第152話 夜襲しました(2)
私とベリアを囲むウィスタリア王国の兵士たちは、私の率いる兵士たちがどかします。ベリアを生かして捕縛するためです。
「アリサというと、1億ルビの賞金首ではないか。武器はないのだな」
「はい」
「参る!」
そう言ってベリアは刀で虚を切ります。
が、私の無敵の結界はその刀による重力の魔法を通しません。私はまったくの無事です。代わりに、私の周りにいる兵士たちから2〜3人くらいが空高く跳び上がります。
「効かぬか、なら‥ん?」
ベリアは猛烈な眠気を感じます。「ああああぁぁぁぁ‥‥」と、寝てはならぬと大声を上げてみるものの、その声は次第に弱くなり、すぐに意識を失って馬に抱きつくように寝てしまいます。
「捕らえてください」
私が兵士たちに命令するのと、どこからか飛んできた矢がベリアの馬の腹を直撃するのとが同時でした。
馬は暴れだし、それを取り囲む兵士たちを次々と倒します。
「慌てないで、馬も眠らせるから‥」
私は馬に対し無詠唱の魔法を執行しようと馬の目を見ようとしますが、馬は私の視線を振り切って、私に尻を見せて、寝ているベリアを乗せたまま向こうへ全速力で駆け出します。
「あ、ああっ、待ちなさい!」
私は馬をいくらか走らせますが、ベリアの馬が速すぎるのと、自分の率いる兵士たちを見失いたくないのとで、結局途中で戻ってしまいました。
自分の兵士たちと会話して安否を気遣いながら、私はそっと、ベリアの逃げた後ろを振り向きます。
敵将を逃してしまいましたが、これで大丈夫なのでしょうか。殺さなかっただけ、よしとしましょう。
私率いる100人の兵士たちは、うち10人程度がベリアにとばされ残り90人になりましたが、士気は問題ないようでした。私は周りの様子を見て、敵の多い場所へ馬を走らせて兵士たちを次々と風の魔法で向こうへふっとばします。
同時刻、ハノヒス国から駆り出された兵士たちが反乱を起こし、左翼の大将ホタリアは後ろから不意打ちにあって殺され、他の左翼の兵士たちも次々と殺されていきました。
反乱軍は、夜襲隊が襲撃中の中翼の陣を攻撃します。夜襲隊と反乱軍に挟み撃ちにされる格好となり、ウィスタリア王国側の兵士たちをさらに混乱に陥れます。多数の兵士たちが簡単に殺されていきます。
右翼の大将ブエルノチャンはこれを助けに駆け出そうとしますが、右翼の中にいくらか混じっていたハノヒス国の兵士も左翼に呼応して反乱を起こしました。かがり火の中で敵味方の区別ができず、右翼は同士討ちを起こすなど大変混乱しました。
「‥夜襲もいい時間だな。敵は混乱状態に陥り、退却を余儀なくされるだろう。私たちの役目は終わった、退こう」
マシュー将軍はそう言って、近くの兵士に命令します。その兵士たちはラッパを吹きます。引き揚げの合図です。
兵士が次々と陣の外へ引き揚げていきます。私の部隊もそれについていって、ウィスタリア王国の陣から退却します。
「待てええええええ!!!!!!!」
後ろから大きな怒鳴り声がしたので、私たちはびくっと振り返ります。
そこには、1つの大きな馬に乗った大男がいました。片手には、長く太い槍が握られています。
男は、槍を私たちに向けて怒鳴ります。
「ここにナトリ・ル・ランドルトはいるか?」
「えっ、ナトリちゃんなら‥」
私が答えようとすると、私の兵士が下から注意します。
「あれは敵将です。構う必要はありません、アリサ将軍が相手してください」
「ううっ、わ、分かりました」
私はそう言って、馬の手綱をぎゅっと握って、叫びます。
「私は魔王様の家臣、アリサ・ハン・テスペルクです。私が相手します」
「お前はいらん!ナトリを出せ!」
男は勢いよく馬を走らせ、集る兵士たちを槍で蹴散らし、私のすぐ横を猛スピードで走り抜けます。
「ま、待ってください!」
私が後ろから追いかけますが、その大男は次々とハールメント王国の兵士たちを蹴散らし、敵中を単身で駆け抜けます。勢いがありすぎて誰にも止められません。そして、ひとつの馬を見つけます。
「お前は誰だ?」
「ナトリ・ル・ランドルトなのだ」
馬に乗っているナトリは即答します。持っていた大きな魔剣の柄を両手で割り、剣と杖に分けて準備します。
大男は叫びます。
「俺はブエルノチャン・ウル・ザクニメントである。お前は我が弟ダゲルテを殺した、その敵をとらせてもらう!」
「なんだと!?」
マシュー将軍から気をつけろと言われていた男その人でした。ナトリは驚きますが、今更退くわけにはいきません。脚を使って馬に命令し、ブエルノチャンのところへ突っ込ませます。
ブエルノチャンは頭上で槍をぶんぶん回します。
「いかん!力量の差があると見た、俺が助太刀する!」
近くにいた別の将軍がそれに気づき、横から殴りかかろうとしますが、ブエルノチャンは長い槍を風のように振り下ろします。鋭い刃のような猛風が発生し、その将軍を縦に、真っ二つに裂きます。
「な‥っ」
それを見たナトリは怖じ気つきますが、逃げようにも逃げられません。ブエルノチャンに背中を見せるのはかえって危険です。
ブエルノチャンは、将軍を1人殺した後、ナトリをぎろりと睨みます。
「お前は殺す!絶対殺す!弟の恨みだ、死ね!!」
そう言ってブエルノチャンは槍を振り上げ、そしてナトリが急いで杖を掲げ呪文を唱えている間に、勢いよく振り下ろします。
巨大な、そして紙より薄く鋼より硬い風の刃が、猛スピードでナトリを襲います。
周りにいる兵士たちは、誰もがナトリの終わりだと思いました。
「な‥なっ!?」
振り下ろしたブエルノチャンは、目を丸くします。
ナトリの馬は真っ二つに割れますが、肝心のナトリには傷一つついていません。崩れ落ちる馬をかわして着地します。
ナトリ自身も驚いた様子でしたが、すぐにふふっと笑います。
「テスペルクの奴、これは強化しすぎなのだ」
夜襲を始める前に私がナトリを強化していたのが効きました。ブエルノチャンはそれでも怯まず第2第3の刃を振り下ろしますが、ナトリはそれに臆せず、長めの呪文を詠唱します。
「デイケイ」
詠唱の終了と同時に、ブエルノチャンの持つ槍の柄が急に粘土のようにもろくなり、手を握ったところから崩れ落ちます。
「な‥くそっ!お前を殺すのはまた今度だ!」
そう言って武器をなくしたブエルノチャンが踵を返そうとしたタイミングで、ナトリは右手の剣で馬の脚を1本切り落とします。
「うわ、わっ!?」
脚を1本失って馬がバランスを崩し、ブエルノチャンが落馬します。ナトリは素早くそのブエルノチャンの胸に片足を乗せ、喉元に剣の先を突き出します。
ナトリはそこではっと思い返して何か言おうとしましたが、ブエルノチャンの手がナトリの足をつかもうと動いていたのを見るやいなや、躊躇なくその剣を突き刺します。
喉元を掻っ切って、その髪の毛を掴んで持ち上げます。
「敵将ブエルノチャン・ウル・ザクニメントは、このナトリ・ル・ランドルトが討ち取ったのだ!」
周りはハールメント王国の兵士たちで囲まれていました。兵士は一斉に歓声を上げ、ナトリの功績をたたえます。
ブエルノチャンの馬は大きくナトリが操れるものではなかったので、ナトリは兵士たちに予備の馬を持ってきてもらい、それに乗って自分の陣へ向かいます。
一方で私は、私の友達が一人の人間を殺すところを近くで見て、しかも私のナトリを守るためにかけた強化魔法が人殺しに利用されるのを見て、胸が締め付けられるような、そんな思いを抱えながら、90人の兵士を引き連れて、歩兵のスピードにあわせて馬を進めます。夜襲では劇的な成果を収めたのが見て分かりますが、私の表情が晴れることはありませんでした。
勢いよく燃える幕舎たちに囲まれた空間を抜け、自分たちの陣に戻るべく、明かりのない暗闇へ進んでいきます。




