第157話 ソフィーの能力
「ところでソフィーよ、貴様の隣に男がいるのだが、そやつは誰だ?」
ソフィーの隣にもう1人、頭から大量の茎葉を髪の毛代わりに生やした男がひざまずいています。まだ成人していない少年で、顔からはりりしさと同時にいとけなさも見えます。
ソフィーが説明します。
「はい、この方は私の遠い親戚で、カインといいます。私が魔王様にお仕えするという話を聞いて自分も仕官したいと言い、一緒に参りました」
「カイン・ナハルボです。よろしくお願いします」
「ナハルボ‥か」
ヴァルギスは少し驚いたように背を引きつらせて反応します。
家臣たちがまたざわめき始めます。お互いにヒソヒソ話をしたり、カインを見つめたりしています。
ナトリはまた空気が変わった理由についていけず、隣の家臣に尋ねます。
「失礼、あのカインという人は‥‥」
「ああ、ナハルボ家は初代魔王ウェンギスにお仕えした伝説の魔法剣士と言われています。1人で一瞬のうちに100人の人間を斬り倒し、地上戦闘で常に相手を圧倒したという伝説が残っています。その末裔なのかと‥‥」
周りが騒ぐ中でもカインは落ち着き払った様子で、淡々と説明を続けます。
「我がナハルボ家も、ノデーム家と同じ理由で名を変え代々潜んでおりました」
「貴様は武闘大会に出なかったではないか。それだけの力があって、なぜ出ないのだ?」
「私は賞金が欲しいわけではありません。ナハルボ家に代々伝わる魔剣は、金のような俗なもののためではなく、もっと大きな志のためにあるものと教えられてきました。初代魔王ウェンギス様は人間を食べるなど人道に外れたおこないをしたため私のご先祖様は魔王のもとを去りました。しかし今の魔王様は正義と人権と平和を掲げ、人道に外れたおこないを繰り返すウィスタリア王国を討伐しようとしているとお伺いいたしました。これは我が家の家訓に最もかなう力の使い方でございます」
「なるほど、分かった」
ヴァルギスは嬉しそうな様子で、それでも冷静を装ってうなずきます。
◆ ◆ ◆
ソフィーは早速、軍の訓練の様子を視察すべく、城内の闘技場に来ました。ここは決闘大会でも使われていますが、かなりの広さがあり小規模な戦闘も本気でできてしまうほどのものだったため、兵士の訓練に使われることも多いのです。
グラウンドの横に指揮官用の台があり、マシュー将軍が旗を振って号令しています。ソフィーは真剣な眼差しでそれを眺めます。
兵士たちが規則正しく整列し、槍を構えて掛け声を出して走り出して止まります。それを一列ずつ繰り返します。その他にも、マシュー将軍は様々な訓練をしました。行軍、展開など。
一通り見て、ソフィーはうなずきます。
「基本的なところはできているみたいですね。兵を上手く扱うには、日頃からの訓練が不可欠です」
「ありがとう」
マシュー将軍はそう返しますが、内心ではソフィーのことを疑っていました。いくら、かの名家ノデール家の末裔だとしても、こんな年端も行かない少女がその才能を受け継いでいるのか、にわかには信じられなかったのです。
一方でソフィーも、マシュー将軍の言動の1つ1つからそれを感じ取っていました。おそらく次の戦争で自分に与えられる裁量はそんなに大きくないでしょう。ですが、今はそれでいいです。最初から全面的に信用されるとは思っていません。こつこつ積み上げていきましょう。
ソフィーは次に、マシューに別室へ連れてこられます。1つの大きなテーブルがあります。テーブルの上には、何枚もの紙が置かれています。この紙には、ハールメント王国に所属する将軍の名前や特徴、得意とするもの、苦手とするもの、前回のベリア軍との戦闘の時に何をしたかが書かれています。
2人は椅子に座って、マシュー将軍がソフィーに書類を見せます。ソフィーはそれを一枚一枚確認して、随時マシュー将軍に質問します。マシュー将軍も、ソフィーが読んでいる紙を指差しては補足説明するのですが、説明しているうちに、マシュー将軍はソフィーの実力を今すぐ試したいと考えるようになりました。
ソフィーが読み終わり、紙を束ねたところでマシュー将軍はソフィーに声をかけます。
「なあ‥」
「マシュー将軍」
ソフィーは遮るように返事しました。
「ナトリという将軍を前線で使うべきではありません」
「なに?」
「ナトリさんは、武闘に優れていますが、外交や内政にも優れています。そのような人を前線に出しておいて万が一戦死することがあれば、それこそこの国にとっての損失です。戦闘能力は確かに前線向けでしょうが、長い目で見れば中衛に回したほうが国益にかなうと考えます」
「あ、ああ、確かに‥‥」
「それから、次にハルダという将軍ですが‥‥」
ソフィーは紙を一枚も見ていないのに、まるで暗唱しているかのように1人1人の特徴を並べ、気になった者については意見をつけます。そのほとんどが、マシュー将軍も納得するものでした。
「最後にアリサという将軍ですが、彼女は万能で、単体で敵軍を滅ぼしかねないほどの実力を持っています。しかし積極的に使うべきではないでしょう。さもないと軍全体の士気が落ち、かえって敗北の危険性を高めます」
「完璧だ。私も魔王様も同じ意見を持っている」
マシュー将軍は舌を巻きます。しかしソフィーはそこで終わらず、さらに話します。
「私はこの人を決闘大会の決勝で見ましたが、動きに無駄が多いです。せっかく魔王様を上回る魔力を持っていながらそれを活かしきれませんでした。アリサさんが魔王様に負けたのは必然です。確かに彼女の持つ魔力は未曾有ですが、つけいる隙はまだ残っているはずです。精神面でも問題があります。この人は強敵との一騎打ちに起用するのもありですが、弱点が克服されるまでは奇襲隊への起用や、前線に出る将軍の強化など後方支援をメインにすべきです」
「ちょっと待て、アリサが魔王様の魔力を上回ると誰が言っていた?」
「私たちは軍略家の特技の1つとして、人に対する鑑定という特殊な能力を持っています。アリサさんの持つ魔力は、魔王様の力をいくらか超えていました」
「むむ‥‥」
「ただ、魔王様の力を上回ると確定させてしまうと、無用な混乱が発生しかねません。魔王様の権威にも関わります。国家機密にすべきでしょう」
「う、うむ、そうだな」
嘘を言っているようには見えません。それよりも人の扱い方をよく分かっていて、人を鑑定する能力まで持ち合わせていて、的確にアドバイスしてくるソフィーが自分と離れた場所にいるかのような錯覚を覚えました。
マシュー将軍は兵の統率、敵の動きを見た臨機応変の対応が得意です。兵法についてもいくらか覚えはありますが、人を見る目はソフィーのほうが自分より上です。ソフィーを参謀として用いようと決めました。
マシュー将軍は次に、机の上に大きな地図を広げます。王都ウェンギスと周辺都市の地図です。
「敵は今、ここへ向かってきている。どこから攻めると思うか?」
「ここでしょう」
ソフィーは的確に、長城の東の方を指差します。
「そうだ、そこだと思っている。私たちは籠城しようと考えているが、何か思うところはあるか?」
「はい。この周辺の長城は強化していますか?」
「うむ。その部分の強化は、アリサに担当してもらった」
マシュー将軍は、大体ここからここの辺り、と手で長城を区切って教えます。
「なるほど。城壁の補強は完璧と思ったほうがいいですね。敵将はどのような魔法を得意としますか?」
「敵将はマーブル家だ。敵将の能力には未知な部分も多く、いま追加で斥候を放っている。ただし前に送った斥候からの報告によれば、1人は火の雨を降らせ好きな場所に雷を落とすことができるようだ」
「天候操作系の魔法ですか。厄介ですね。その雲を打ち消せるのは魔王様かアリサさん、さもなければアズツさんを始めとした数名の将軍が協力してやっと防げるでしょう」
書類で1人1人の将軍の能力を確認しただけでなく、複数の将軍の力を組み合わせた場合も頭に入っているようです。マシュー将軍はソフィーの能力を内心で称賛しつつ、さらに質問します。
「この長城を突破された際の軍の展開はどうすればいいと考えているか?」
「それでしたら‥‥」
マシュー将軍は、ソフィーの話にすっかり聞き入ってしまいました。ソフィーのことをすっかり、軍略に秀でた面白い話ができる人だと納得していました。
ソフィーは、マシュー将軍の質問に1つ1つ丁寧に回答し、そのたびにマシュー将軍をうならせます。ソフィーとマシュー将軍の会議は夜遅くまで続きました。




