第161話 マーブル家の実力
翌日。やけどを押して巨人になったウィルソンは、壁に近づくと叫びます。
「おい、お前ら!壁に引きこもって守るしかできないのか?臆病者の集団だな、卑怯である!魔族はいつもこんなやり方しかできないのか?」
その巨人の声はすざましく、長城にいる兵士全員だけでなく、壁の内部にも透き通ったように響いてきます。
途中でマシュー将軍が城壁の屋上の廊下に出て何度か言い返しますがその全てはウィルソンの大きな怒鳴り声にかき消されてしまいます。ウィルソンによる一方的な攻撃に終始しました。
「むう‥‥」
ついにマシュー将軍は反論を諦め、怒り心頭でいる兵士たちが自分を止めようとする人混みをかき分けて側防塔の会議室に戻りますが、そこにも多くの将軍が集まっていました。
「どうした、お前たち」
「マシュー将軍、私たちは敵にあんなことを言われて我慢できないのですよ。あなたは人間だから分からないかも知れませんが、人間に見下されるのは魔族にとって大変な屈辱です」
「マシュー将軍、出撃しましょう!」
将軍たちが口々にやいのやいの言うので、マシュー将軍はやむを得ず出撃を決めます。
ただでさえ魔族は血の気が多いのです。このまま拒否し続けたら、逆にマシュー将軍が暗殺されかねません。そこはソフィーも折込済で、2人で相談して被害を最小限にできる編成で臨みます。
出たい人だけを出すわけにも行かなく、30万いるうちのほとんどの兵士を使っての出撃でした。
出陣のラッパが鳴らされます。総員が城門から細長い列を作って出てきます。
兵士たちを最初に襲ったのは、ブラウンによる火の雨でした。兵士や将軍たちが次々と悲鳴を上げて燃え上がっていきます。何とか走り抜けてそれを越えた先には、ブーン、オペリアが待ち構えていました。
オペリアはハープをひき、次々と兵士の精神を操って同士討ちさせます。自ら手を汚すことなく、次々とハールメント王国の兵士たちが倒れていきます。
ブーンは幻覚で兵士たちに偽の敵軍を見せてそれを追わせ、途中に仕掛けた落とし穴に落としていきます。
やけどしているウィルソンこそ出てこなかったものの、全て、何もかもが相手の思惑通りでした。
「退け、退け!」
マシュー将軍は出撃から1時間もしないうちに退却のラッパを鳴らします。
兵士たちが逃げるように城門へ入ってきます。
「逃がすな!城内に入り込め!」
オペリアの怒鳴り声とともに何人かの兵士がそこに紛れてきますが、魔族の兵士たちはそれを必死で追い払います。
やがて退却が終わり城門が閉じられる頃には、長城の前の荒野には死体が転がっていました。そのほとんどが、ハールメント王国の兵士たちでした。
「今日の被害はどのくらいだ?」
側防塔から出て城門近くの広場に並べられて横たわる負傷兵を見回りながら、マシュー将軍は近くにいる将軍に尋ねます。
「はい、およそ1万から2万人が死亡、負傷者は数え切れませんが10万に達する可能性もあります」
「やはりか‥‥」
マシュー将軍はそう言ってため息をつきながら、ケガ人の並ぶ痛々しい光景を見ていました。
後で将軍を集めて、宣言します。
「今後、どれだけの挑発や罵声があっても、私の命令には一切逆らうな。兵士たちも今日は身を持って知っただろう。明日からも敵は挑発してくる、お前たちの兵士に言って聞かせよ」
将軍たちはどれも、今日の出撃を後悔しているのか、表情を暗くしていました。
◆ ◆ ◆
その翌日以降も、挑発のあと、激しい攻撃の応酬が何日も続きます。
破城槌は使えませんから、マーブル家の兵士たちは次々と城壁にはしごをかけます。それを城壁の兵士たちは上から石を落としたり、火炎の魔法をかけたりして追い払います。大量の矢が飛び交い、大量の魔術師が動員されて相手を殺傷せしめます。
しかしそれでもマシュー将軍は、敵が移動して別の場所を攻撃してきたら城壁は破られるだろうと気をもんでいました。
側防塔の会議室で、ソフィーとともに次善の策を何度も話し合っています。
「先週の迎撃でも改めて分かったことなのだが、今回の4人は非常に強い。魔王様とアリサにしかかなわないのではないか‥‥」
「そんなに弱気にならないでください。ウィルソンをやけどさせたときのように、知恵を組み合わせれば必ず勝てます」
「そうはいうのだが、有能な将軍が2人かかりでないと相手にならないだろう」
2人で1人と戦ったほうが確かに効率はいいのですが、この世界の戦争では、1人の将軍を複数の将軍が一度に攻撃するのはマナー違反とされています。
「相手と力量の差が著しければ、助太刀してもよいという不文律があるでしょう。2人の将軍に向かわせましょう」
ソフィーの言う通り、2人分の力を持つとみなされた将軍は、複数人かかりで倒してもよいとされています。ベリア軍が攻めてきた時、ブエルノチャンとナトリが戦った時に割って入った将軍もその一例です。
「‥‥それもそうだな。敵の主力が東に集中しているうちに手を打ちたい」
◆ ◆ ◆
その翌日、マシュー将軍は敵兵が迫ってくるのを見ると、大声で呼びかけます。
「おい、お前ら!このまま戦っていても埒が明かない、一騎打ちで決着をつけるというのはどうだ?」
これを聞いた兵士の1人が、後方で指揮している4兄弟に報告します。
「申し上げます。敵が一騎打ちをしたいとのことです」
「なに、命知らずもいたものだな!この俺が相手してやろう!」
4兄弟の1人ブーンはそれを聞いて笑います。
「俺たちは普通の魔法使いより強い。敵は2人かかりで襲ってくるだろう。罠だったらどうする?」
オペリアがそう言ってたしなめますが、ブーンははははと笑って返します。
「オペリア、昔から思っていたがお前は臆病だ。少しは自分の力を信じろ。俺は行くぞ」
◆ ◆ ◆
城壁を攻撃するマーブル家の兵士は、もういませんでした。みな城壁から距離をとって、整列して並んでいます。
城壁の前へ来たブーンは、大声を上げて宣言します。
「俺はブーン・ハ・マーブルだ!相手したい奴がいるなら出ろ!どうせ2人で出てくるだろう?まとめて相手してやる!」
自分は2人の将軍にも勝るとアピールすることで、逆に敵の士気を削ごうとします。
マシュー将軍は、相手がブーンならばこの人、と決めた将軍を2人指名して、城門から出します。
乗馬している2人と1人が、両軍の兵士に見守られながら対峙します。
「俺はブーン・ハ・マーブル!命が惜しければ今すぐ戻ることだな!」
「わしはナハ・ウガールである。死ぬのはお前の方だ!」
「おいらはケビン・カーネルだ!降参するなら今のうちだな!」
幻覚を得意とするブーンに対し、マシュー将軍とソフィーは、相手の思考を読み取ることを得意とするナハ、武勇を得意とするケビンを送り出します。
相手が幻覚であればそもそも思考を読み取ることができないナハが、前線で戦うケビンをサポートする形です。
ブーンは早速幻覚を繰り出します。
ブーンの前に大きなコウモリが何匹も現れ、2人に襲いかかります。
これはもちろん幻覚ですが、実体を持っていると思いこんでしまっただけでダメージを受けてしまうのです。
ナハはすぐに幻覚と見抜きますが、ケビンがコウモリに体を叩かれ、必死で槍を虚空に向かって振り回します。
「ケビン、それは幻覚だ!」
「なに!?あ、ああ‥」
ケビンは肩の力を抜いて、そして槍を構えて集中して、ブーンだけを見ます。コウモリの攻撃による痛みがなくなってきます。
「ふん、後ろの奴は幻覚が見破れるのか。これは厄介だな」
ブーンはそう吐き捨てるように言うと、次々と幻覚を繰り出します。
ナハの幻覚です。
「な、なんだと!?」
ケビンはたくさんのナハに取り囲まれて戸惑います。
「ど、どれが本物だ!?本物が分からないと、幻覚の見抜きようがない‥‥」
「わしが本物だ!」
「いや、本物はこのわしだ、信じてくれ!」
「違う、わし以外はみな幻覚だ!」
幻覚たちが次々とそう言うので、ケビンは、この中に本物が混じっていたらと思うと味方を攻撃することもできずただただ困惑してしまいます。
「隙ありぃ!!」
ブーンはそこに馬を走らせて、ケビンの背中をひと刺しにして殺してしまいます。
馬から転げ落ちたケビンを見て、ナハは「あ、ああ‥」と声を出して、くるりと馬を一回転させて全速力で城門へ逃げていきます。
「はは、逃げやがったか、根性のない奴め」
ブーンはそう言って高らかに笑います。




