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第165話 マーブル家兄弟の最期(1)

ラジカは、城壁の内部の廊下にメイを案内します。壁には小さい穴が開けられ、その穴の前に魔術師が1人ずついます。これが銃眼です。銃眼は1〜2メートルおきに、不規則な距離で設けられていて、それぞれの銃眼にかかる魔術師たちも規則正しい整列ではなくどこか雑に感じましたが、銃眼を覗く目はどれも真剣に見えます。


「ここ」


ラジカが指差したところに、誰もいない空いている銃眼が2つありました。メイは右側の銃眼の椅子に座り、ラジカがもう1つの椅子に座ります。銃眼といっても目を凝らさないと見えないレベルの小さい穴ではなく、魔法を通さなければいけないので片手の半分ほどの大きさの穴です。片目をつぶらなくても、少し離れれば両目でも見られるくらいの視界が確保できます。

ラジカは銃眼を覗くメイの様子を見て、メイの向こうの銃眼を覗いている人に話しかけます。


「ナトリ」


メイがびくっとして、ラジカの反対側の銃眼にいる人を見ます。確かにナトリでした。


「よっ」


ナトリは銃眼から目を離して、軽く手を振ります。


「ナトリ、びっくりしたわ。何やってるのよ」

「ナトリこそ非戦闘員のお前が来てびっくりしたのだ。ナトリは戦っている途中、ここから火の魔法をかけている。今メイが座ってるのはナトリの使い魔のドラゴンの席だけど、まだ子供だから今は部屋で休んでいるのだ」

「そうだったのね‥‥」


生返事すると、メイはまた銃眼を覗きます。


「お前はなぜ来たのだ?テスペルクが心配か?」

「ええ。3週間も会ってなかったから‥‥あたしも一応テスペルクだけどね」

「ナトリやラジカも心配していたが、お前の心配の仕方はわかりやすかったからな。毎日部屋で神に祈っていたし、食事にも時間がかかる有様だったのだ」


ナトリは、アリサを心配しているメイを逆に心配していました。メイは唇を噛んで、銃眼を覗きながら言います。


「仕方ないでしょ、アリサの姉として、あれくらい心配して当然よ」


銃眼からは、城壁から少し離れた位置の光景が見えます。まさに、私と3人の兄弟が対峙しているところでした。


◆ ◆ ◆


ウィルソンは馬から下ります。ウィルソンの体が膨らみ始めます。

それに距離を置いた他の2人のうちブラウンは呪文を唱え始めます。

オペリアは背中のハープを取り出して、弾き始めます。美しい音色でした。

これを聞くと意識が操られるらしいのですが、私の魔力では効かないでしょう。そうソフィーからも言われたので間違いはないと思います。ソフィーとは初対面でしたが、マシュー将軍が信頼している参謀とのことなので、マシュー将軍と同じくらい信頼してもいいでしょう。私は耳を澄まして、オペリアのハープの美しい音色をしっかり頭に刻みます。

人を操るおぞましい楽器とはいえ、こんなに美しい音楽を奏でる人さえ殺さなければいけない。そう考えると今すぐにでも引き返したい気分でしたが、オペリアはここで死ぬと言っています。私が逃げたら、敵に失礼です。仕方ないですが、相手するしかありません。


私がそう思っているうちに空はみるみる暗くなり、一撃の雷が私を襲います。しかし私の結界に比べると、小さな羽虫の一突きにも等しいものでした。


「な、なに‥」


私はずっと、さっきいる場所から一動きもせずに、3人の様子を見つめています。ブラウンは目を丸くしますが、すぐに切り替えます。


「やってくれ、ウィルソン!」

「ああ!」


巨人の怒鳴り声がしたかと思うと、ウィルソンの足が真上から私を踏みつけにかかります‥‥が、私の結界はびくりともしません。


「うおっと、なに!?」


いくら踏みつけても私の結界は割れません。ブラウンの雷撃とウィルソンの踏みつけが交互に来るのですが、私の結界はその全てをはねのけます。虚しい地響きと雷の轟音がするだけでした。

オペリアも楽器の攻撃が効かないと悟ったのか、演奏をやめて、目を丸くして私を見つめています。

私はあくまでもここで3人に命と引換えに降伏を勧告しようか迷っていましたが、それを口にする前にウィルソンが動き出します。


「く、くっそう!!」


ウィルソンが勢いよく足を動かして私の結界を蹴り上げようとしますが、それでも私の結界はびくりともせず、ウィルソンの足を痛めつけるだけの結果になりました。


「‥みなさんの攻撃は、これで終わりですか?」


私はこう言って、にっこり笑います。

3人は顔を真っ青にしますが、一騎打ちを先に仕掛けたのはこちらであり、人数的に有利なのもこちらです。兵の士気にかかわるところなので退くに退けません。

覚悟を決めたのか、ウィルソンが拳に魔力を込めて、光のような速さで私の結界に殴りかかるのですが‥‥びくともしません。

オペリアも必死で楽器を弾き始めましたし、ブラウンも色々な角度から雷撃を落とします。

みなさんはあくまで徹底抗戦のようですね。


私はすぱっと、右腕を横に振ります。

大きな風の刃がブーメランのようにくるくると回って飛んでいき、巨大化しているウィルソンの首を一瞬で胴体から切り離します。

巨体の上から落とされたその巨人の首は、地面にぶつかって豪快な地響きを作った後、魔法が解けたのか胴体とともにどんどん縮んていきます。


私はその首を魔法で浮かして、さーっとこちらへ引き寄せてきます。

近くで見ると、本当に生々しいです。顔は少しずつ青白くなってきていて、首の断面からは血が一気に出きったのか、それとも死後硬直で血液が固まったのか、思ったより流れ出ていませんでした。

私はできるだけそれを見ないように目をそらして、首を私の体の横に浮かします。

そうして、2人を指差して話します。


「ウィルソン・ダデ・マーブルの首は、このアリサ・ハン・テスペルクが討ち取りました。あなたたちは、ここで降伏して私についてくるか、ここで死ぬかの二択です。あなたたちを逃がしたらまた多くの人が死ぬので、絶対に逃がしません」


私は、自分でも驚くくらいに冷酷に、残る2人を睨んでいました。

この2人の手に、多数の兵士たちの命がかかっています。私は命の選別ができる身分ではありませんが、少しでも死者が減るのなら、自分の信じた方向に舵を切りましょう。そう決心していました。

オペリアは怯んだ様子でしたが、ブラウンは全く躊躇なく叫びます。


「俺を愚弄するな!勝負はまだ終わっていない!」


そう言って、また呪文を唱えます。

天を覆う黒い雲から、火の雨を降らします。

私だけではなく、城壁の屋上の廊下にいる兵士たちにも火の雨がかかります。

兵士たちの悲鳴が結界を越えて、私の耳にも響きます。


「一騎打ちに関係ない兵士たちを殺すな!」


背後の城壁のほうから、将軍の怒号が聞こえます。ブラウンはそれを意に介さず、平然と火の雨を降らし続けます。城壁の屋上の廊下では、火だるまになった兵士たちがばたばた倒れていきます。

私は少し目を閉じてその音を聞いていましたが、すぐに目を見開いて、ブラウンを見ます。

ブラウンは、もう私を倒すのは諦めたのか、はははと笑って城壁を見上げています。

許せないです。人の命を奪うことを楽しむ人の存在が、とても悲しいです。


私はブラウンに向けて、手を伸ばします。手の前に光の玉がゆっくり形成されて、それがビームとなってブラウンの胸に突き刺さります。

光が消えた時、ブラウンの胸にはぽっかり、握りこぶしで、反対側が見えるほどの大きさの穴があいていました。

ブラウンは笑い顔のまま、崩れるように馬から転がり落ちます。

同時に火の雨もやみます。屋上から、後片付けをしようとする将軍の叫び声、兵士たちの悲鳴などが聞こえてきます。


私は次に、オペリアのほうを向きます。

オペリアは片手に持っているハープの演奏をやめて、じっくり私を見つめていました。


「降伏しますか?」


私が尋ねると、オペリアは首を横に振ります。

降伏しないなら、ここで殺すしかありません。私は少し考えあぐねていましたが、オペリアに言います。


「‥そのハープ、もう一度演奏してもらえませんか?」

「えっ?」


オペリアはきょとんとして聞き返します。

私はにこっと笑います。


「さっき拝聴した時、美しい音色だったので。あなたがあくまでも降伏されないのでしたら、最後に一回聞きたいです」

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