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第150話 人を殺さないということ

「あのね、アリサ様」


ラジカも話します。


「アリサ様は強いからそういう選択肢もあるかもしれないけど、アタシたちは弱いの。弱い人同士だったら、敵を戦闘で倒すには、殺すくらいしか選択肢がない」

「‥‥‥‥」


私はうつむいて黙ってしまいます。

私の前世は、人を殺さない、戦争が起きない、平和であることが当たり前な場所にいました。今の世界が、戦争が半ば前提としてあることはよく理解しています。私が幼い時にウィスタリア王国はクロウ国と激しい戦争をしていましたので、戦争は避けなければいけないが必要なときにはするものだ、最後の手段として戦争はあって当然だという教育をされてきました。なので私は、ウィスタリア王国を倒す手段として、ヴァルギスに戦争を提案しました。

でも、実際に戦場まで来ると話は変わってきます。実際に人を殺したという人と接し、生々しい話を聞かされたのです。私も後陣で、ベリアに飛ばされた人たちの救出にあたりましたが、助けられなかった人も200人いました。今まで頭の中で想像してきた戦争は、実際のものとは全く違うと確信しました。

戦場はゲームではありません。軽い気持ちで来る場所でもありません。相手を平和的に説得する場所でもありません。生身の人間同士が、お互いを殺し合うための場所です。そこに実際に来てみてナトリと話してみると、理論や美学というものがいかに空虚であるのかをまさまさと見せつけられます。胸を締め付けられる思いがします。


「‥‥じゃあ私は殺さないよ。誰も殺さないで、この戦争を終えてみせる。私は強いから」


私が頭の中で自分に言い聞かせていたものが、口から出る言葉に変換されます。決意のこもった、重々しい声でした。

しかしナトリの反応はかなりあっさりしたものでした。


「テスペルクはいいな。強い力を持っているから、そういうきれいごとを実行できるのだ」

「アタシもそう思う。人を殺したくないのは山々だけど、戦争でそれをやるのは困難。まあ、やってみたら?」


ナトリだけでなくラジカも、あしらうように返事します。

2人の言葉が私のフラストレーションを刺激します。


この2人に教えてあげましょう。

誰も殺さない戦い方を。

そして、それが実現した暁には、マシュー将軍やヴァルギスに私をもっと使ってもらって、絶対に誰も死なない平和的な戦争を作ってみましょう。

大丈夫、私は強いから何だってできます。自信を持つのです。

自分を奮い立たせるように、そうやって握りこぶしを作ります。


「ウチ、人を殺したことはないなの。だから人を殺すのがどういうことか分からないけど、気持ちはなんとなく分かるなの」


ハギスがそう切り出します。ハギスは食べかけのパンを皿の上に置いて、続けます。


「日常生活で人を殺すことはできないなの。犯罪なの。でも‥戦場では常識が変わってしまうなの。そうでもしないと自分が殺されるから仕方ないけど‥」


そう言って不安そうに身をすくめます。

この日のハギスは、ヴァルギスの命をうけたマシュー将軍によって、長城の上から戦争の状況を眺めるよう命令されていました。人殺しの様子を俯瞰しただけでなく、ベリアに空高く飛ばされた人たちが私たちに救助される様子、救助が間に合わず地面に落下して死ぬ様子を真近で見てきました。


「ウチは強いけど、戦争の前では個々は無力なの。今日一日の戦闘を眺めていて、そう思ったなの」

「ハギスちゃん‥‥」


ナトリが決心したように言います。


「学校の先輩が言っていたけど、戦場では誰もが十字架を背負っているのだ。人を殺した罪、人が死ぬのを助けられなかった罪、数え切れないほどの罪が存在するのだ。自分は助かる代わりに、その十字架を背負って一生生きていかなければならないのだ」


◆ ◆ ◆


十字架‥‥ですね。

確かに私にも、200人を助けられなかった十字架があります。私が全力を出していればそういう人たちも助けられたのでしょうか?人の落下地点はかなり広範囲にわたり、私1人だけでは広範囲をカバーできないのも事実です。一番人が落ちてくる場所を中心に守って、そのおかげで200人を上回る数の兵士たちの命を助けられましたが、取りこぼしがあったのは悔しいです。

戦争で誰も死なせないのは無理にしても、私が直接人を殺すことは絶対ないようにしましょう。


私は夜襲のために仮眠を取る直前、夕日を見てそう固く心に決めました。


「アリサではないか、まだ寝ていなかったのか」


後ろから大男が歩いてくるので、私は振り返ります。マシュー将軍でした。


「マシュー将軍、ちょうど今寝るところです」

「そうか。‥そうだ、ルナにはもう伝えているが、お前にも直接伝えておこう。今日の夜襲では、お前に100の兵をやる。その部隊の主将となって、戦って欲しいのだ」

「えっ?」

「お前は強いんだ。少しは戦功が欲しいだろう?決死隊となってベリアを倒してくれ。もっともお前がいれば決死隊でもなんでもなくなるだろうが‥‥とはいっても全力は出すな、ほどほどの力で戦え」

「わかりました」

「期待してるよ」


マシュー将軍はそう言って、私の肩をぽんぽん叩いてから行ってしまいます。私はトンガリ帽子のつばを押さえて、顔を隠します。

‥早速ですね。今夜の夜襲では相手を生け捕りにする平和的な戦い方を、あのマシュー将軍やナトリ・ラジカたちに見せてあげましょう。

私はそう固く決心するのでした。


◆ ◆ ◆


魔王城。ヴァルギスは忙しい政務の合間を見つけて大広間を出て、私たちの部屋へ入ります。

ドアを静かに開けたヴァルギスは、部屋の中央でメイが窓に向かってひざまずいて、手を組み合わせて祈っているのに気づきます。メイの周りには、金色の魔法陣ができています。


「祈祷か?」


ヴァルギスがそう呼びかけると、メイは組み合わせていた手を離します。魔法陣も消えます。

メイは振り返ってヴァルギスの姿を認め、立ち上がります。


「うん、アリサたちが誰も死なないようにって神に祈ってたのよ。魔王もアリサやハギスのために祈らないの?」


ヴァルギスはふーっとため息をつきます。


「気持ちは嬉しい。だが、人は誰しもいつか死ぬものだ。運命という言葉があるだろう」


そう言ってヴァルギスは窓へ歩み寄り、空を見上げます。


「貴様の祈祷を否定する気はない。アリサたちが帰ってきて貴様の祈祷を知れば、きっと喜ぶだろう。だが、祈るなど所詮は祈る側の人の自己満足でしかない。祈ったところで結果が変わるわけではない、ただありのままの事実を受け入れるのみだ。だから妾はあまり祈らんのだ」

「そういう気持ちを持っている人もいることは知っているわ。でもあたしは祈ることで少しでも自分が不安にならないようにしたいと思うの。だから祈るの」

「そうか」


ヴァルギスは短く答えて、メイへ近づきます。


「な、何よ」


少し身構えるメイの肩を、ヴァルギスは弱い力で押します。


「あっ‥」


メイの体はあっさり崩れ、地面にだだんと尻餅をついてしまいます。

ヴァルギスはそれから、メイに手を差し出します。


「貴様、朝からずっと祈っていただろう。昼食はどうした?」

「あ‥いや‥とってない」

「死ぬぞ」

「でも、戦争に行ってる人たちはもっと危険よ‥‥」


メイの声は、さっきより弱々しくなっています。


「貴様が死ぬとアリサたちは悲しむだろう。それこそ本末転倒だ。今日はもう休め」

「う‥うん」


そうやってメイは力なくうなずきます。

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