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第151話 夜襲しました(1)

ベリア軍30万人のうちの3分の1にあたる10万人の兵士は、ハノヒス国から無理やり徴兵された人たちが占めています。自国ならともかく、外国の軍隊の一部として無理やり組み込まれたのです。彼らの士気はほとんどありませんでした。

彼らの多くは左翼の軍に配備されましたが、士気のない兵でまともに戦えるはずもなく、大敗を喫していました。ハノヒス国出身の人たちも多くが殺されました。

ハノヒス国の兵士の中でも特に身分が高かったり、財産の多かったりする人が暫定的なリーダーとして10万人をまとめ、ベリアから指示を聞いて兵士たちに伝えていましたが、彼らですらやる気はほとんどありませんでした。幕舎に集まって相談します。


「なあ、この戦争が終わったら本当に我々はハノヒス国に戻れるのだろうか?」

「この戦争も敗戦濃厚だ。もしかしたら我々のほとんどは帰ることなくここで死ぬかもしれない」

「なんて理不尽な‥‥外国の軍の兵隊として組み込まれた挙げ句、魔族の土地で皆殺しにされるのか‥‥」


何度となく繰り返されてきた会話でした。ラジカのカメレオンもこのリーダーたちの会話を見逃していませんでした。なのでラジカは今回の夜襲に反対しませんでした。

幕舎でこのような悲観的な空気が漂っているところで、一人の兵士が扉となる布をかき分けて、入ってきます。


「申し上げます。1人の怪しい男を捕らえましたが、ハノヒス国の出身と名乗っていて、あなたたちに伝えたいことがあるそうです」

「なに‥‥武器がないか確認した上でここへ通してみろ」

「ははっ」


こうして、その男はリーダーたちの幕舎へ通されます。

ちょうどマシュー将軍の兵士たちの中に、ハノヒス国出身の人間がいたのです。その人が密使として選ばれました。

密使はリーダーたちに、マシュー将軍が人間語で書いた手紙を差し出します。


「‥‥なに、なになに」

「何て書かれている?」


他のリーダーが聞くと、手紙を読んだ人は答えます。


「魔族たちが我々を助けてくれるそうだ」

「えっ?」

「魔族に協力すれば、我々ハノヒス国の兵士の分の給料を肩代わりで払ってくれるし、即刻国へ帰してくれるそうだ。どうする?」


リーダーたちは顔を見合わせます。密使はとりあえず別の幕舎へ移されて待たされ、その間にリーダーたちが議論します。


「魔族の言うことなど信じられない、あいつらは300年前に我々ハノヒス国の人間を虐殺した。その恨みは今も忘れていない」

「だが、今の魔王になってから人間に優しくなったと聞いた。現に敵軍は人間であるマシュー将軍が指揮を取っている」

「このままベリア軍の兵士として動いても、いずれ魔族に殺されるだけだ。我々には、ベリアに対する恨みもまたある」


リーダーたちはそのあともいくらか話し合いますが、マシュー将軍に従おうという空気が支配的でした。再び密使が呼び出され、協力すると返答します。


「我々の提案を受けてくださり、ありがとうございます。それでは我々にご協力ください。午前1時に反乱を起こしてください。私たちはあなたたちの反乱を支援します」

「分かった」


◆ ◆ ◆


午後23時をすぎたあたりでしょうか。私たちは仮眠を終え、夜襲の準備をしていました。

後陣の中で兵士たちが整列します。私に与えられた100人の兵士たちは、みな武装しています。魔法ではなく剣で戦うタイプのようです。

私は初めての兵士を持つことで緊張していました。人に命令したことは何度かありましたが、これだけの大人数を引率するのは初めてです。他の人達は1000単位の兵士を連れていて、ルナなんかは3000人も率いています。あらためて、何のためらいもなく大勢の兵士たちを死地へ連れていける勇気はすごいと思いました。

私は、この100人が可能な限り生きて帰れる方法を考えておいていました。おそらくこの人たちに人を殺すなと言っても、全員がそれを実行するのは不可能でしょう。かえってこの100人の中から死者が出かねず、本末転倒です。それは分かっています。100人に、相手の生命を奪うなと命令するつもりはありません。でも、自分だけは人を殺さないようにしましょう。それがせめてもの償いです。

私は馬に乗り、整列した100人の兵士たちに声をかけます。


「私が今回の夜襲であなたたちの主将を務める、アリサ・ハン・テスペルクです。よろしくお願いします。私たちはこれから決死隊となり、敵将ベリアに一目散に突っ込みます。場所は‥‥ベリアの周りにいる兵士たちがとばされるので分かりやすいと思います。私に付いてきてください」


兵士たちの反応を確認します。私の言っていることが伝わっているかちょっと心配でしたが、この様子なら大丈夫そうですね。


「これからあなたたちに防御強化の魔法をかけます。あなたたちはそう簡単に鎧を破られることはないはずです。勢いよく敵を倒してください。それから、私からみんなにお願いしたいことが1つあります。私は敵将ベリアを殺さず生け捕ります。あなたたちはその手伝いをしてください。倒れたベリアを捕まえ、連行してください」


生け捕りでも十分功績になりますし、人を殺さなくて済む分、私にとっては都合がいいでしょう。

ちなみに生け捕りは、殺すよりも多く恩賞が与えられます。兵士たちは生け捕ると聞いてやる気を出したのか、「おーっ!」と大きな声を出します。


出陣の時刻です。私の率いる100人の兵士たちは、前陣の中に入り、暗闇の荒野を進みます。私の隣で馬に乗っている将軍がいました。ナトリです。


「ナトリちゃん」

「おっ、誰かと思ったらテスペルクか、こんな近くにいたとは」

「ベリアのことは任せて。私、絶対に人を殺さないから」

「‥分かったのだ。お前にはそれだけの力があるのだ。ナトリは止めないのだ」


ナトリはそう言いつつも、どこか不安げな表情です。大丈夫です、ベリアはきっと死ぬことはありませんよ。


「私、自分の兵士たちに強化の魔法をかけたんだけど、ナトリもいる?」

「ん?ああ、かけられるならかけてほしいのだ。ちょうど、ブエルノチャンという将軍には気をつけろとマシュー将軍から言われてきたところなのだ。助かる」


私は笑顔でうなずいで、ナトリに強化の魔法をかけてあげます。魔法陣の光で敵にばれないよう、手をナトリの肩の鎧の上にかざして、手で塞げるくらい小さな魔法陣を作って、小声で呪文を唱えます。


「ありがとうなのだ。力が湧いてくるのだ」

「うん、無理はしないでね、ナトリちゃん」

「分かったのだ」


私たちは、ベリア軍の前陣近くへ向けて進みます。


◆ ◆ ◆


大量の火矢が敵の柵や幕舎に火をつけ、辺りを照らします。

歩兵がなだれ込み、夜襲の守りをしていた兵士たちを殺傷します。


「夜襲だ、夜襲だ!」


あらかじめ見張りを設けるなど準備していただけあって、敵軍の兵士たちはすぐ起きて、武装して、陣のまわりへ集まってきました。各地で、炎に包まれて激しい戦いが繰り広げられます。


「やはり、来たか」


鎧を着て兜をかぶったベリアは、従者の用意した馬にまたがると、またあの七色の光をまとった刀をさやから取り出します。

そして刀を構えたまま馬を進め、迫りくる夜襲隊の中に切りかかります。

ハールメント王国の魔族の兵士たちは次々と空高くへとばされ、ベリアの行く先を塞ぐ人はいませんでした。後方でルナたちが必死に魔法で、兵士たちの落下を手助けします。暗闇でよく見えないので敵の矢を心配する必要もなく、昼間よりは楽な作業です。

ベリアはそうして馬を勢いよく走らせて刀を振り、前方の兵士を高く飛び上がらせ、その悲鳴を聞きながら進みます。と、ベリアの前に立ちはたがる影がありました。

幕舎を勢いよく燃やす炎に照らされて、馬に乗ったその人は姿を現します。黒髪を背中まで伸ばした、トンガリ帽子とローブを着た人物です。夜襲隊の将軍の1人のようです。


「あなたがベリアですね」

「いかにも。わしはウィスタリア王国のハラス様が弟子、ベリア・ル・オータムである。お前は誰だ」

「私はハールメント王国の魔王様にお仕えする、アリサ・ハン・テスペルクです」


ベリアと相対した私は、馬の手綱をしっかり握ります。

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