第149話 ナトリが人を殺しました
ナトリは手綱を持っていませんでしたが、脚で馬に指示を出して、柔軟に方向転換します。杖で短詠唱の結界魔法を放ち前方の兵士を弾き、横から来る兵士を剣でいなします。それを後ろからついてくる味方の歩兵が次々と倒していきます。
ナトリの前方に、一人の馬に乗った男が現れます。この人が将軍でしょう。
「よくもわしの兵を軽く扱ってくれたな、その代償は高く付く」
「お前は誰だ?」
槍を構える将軍に対し、ナトリが怒鳴るように尋ねます。
2人は馬をお互いに向かい合わせ、相手の出方を探ります。
「わしはウィスタリア王国の忠臣ブエルノチャンの弟、ダゲルテ・アロ・ザクニメントである!」
「ナトリ・ル・ランドルトだ。お前の国から我らがハールメント連邦王国に亡命した者だ」
そうして、槍と剣を交わします。ダゲルテは槍を両手で持つのに対し、ナトリは剣を片手で持ちます。さすがに力の差があり、ナトリの剣が後ろへ倒れます。
「お主は妙な戦いをするな、手綱が持てないではないか」
「悪いか?ナトリは強いのだ」
そう言って、ナトリは脚で馬に指示を出します。馬が両脚を蹴り出すと同時に、ナトリは浮遊の魔法も使って空高く舞い上がります。そしてはっきり、真下にあるダゲルテの姿をとらえます。
ダゲルテが槍でナトリを受け止めようと構えると、落下するナトリはそれに杖を向けて、短く呪文を唱えます。ダゲルテの槍の真ん中が腐敗して、鈍い音を立てて2つに割れます。
「な、なにっ!?」
ダゲルテがひるむ隙にナトリは魔法で目の前に強い光を出し、相手の目を潰します。
敵が目を閉じてふらふらしだした隙に、ナトリは右手の剣と左手の杖をあわせます。2本が光を出して合体し、大きな魔剣があらわれます。
「くらえ!!」
ナトリはダゲルテの真上へ落下しながら、両手でそれをぶん回します。大きな血しぶきとともに、ダゲルテの首がとび、胴体が馬から倒れ地面に崩れ落ちます。
ナトリは首を魔法で自らに吸い寄せて兜から乱暴に振り落とし、落ちてきたダゲルテの髪の毛を掴んだと同時に着地します。そこからぴょんと跳ねるように自分の馬に乗り、敵将の首を高く持ち上げ、周りへ向けて高らかに宣言します。
「敵将ダゲルテ・アロ・ザクニメントは、このナトリ・ル・ランドルトが討ち取ったのだ!」
前方にいるウィスタリア王国の兵士たちは怯み、後方にいるハールメント王国の兵士たちは奮い立ちます。ハールメント王国の兵士たちの猛攻で、ウィスタリア王国のほうは守勢に回ります。
ナトリはその後も、目の前の兵士たちを魔法でいなし、剣で斬り、馬を勢いよく走らせます。
◆ ◆ ◆
そろそろ午後も2時にさしかかり、ハールメント王国の後方の陣から、大音量の音楽が鳴ります。引き揚げの合図です。ナトリたち前陣の将軍、兵士たちはウィスタリア王国の兵士たちに注意しながら、陣に戻ります。一方でウィスタリア王国の兵士たちは、逃げるように陣に戻りました。中翼はベリアによってなんとか持ちこたえたものの、右翼と左翼に大きな被害をこうむっていました。
ベリアたちは、今後の作戦を議論するために、1つの幕舎に集まります。
「うう‥」
真っ先に、ブエルノチャンが頭を抱えます。今日の戦闘で弟を亡くしてしまったのです。
ベリアはそれを気にもみながらも、将軍たちに向かって言います。
「‥‥これから今後について話し合いたい。諸君も知っての通り、我が軍は大きな損害をこうむった。しかし兵力はまだ残っており、巻き返しができる。今夜はゆっくり休み、夜襲に備えて警戒せよ。明日も今日と同じ時刻に敵陣に攻め入る」
「ベリア将軍!」
ブエルノチャンがわめくように挙手し、発言を要求します。
「何だ、ブエルノチャン」
「俺はナトリという女に弟を殺された。その敵をとりたい。明日も右翼にいさせてくれ。俺が絶対にあいつを殺す」
「分かった」
その後もベリアは将兵たちと作戦を話し合うのですが、それらは全てラジカに筒抜けです。
ベリアたちの作戦会議が終わるのを待って、ハールメント王国のマシュー将軍は部下を幕舎に集めて会議を始めます。
マシュー将軍は、ナトリの部隊の主将に命令します。
「ケルタよ」
「はい」
「お前は明日、左翼に回れ」
「わかりました」
そこにナトリが口を挟みます。
「なぜ場所が変わるのですか?」
マシュー将軍が直接答えます。
「ナトリよ。お前は敵将ブエルノチャンの弟を殺した。ブエルノチャンは魔力のこもった槍を使う。さらに弟の恨みもあるので、大変危険だ。明日はブエルノチャンと会わないほうがいい。さもないとお前は殺される」
とんでもない剣幕で言うので、さすがのナトリも怖じ気つきます。
「わ、分かりました」
マシュー将軍は次に、私の主将であるルナに尋ねます。
「ルナよ、今日ベリアにとばされた人の中で何人が死んだ?」
「はい、200人くらいでございます。いずれも私たちのいるところから遠く離れた場所へとばされました」
「そうか。それくらいの被害は覚悟していた。仕方あるまい。明日も続けよ」
「はい」
そのあともマシュー将軍は、色々な家臣を相手に、的確に指示していきます。どれも、それぞれの実情にあった内容でした。家臣たちも負けずに提案していきます。
家臣の1人が言いました。
「我々が優勢です。夜襲をしかけてみてはいかがでしょうか?」
「敵はすでに夜襲を対策している。わざわざ我々が体力をすり減らすこともなかろう」
「それについてですが、マシュー将軍のこれまでの話の中で、気になる情報がございます。敵は3分の1ほどが、ハノヒス国から無理やり徴兵された兵士たちであるようです。彼らの士気を確認し、可能なら反乱を誘いかけるのはいかがですか?」
「ふむ‥なるほど、よかろう。皆の者、今夜は夜襲があるものと思って準備せよ」
◆ ◆ ◆
少し早い夕食は、私、ナトリ、ラジカ、ハギスの4人が幕舎に集まって摂りました。ちなみにテーブルの設置や食事の用意は、私が兵士たちに命令してみましたが、結局私も配膳を手伝いました。それを見てナトリも「何やってるんだお前、一応貴族だぞ貴族」と言いつつ一緒に手伝ってくれました。ラジカはマシュー将軍と話していたので、食事の用意が終わる頃に遅れて来ました。ハギスは最初から準備が終わる時間を伺っていたのか、ラジカとほぼ同時に来ました。ハギスはさりげないところで王族慣れしていると思います。
その食事の席で、ナトリは重々しく切り出します。
「今日、初めて人を殺したのだ」
それで私の食事の手が止まりますが、ラジカとハギスは気にせず食べ続けています。
「敵の将軍をこの手で殺したのだ。殺した時は戦功をあげた高揚感があったのだが、今は人を殺して興奮している自分が怖いと思ってしまったのだ」
ナトリはそう言いつつも、肉をナイフで切って食べています。それを見て私も、渋々サラダのニンジンをフォークで刺して食べます。
「生まれてはじめて人を殺したのだが、殺すってこういう感覚なのだな。今でも、首を切ったときの手応えがこの手に残っている。ナトリは一生、これに慣れる自信はないのだ」
ナトリはうつむきながら話します。ラジカはいったん食事の手を止めて、話します。
「慣れるしかない」
「だろうな」
ナトリも即答します。
その、重い言葉とは裏腹にあっさり納得してしまう潔さに、私は激しい違和感を覚えます。ニンジンを刺していたフォークをもう一度テーブルの上に置いて、ナトリに尋ねます。
「‥ねえ、人を殺してはいけないって、私たち小さいときから教育されてたじゃない?」
「そうなのだ」
「人を殺すことに罪悪感はない?」
「ないと言えば嘘になるのだ」
「じゃあ、殺さなくてもいいんじゃない?殺さないように生け捕りにすれば‥‥」
私がそれを言うと、ナトリは顔をしかめます。
「‥残念だがテスペルク、生け捕るのは殺すより遥かに難しいことなのだ」
「でも‥」
「殺すのが一番現実的な選択なのだ」
開き直ったように、ナトリは答えます。




