第14話 魔王が勝負を挑まれました
なんだかんだあって、入浴を終えて、弁当も買ってきました。
「んー、まおーちゃんが来たのは昨日だったね。昨日からの間にいろいろあったね」
「うん、臨時休校があったり、騒動があったり、本当に2日で全部起こったの?って感じ」
ふわふわ浮きながら移動している私を挟むように、ニナとまおーちゃんが寮の廊下を歩いています。
「妾が国に帰れば全部解決すると思うんだがな」
「えーっ、帰らないでよーまおーちゃん!」
「はは‥」
ニナは、もう諦めたと言いたげに笑っています。
「‥あっ、ナトリちゃんだ」
向かいからナトリが歩いてきます。薄い緑色の髪に、三つ編みのポニーテールをしています。ちなみに、頭に2つのきつねのような耳が生えています。獣人なのです。寝る前のトイレに行っていたところでしょうか、眠たげにしています。
そういえば、今日の昼に、まおーちゃんとのお買い物に誘おうと話していたところでした。ついでに声をかけてみましょう。
「おーい、ナトリちゃーん!」
私がぶんぶんと手を振ると、ナトリは握りこぶしで構えを作ります。
「‥むっ、誰かと思えばテスペルクではないか!ここで会ったが百年目!!」
「もう、ナトリは何でアリサには喧嘩腰なの?」
ニナが呆れてつっこみます。
「テスペルクは昨日の授業で魔王を召喚したそうじゃないか!ナトリは子供のドラゴンだけで精一杯だったのに!」
「いやいや、それでも十分すごいから!ドラゴンは成長したら超強力になるじゃん。伸びしろがあるってことだよ〜」
「ニナの発言は求めていない。おい、テスペルク!」
ナトリは私に詰め寄ります。
「勝負だ!テスペルクの使い魔とナトリを勝負させろ!さすがにテスペルクとの直接対決ではかなわなかったが、せめて使い魔の一匹や二匹!ナトリが同じ歳のテスペルクの使い魔に負けるはずがない!魔王はどこだ?魔王を出せ!」
「な、ナトリ、それ以上は黙ってたほうがいいと思うよ‥‥」
ニナが引き気味に言いました。
その場にいたまおーちゃんは、笑いをこらえている様子です。自分から名乗らないのは、ちょっといじわるなのでしょうか。
「えー、まおーちゃんがいいって言ったらいいけど?」
「使い魔の意見は求めていない!使い魔は主の持ち物だろう?主であるテスペルクが承諾すれば済む話だ!さあ、ナトリと勝負させろ!」
「そんなこと言われても、まおーちゃんはまおーちゃんだし‥ねえ、まおーちゃんはどう?」
そう言って、私はまおーちゃんを向きます。まおーちゃんは「ふふふ」と震えながら失笑しています。
「こいつがテスペルクの使い魔か?」
「うん、そーだよ」
「おい、テスペルクの使い魔!ナトリと勝負しろ!」
「ナトリ、ちょっと黙ったほうがいいんじゃないかなって‥」
「外野は黙ってろ!」
「ふふ、はははっ!!」
まおーちゃんが耐えきれずに破顔します。
「ひっ!」
ニナは顔を真っ青にして、廊下の壁にぺたりと張り付きます。
「人間はみな妾に恐怖するが、貴様は骨がありそうだな。どれ、妾にどこまで耐えられるか見ようではないか」
「いい度胸だ、使い魔風情が、テスペルクに次いで学年ナンバー2と言われるこのナトリ・ル・ランドルト様に敵うはずがないだろう!明日、広場に来い!」
「いや、その必要はないだろう」
まおーちゃんはあっさり否定して、それからナトリを目でにらみます。
まおーちゃんの周りに、黒いもやが現れます。
透明だった空気が少しずつ黒ずんでゆき、やがて漆黒に染まります。
暗黒のオーラを纏ったまおーちゃんが、ナトリに向かって、一歩一歩踏み込みます。
「なっ、うっ、うう‥っ」
圧倒的能力差があり敵う相手ではないと本能が認識してしまったのでしょうか。ナトリはぺたんと尻餅をつきます。それと同時にまおーちゃんの黒いオーラは、爆ぜたように消えました。
「明日広場に来いと言ったな?妾は別に受けて立ってもいいのだが?」
「ううっ‥戦略的撤退という言葉があってな」
「ほう、それは便利な言葉だな。よい、妾も鬼ではない。そのまま言い訳を続けたまえ」
まおーちゃんは大きく目を見開いて、ギロリとナトリを睨みつけます。
「ううっ‥覚えていやがれ!!」
ナトリはまおーちゃんに怒鳴りつけるように立ち上がると、逃げの姿勢を作ります。
「ちょっと待って!」
私がナトリの腕を掴みます。
「何だ、テスペルク?このナトリに何の用だ?」
「まおーちゃんの服を買いに行くの!明日かあさって、一緒に行かない?」
「何だと!?ナトリにファッションで勝負を挑むというのか!?」
「そこまでは言ってないんじゃないかな‥」
「ニナは黙ってろ!‥‥うむ、いいだろう。明日は学校があるから、あさってだな!首を洗って待っているんだな!」
ナトリはぴしっと私を指差してから、その姿勢のまま後ろへ逃走します。
「ははは、面白い奴もいるのだな」
まおーちゃんが大笑いしています。
「ナトリちゃん、ちょっと変だけど、本当はいい人だよ!それで、服を選ぶのも大好きなんだ。まおーちゃんの気に入る服が、きっと見つかるはずだよ!」
「うむ。あさってだな。妾も人間の町には興味がある。これまでは首脳会談で行くときの通り道でしかなく、普段の生活は見ていなかったからな」
「まおーちゃんはそれしか服ないから洗濯もできないしね。服、いっぱい買おうね!」
「う、うむ‥多く買っても貴様が後悔するだけになると思うが‥」
「そんなことないよ、ねえニナ!」
「あ、うん‥そ、そうだね」
なんだかんだあって、ニナとも「じゃあまた明日」と別れて、自分の部屋の前へ戻りました。
「さあ、寝るぞー!」
魔法でドアを開けました。
「‥ん?」
部屋の中に誰かが立っているのに気付きました。耳が生えています。獣人でしょうか。‥‥いえ、狼です。狼が立っています。
「魔物だよ!まおーちゃん、危ないから私が倒すね!」
「妾を誰と心得る、まったくもう。それに、こやつを倒す必要はない。妾の知り合いだ」
「へっ、知り合い?」
「正確には部下だがな」
そう言って、まおーちゃんは私の前へ出ます。
『ハンダウィンよ、よく来たな』
「えっ、まおーちゃん今何て言ったの?」
「魔物に通じる言葉だ。貴様には魔物の鳴き声にしか聞こえないだろうがな。それと、部屋の明かりはつけるでない。こやつは光が苦手だ」
そう言ってまおーちゃんは、部下という狼男へ歩み寄ります。