもらいましょう。
すべては平和のために。誰もが笑って過ごせる未来のために。
それが私の、戦争に対する覚悟です。




