第162話 ブーンを倒しました
あの一騎打ち以降、マシュー将軍は、兵士たちの士気が下がっているのを感じ取っていました。
敵兵がはしごを使って城壁を登ろうとするのを阻止できているものの、掛け声に勢いがありません。敵兵がいつもより高いところまで到達している気がします。もちろん落とす敵の位置が高ければ高いほど死亡率は上がるのですが、無駄な殺生を好まないソフィーはあまりいい顔をしません。
マーブル家のほうも、落とせそうで落とせない城壁にやきもきしていましたが、兵士たちがあとちょっとというところまで届いているのには気付いていました。
「一騎打ちの後、明らかに敵の勢いがなくなっている。もう一度一騎打ちを仕掛けてみるべきではないか?」
そうウィルソンが言うと、ブラウンとブーンは全力でうなずきます。
一方で前回慎重だったオペリアは、ここでもまた反対します。
「敵は前回の一騎打ちで十分学習している。これ以上士気を下げたくないと思っているはずだ。そう簡単に出てこないと思うが‥‥」
「なーに、出たらこっちのもんだよ」
ブーンはそう言って、酔っ払ったかのように、オペリアの肩をぽんと叩きます。
その数日後、ブーンがマーブル家の兵士を整列させて、単騎で城壁の前へ出ます。
「おい、お前ら!一騎打ちしようぜ!俺に勝てる将軍がいないとでもほざく気か?」
そうやって士気の下がりそうな言葉をまくしたてるのでマシュー将軍はやむをえず、ソフィーに相談します。
「ブーンがまた来たのだが、どうする?」
「対応は考えています」
ソフィーは冷静に返事します。
こうして次の将軍が投入されました。前回出たナハと、そしてルナという魔術を得意とする将軍です。前にベリア軍が攻めてきた時、アリサが副将をした部隊の主将をつとめた、あのルナです。
「俺はブーン・ハ・マーブルだ、逃げたいならとっとと逃げな!」
「わしはナハ・ウガールである。死ぬのはお前の方だ!」
「ルナ・フィンゲートよ。私を引き出して後悔してないのかしら?」
今回、あまり武芸を得意としないものの幻覚を識別できるナハが前に出て戦い、ルナの詠唱の時間を稼ぐことになっています。
ナハがまずブーンの相手をするのですが、ブーンは幻覚だけでなく槍の使い方も上手いです。
「おらっ、そこだ!前の奴と比べてお前は隙たらけではないか!」
ナハは肩や腕を槍でかすられ負傷します。
それでもナハは負けずに槍を手離さす、「おおお!!」とブーンに襲いかかります。相手の思考を読むことができるので、ブーンが槍をどう動かすかも把握できます。ブーンの次の攻撃を読んで対応するので、ブーンにはナハの後ろで詠唱を続けるルナを攻撃する暇がありません。
そうこうしている間に、ルナの詠唱が完成します。
呪文の締めの大きな一声とともに、空中から一つの大きな金属の槍が現れます。
「こ、これは!?」
ブーンが驚く暇もないうちに、槍がブーンの胸を貫通します。
「が‥は‥」
「ブーン!!」
高台から様子を眺めていたオペリアが、思わず叫びます。
ブーンは馬から倒れて、動かなくなってしまいます。
ナハはその首を切り取って、高く掲げて宣言します。
「ブーン・ハ・マーブルの首は、このナハ・ウガールが討ち取った!」
城壁の兵士たちが沸き、マーブル家の兵士たちの士気が下がっているのを、誰もが肌で感じます。
2人はそのまま、ブーンの首を持って城門の中へ引き上げていこうとするのですが‥‥。
「待て!」
後ろから怒鳴り声がします。振り向くと、ブラウンがすぐそこまで馬を走らせてきていました。
「何だ、またあるのか?」
ナハが尋ねると、ブラウンは怒鳴るように返事します。
「よくもブーンを殺しやがって!このブラウン・ド・マーブルが相手する!」
ブーンを倒せるように、ブーンに特化した組み合わせとしてルナとナハは選ばれましたが、別の能力を得意とするブラウンに対応できるかと言うと微妙です。
それでも味方の士気の高まりを気にして、ナハは返事します。
「‥‥いいだろう」
「ナハ、待ちなさい!危険よ!」
ルナが止めますが、ナハは自分の持っていたブーンの首をルナに投げます。
「お前は奴の天気の魔法を止めろ」
「そこまでの魔力は私にはないわ」
「結界を張るだけでもいいんだ」
ナハはそう言って、ルナが止めるのも聞かず、「やあああああ!!!」と掛け声をあげてブラウンに襲いかかります。
しかし、2人が話している間にブラウンの天気の魔法はすでに完成していました。
ブラウンは武芸はあまり上手ではありませんでしたが、ナハも同じく武芸を得意としません。2人が互角に戦っている間に、空を黒い雲が覆います。
そしてそこから、いくつもの雷がナハ1人に向かって落とされます。
とっさにルナがナハのまわりに結界を張りますが、大量の電力や魔力を含み強力になった雷は、それすら貫通します。
「あ、ああああああああ!!!!!!」
ナハは全身を駆け巡る電流と激しい痛みに悲鳴を上げて、そのまま落馬して動かなくなってしまいます。
「ちいっ!」
ルナはそれを見るやいなや、全速力で城門へ戻ります。ルナにも雷が仕向けられますが、それを間一髪で避けながらなんとか城門の中へ入ります。
ルナとブーンの首は無事城門の中に入りましたが、ナハは殺されました。ブラウンはその首を掲げて、勝利の賛美を張り上げます。
◆ ◆ ◆
マーブル家が攻め込んできてから2週間が過ぎました。
あの後も何人かの将軍が一騎打ちするものの、ブラウンの前には勝てないでいました。
それだけでなくブラウンは城壁の上に火の雨を降らせ、ハールメント王国の兵士たちを皆殺しにしていきます。
「昨夜の被害は何人だ?」
「はい、64人が死亡、1710人が怪我をしました」
側防塔の会議室で兵士からもたらされる数字は、マシュー将軍の表情を暗くします。
毎日こんな調子なのです。毎晩城壁近くに火の雨が降り、城壁の中に入っている人はアリサの防御魔法で無傷でしたが、屋上で監視している兵士たちが次々と死んでいきます。
「屋上で警備をしたがらない兵士が増えています」
また兵士はそう報告しました。マシュー将軍は先ほどにもまして眉間をしかめて、兵士に言います。
「それはならん。屋上に誰もいないと敵兵は夜襲を仕掛け、一夜のうちにこの城壁を突破するだろう。否が応でも警備しろ」
「ははっ」
兵士は会議室から去っていきます。マシュー将軍は窓の方へ歩いていって、敵陣を眺めます。
「‥‥魔術師を配置すれば雷にうたれ、配置しなければ火の雨で皆殺しにされる。我々の士気は確実に下がっている。ブラウンを倒すために、何とかできないか?」
テーブルの上で地図を広げているソフィーは、首を振ります。
「‥今考えているところですが、場合によっては魔王様に前に出ていただくしかありません」
「魔王様か‥‥もしものことがあれば我が国の最後だ。安易にお呼びしたくないのだが‥‥」
「それはそうです。しかしブラウンの雷は強力です。ルナさんの結界ですら貫通するほどの威力であれば、雷を防ぎつつ戦うのは無謀でしょう。敵が魔法を使ってから雲が空を覆い雷が落ちるまでには時間がかかりますので、その間に素早く敵を倒すしかないでしょう。しかし、それができる組み合わせが現状、最低でも3人必要なのです」
「3人か‥‥果たして敵は納得するかな」
2人かかりでブーンを倒したのはよかったのですが、そのせいで一騎打ちは1対2でやるものだという意識が双方の兵士に植え付けられてしまいました。そのおかげで、1対3の一騎打ちを仕掛けると敵から笑われ、味方からは恥ずかしいと言われてしまいます。
マシュー将軍は頭を抱えます。
「むむ‥1人倒したとはいえ、残り3人の将軍を組み合わせれば魔王様と比べられるほどの力を持っているだろう。それだけの力を持った人に将兵を好きなように殺されるのはかなわん。各個撃破したいところだが、仮にブラウンを倒してもオペリア、ウィルソンが残っている。ウィルソンに勝てる人は果たしているのだろうか‥‥」
ソフィーもため息をつきます。
「ブラウンは3人かかりで倒せますが、複数人の意識を一度に操作できるオペリア、複数人を一度に踏み潰せるウィルソンには、どれだけの将軍がいても対抗できないでしょう。ここはひとつ、将軍の撃破ではなく、兵士の消耗を狙って罠を仕掛けるのはいかがでしょう。相手にもブラウンがいてお互い兵士を消耗し合うことになるので、総力戦になりますが‥‥」
「それしかないのならそういうことだろう。敵の攻撃にも夕方や未明に空白時間があるだろう。そこに決死隊を送り込もう」
「それに賭けるしかありません」




