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第156話 初めて人を殺しました

「もう一度聞く。貴様には守りたいものがあるか?」

「私は‥お姉様やナトリちゃん、ラジカちゃんとハギスちゃん、まおーちゃんと一緒にいられるこの日常を守りたい。それだけじゃないよ、誰もが笑顔で暮らしていけるこの世界を守りたい」


私は意識して話したわけでもないのに、気がつくとそれが口から出ていました。自分でも驚いてしまって、また手で口をふさぎます。

しかしヴァルギスは私を慰めるように、肩を叩きます。


「それは、他のものを犠牲にしてでも守るべきものか?」

「‥‥うん。まだ納得はできないけど‥‥」


私は涙をしわりと頬につたらせながら、うなずきます。


「それでよい。一度に全部を守ることは、貴様であろうと不可能だ。仮にこやつらの命が助かったとしても、また命をかけて襲ってくるだろう。それだけ、命をかけて守りたいものがあるということだ。そんなことに構うよりも、自分の信念を忘れるな」


ヴァルギスはそう言って、横に立っている私を見ます。‥‥正確に言うと、私の後ろにある何かを見ています。

私がそれに気づいてヴァルギスの見ている方を向くと、そこには半分くらいしか燃えていない幕舎がありました。半分になった幕舎を覆っていた布切れが、微かに動きます。

風でしょうか‥‥最初はそう思いましたが、いきなり布がはたけて、中から剣を持った、ウィスタリア王国の鎧を着た兵士が現れます。腕や胴体には大量の包帯が巻かれているのが見えます。


「生き残りか‥大方、陣を片付けている兵士ともが治療したのだろう」


ヴァルギスはそうは言いますが、兵士は明らかに殺意のこもった顔で、私たちを睨みます。

剣を私に向けて、言います。


「お前は誰だ?」


突然の質問に私が答えるのをためらっていると、隣りにいるヴァルギスが私の肩を叩いて、代わりに答えます。


「ベリアを倒したアリサ・ハン・テスペルクだ」

「えっ、ちょっと‥」


戦闘はもう終わったよね?と言いかけましたが、兵士はヴァルギスの紹介を聞くやいなや、剣を振り上げて私に襲いかかります。


「ああっ!?」


不意をつかれましたが、何とか結界を作って兵士を止めます。


「まだまだあ!」


兵士は剣を振り回し、何度も結界に切ってかかります。

傷が開いたのでしょうか、包帯が赤くなっていきます。


「やめて!それ以上動かないで!」


私は叫びますが、兵士はなおも結界へ全力で攻撃し続けます。


「お前のせいで負けたんだ!せめてお前に攻撃を入れられないと‥‥死んでいった仲間たちに申し訳がつかない!」

「お願い、降参して!」

「俺はここで死ぬんだ!どうしたお前は、襲ってこないのか!」

「え、ええっ‥」


困惑する私の結界を容赦なく斬りつける兵士の体からぽたぽた血が流れて、地面を流れます。

それでも兵士は全力での攻撃をやめません。

兵士の動きはみるみる弱っていき、動きもおぼつかないものになります。


「やめて‥‥」

「いい機会だ、楽にしてやれ」


隣のヴァルギスが腕を組んで言うので、私はさらに混乱してしまいます。


「今こやつを回復したところで、死ぬまで貴様の命を狙い続けるだろう。こやつは苦しみながら貴様に攻撃している。今すぐ、楽にしてやれ」

「そんな‥‥」


私はまた涙を流します。

目の前の兵士を助けてあげられない悔しさ。歯がゆさ。

結界をガンガン切る音がしばらく響きます。

兵士の片腕の肘から先が少しずつぶらぶら揺れるようになり、やがてもげ落ちます。

歯から血を流しても、兵士は攻撃をやめません。むしろ殺気が強くなってきています。


見るにも堪えない姿になっています。

このまま苦しみながら私を攻撃し続けるのでしょうか。

死ぬより辛い苦しみをもってなお、私を攻撃し続けるのでしょうか。

私は手をぎゅっと握ります。


「‥ごめんなさい」


私の魔法による風の刃が、その兵士の頭を胴体から切り離します。

同時にその胴体は崩れ落ちて、動かなくなります。

首がトンと地面に落ちて、転がります。

私は結界を解除しますが、泣きじゃくって地面にひざを落とします。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥‥」


特に体を動かしたわけでもないのに、息が荒くなっています。

目から大量の涙が溢れ出ます。


ヴァルギスはしゃがんで、また私の背中をなでます。


「分かったか貴様、これが戦争だ」


◆ ◆ ◆


城に戻った後、私はヴァルギスにお願いしました。

メイ、ナトリ、ラジカとは別に、私1人だけの狭い部屋を与えてもらいました。両腕を伸ばせば両方の壁を同時に触れそうなくらいの狭さです。ベッドもみすぼらしいです。あえてその部屋にしてほしいと、私から望み給仕用の部屋を貸してもらいました。

食事もその部屋に運んでもらいます。部屋には窓がついています。その窓から、三日月が顔を出します。


私はしばらく1人になりたかったのです。私は人を殺してしまって人として汚れてしまったので、メイ、ナトリ、ラジカと顔を合わせることはできないと思ったのです。そして、マシュー将軍やヴァルギスにさえも。


私は窓の近くに椅子を移し、月を見上げていました。

私の守りたいものはありますが、それを守るために犠牲が必要なこと。その犠牲を私自身の手で作っていかなければいけないこと。何もかもが初めてで、新鮮な経験で、刺激的で、そして私が今まで持っていた概念を真っ向から否定します。

ヴァルギスの言いたいことは分かりました。ただ、まだ頭の整理ができません。

1人になって、頭を整理する時間がとにかく必要でした。


◆ ◆ ◆


ヴァルギスが、次のウィスタリア王国軍が向かってきているのを知ったのは、その1週間後でした。

軍はすでにハノヒス国に入っており、ハールメント王国の国境まであと数日といったところです。

ヴァルギスはまた、大広間に家臣たちを集めて緊急会議を開きます。


「斥候によると、敵将はマーブル家とのことだ。すでにハノヒス国で魔法を使い、いくつもの町を壊滅させているそうだ。マシュー将軍、マーブル家についてはどのような対処がいいと考えるか?」

「はい。長城の中に籠城すべきと考えます」

「なるほど。今回もラジカを使おう。ナトリよ、ラジカに伝言を頼む」


話し合いの結果、迷彩のフートローブに身を包んだラジカが4人の供を連れて、マーブル家の軍隊にカメレオンを放つべく王都ウェンギスを出発しました。

他の者達は城壁を補強し、兵士たちを訓練し、鼓舞し、きたるべき時に備えました。


そんな中、ヴァルギスへの謁見を望む魔族が2人現れたので、ヴァルギスはこれを大広間に通しました。

2人は、ヴァルギスの前にひざまずきます。うち1人は、頭から2枚の葉っぱが生えている植物系の魔族の少女でした。


「ああ、誰かと思えばソフィー・タスクではないか。顔を上げよ」


ソフィーとは、決闘大会で格上相手に互角の戦いを繰り広げ、ヴァルギスに認められた人物です(第5章参照)。しかしヴァルギスからの登用を、「魔王に仕えないという家訓があり家族と相談したい」という理由で保留していました。


「家族から許しは出たのか?」


ヴァルギスが尋ねると、ソフィーは控えめな笑顔で「はい」とうなずきます。


「大変お待たせいたして申し訳ございません。祖父の説得に時間がかかりました。ウィスタリア王国を滅ぼす覇業を達成するまでの間、特例で仕官のお許しが出ました」

「そうか」


ヴァルギスは返事します。


「この者は誰なのですか?」


ケルベロスが尋ねるとヴァルギスは「うむ」と言って、紹介します。


「こやつはソフィー・タスクという。この前の血糖大会で格上を次々と負かし、準決勝まで来たものだ。その才能を生かしてほしいと思って妾が誘ったのだ」

「魔王様」


ソフィーがヴァルギスの話の直後に繋げるように発言します。


「どうした?」

「私は魔王様にお仕えしている間、名前を変えることにいたしました」

「ほう。どのような名前にするのか?」

「はい。ソフィー・ノデールとお呼びください」


ノデールの名を聞いて、家臣たちがざわめきだします。

ナトリは気になって近くの家臣に尋ねます。


「どうしてみんなは騒いているのですか?」

「ノデール家はこのハールメント王国の創始者であり初代魔王ウェンギスの覇業を支えた伝説の軍略家です。あの少女が、それと同じ名前を名乗っているのです」


ナトリは驚いて、ソフィーを見つめます。


「ふふ、反応は上々ではないか。伝説の軍略家ラムザス・ノデールの末裔、ソフィー・ノデールよ」


味方を信頼させ、敵を怯えさせるためにソフィーは名前を変えたのでしょう。早速効果が出始めています。

大広間の空気の変化を感じ取ったヴァルギスは、笑ってうなずきます。

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