第15話 魔王の部下が来ました
狼男は、まおーちゃんが近づくとひざまずきました。
『ハンダウィンは確か、このあたりの偵察を担当しているのだったな』
『はっ。陛下が急に消えたと城から連絡があり、心配しておりました。この町のアルミラージから報告が入り、参上いたしました』
『そうか、ご苦労。心配かけたな』
『いえ、ご無事で安心しております。神殿のドラゴンに乗って戻りましょう』
『いや、そうしたいのは山々だが‥‥』
まおーちゃんは、しばらく私のなりを眺めてから、静かに言った。
『妾と同等かそれ以上の使い手がいる』
『なっ‥まさか、陛下を超えるほどの者が、この地方都市なんかに‥‥偵察はしてきたつもりでしたが、全く気付かず申し訳ございません』
『うむ。‥‥そして妾は今、そやつに監視されている。だから今すぐここを出ることはできない』
『そんな‥‥』
狼男は、残念そうにうなります。
『そして妾は、そやつに恩がある』
『!?』
『どの人間も、妾のことを邪魔扱いし、怯え、隙あらば殺そうとした。そんな中で、一人だけ妾のことを気遣い、妾のために尽くしてくれた者がいる。妾はその恩義に報いたい』
心なしか、それを話しているまおーちゃんは生き生きとして見えたそうです。
『‥‥‥‥わかりました。陛下らしいご判断だと思います』
何も言うまいと、狼男は目をつむります。
『うむ、それで妾がいない間の政務について、妾の指示を国へ伝達してほしいのだが、‥‥』
そのあともまおーちゃんはしばらく、狼男と話し込んでいる様子でした。
『ははっ、分かりました』
『‥妾が以前、7年間玉座を空けたことにより、我が国に政治的空白が発生している。その分を取り戻すのに苦労している状況なのに、さらに迷惑をかけて申し訳ない』
『いいえ。私は陛下のことを尊敬いたします』
『うむ、それはよかった。ありがとう』
まおーちゃんと狼男が話している内容は、私には全くわかりません。
「まおーちゃん、私、先に寝ていい?」
「いいぞ」
こう言われたので、私だけ先に寝てしまいました。
『‥うむ、相変わらずマイペースじゃの』
『陛下がおっしゃる者とは、その女のことですか?』
『うむ。‥魔王である妾に匹敵する強力な魔力があるにかかわらず妄りに使わず、驕らず、明らかな格下とも対等な友情を育み、妾のことも差別せず、常に妾を気遣い、諫言をためらわない。マイペースに見えるが、その実、立派なことをいくつもやってのけている。我が家臣に加えたいくらいだ。特に人間が堕落している今の時代、役立つ人材であることには違いない。‥‥妾は逃げようと画策もしたが、あの女と別れるのは些か惜しい』
『‥‥‥‥』
まおーちゃんは、頬に笑みを作りながら私の寝顔を眺めています。その様子から何か察するものがあったらしく、狼男は再び頭を下げます。
『重臣に報告して、しばらく国政に問題がないよう取り計らいましょう』
『うむ、そうだな。悪いが、よろしく頼む』
『ははっ』
一礼した後、部屋の窓を明けて下へ飛び込みます。
窓を閉めたまおーちゃんは、もう一度、私の寝顔を下から覗き込みます。
「‥‥貴様にも興味が出てきた。もう少し滞在させてもらおう」
そう言って、ベッドで横になりました。
◆ ◆ ◆
まおーちゃんが来てから3日目です。
1日目は臨時休校、2日目は捜索騒ぎと領主様からのお呼び出しがあって、私が学校に行くのは2日ぶりです。そして、まおーちゃんにとっては初めての学校です。
普通の生徒は使い魔を寮の飼育スペースに置くなりするのですが、私はまおーちゃんと一時も離れないよう先生から厳命されていますので、特別に許可をもらって学校へ連れてくることになりました。
寮と校舎は同じ敷地内にあり、男子寮、下級生用校舎を挟んだ先に、私たちの通う中・高級生用の校舎があります。
「そういえば貴様は靴を履き替えるのだな」
「うん、いつ地面に足をつけるかわからないし、マナーかな」
私はずっと浮いているので靴はきれいなままですが、さすがに外までスリッパのままだったりすると周囲から奇異の目で見られます。常識は大切です。えへん。
「アリサ、おはよう」
後ろからニナが追いかけてきます。
「おはよう、ニナちゃん!」
「あれ、もしかして、魔王も一緒?」
ニナが一瞬、まおーちゃんを避けるように後ろへ一歩戻ったような気がします。
「うん。寮の使い魔飼育スペースに置いてきたらだめだって、ずっと一緒にいなさいって言われて。言われなくてもまおーちゃん大好きだから全然OKだけど〜」
「こら、抱きつくな!離れろ!」
「はは、すっかり仲良しだね」
「仲良しではない!離れろ!」
そうやって和気あいあいとしていました。
教室では、周りが混乱するからとニナに言われて、私とまおーちゃんは隅っこの席に座ることにしました。窓側の一番前の机です。3人分の長机で、私はまおーちゃんとニナに挟まれるように、真ん中に座りました。
心なしか、周りは私たちから微妙に距離をおいている様子です。横隣の長机に座る人はいましたが、1つ後ろの机にはまだ誰も座っていません。
「あっ、ラジカちゃん、おはよー!」
赤髪ツインテールで制服を少し着崩した感じの女の子です。ラジカは私を見ると、ぷいっと顔を背けました。
「えー、なんでー!待って、どーして無視するのー!!」
私は席から文字通り飛び立って、ラジカの腕を捕まえます。
「は?あんたの隣にいるの誰だっけ?」
「え、まおーちゃんだけど?」
「それ。まじうざい」
ただでさえ微妙だった教室の空気が、さらに張り詰めてきました。
ラジカは腕を振り切って、私を睨みます。
「えー、何でなのー?まおーちゃんはいい人だよー!」
「そういうところ」
ラジカはそれだけ言うと、さっさと空いている席を見つけて座ってしまいました。
「ラジカちゃん‥‥」
「おい、テスペルク!今日の授業では負けないからな!」
後ろからナトリの、いつもの怒鳴り声が聞こえてきます。
「あっ、ナトリ、おはよー!」
「おはよう、などという使い古されたチンケな挨拶で茶を濁すな!そんな言葉でごまかしたのは何度目だ?テスペルク!1時限目は小テストだったな?覚えてろよ!」
ナトリはそれだけ言って、空いている席に座りました。
まおーちゃんの真後ろに。
「まったく、テスペルクの奴はいつもいつも‥」
「そんなにあやつのことが好きか?」
「うおっ!!」
ナトリはまおーちゃんに初めて気付いたらしく、ぴくっと腕を組んで構えます。
「おい、何だ、テスペルクの使い魔ではないか!今何て言った?」
「あやつのことが好きか?」
まおーちゃんはにやにや笑っています。
「別に好きではない!ナトリはこの学校の入試に主席で合格した!ナトリが一番になるはずだったのに‥‥全部、テスペルクが悪い!」
「ふふ、今はそういうことにしておこう」
まおーちゃんは、悪いことを考えているようないじわるな笑みを浮かべます。
「まおーちゃん、ナトリと何話してるのー?」
隣の席に戻った私が尋ねます。
「ふふ、何でもない。面白い奴だと思ってな」
まおーちゃんはそう言って、体の向きを戻しました。
教室中にぴんと張り詰める謎の緊張感とは裏腹に、私たちの席は平和でした。
「ニナ、こっちに座らない?」
そうやってニナに話しかける人が何人かいましたが、ニナはみんな断りました。
ニナ、今日はやけに人気者だな?と私が首をかしげていると、まおーちゃんが机から身を乗り出して、ニナに呼びかけました。
「いいぞ、行っても」
「は、はい?」
「妾は嫌われるのには慣れておるからな」
「いやいや、えっと、そういう意味じゃなくて、アリサが心配というか‥」
「ふふ、貴様は面倒見がいいな」
まおーちゃんはそう言って、椅子にもたれます。