第147話 私の初陣の準備(2)
翌朝。私、ナトリ、ラジカは、朝早くに起きて着替えていました。
服装は昨日のうちに使用人に用意してもらったものを使います。ヴァルギスが直々に、私たちの戦争中の衣装を選んでくれたそうです。
「戦争は悲しいけど、せめて着替えくらいは楽しまなくちゃね」
そう言って最初に着替え終わった私は、魔法使いらしく、ピンク色のローブにダークレッドのトンガリ帽子でした。ピンクといっても、明るすぎると戦争中に目立ってしまうので、どちらかといえば黄土色に近い、あまり明るくないピンクでした。
このローブ、袖が大きくて、腕を振るだけでばたばた大きく動きます。
「いつ死ぬかわからないから、娯楽は大切にしないといけないのだ」
そう言うナトリは、魔法も剣も両方使うタイプの装束でした。緑色のあまり薄くない服とスカートをベースに、肩と腕、そして太もも以降の脚に銀色の鎧が光っています。かぶともついています。
「ナトリちゃん、かっこいい!」
私はナトリの、黒に近い濃い緑色をしたスカートを触って見ます。
「おい、持ち上げるな」
「えへへ」
そう言って私がナトリのスカートから手を離したところで、ラジカが着替え終わります。ラジカは、トンガリ帽子こそないものの、私と似たようなローブでした。黄土色と茶色が迷彩服のように混ざったローブで、遠くから見てもあまり目立ちません。フートもついていますので、頭も迷彩模様で隠すことができます。
「アタシはもう1つ服をもらった」
ラジカはそう言って、カゴからもう1つの服を取り出します。緑色の迷彩模様のフートローブでした。完全に斥候向けの格好です。
「迷彩模様って、すっごくかっこいいね!」
私はそう言って、ローブを手に取ります。
「‥うん。アタシはこの服で職務をこなす。ナトリは危険だけど頑張って」
「頑張るのだ!」
そう言ってナトリが拳を高く突き上げるので、私もラジカも同じように拳を突き上げます。
「頑張るよ―!」
「死なないように」
「おーっ!」
そうやって掛け声を出したものですから、まだ寝ているメイが目を覚ましてベッドから起き上がります。ごめんね。
メイは私たちを見て、ベッドから下りて歩み寄ってきます。
「‥その服で戦争するの?」
「はい、お姉様」
「みんな、頑張ってね‥」
メイは不安げに言います。その頭を、ラジカはなでてあげます。
「メイ。アタシたちは大丈夫。絶対生きて帰る」
「そうなのだ。今回の戦争は勝ち戦なのだ。‥‥まあ、だからといって損害が出ないわけではないが。ゆめゆめ油断せずに戦ってくるのだ」
ナトリはそう言って、「あっ」と思い出して自分のカゴに置き忘れていた剣をとってきます。1メートルは超えてそうな長い剣です。
「うわあ、ナトリちゃんそれ使うの?本格的だね」
私が言うとナトリは「うむ」と言って、剣を腰に刺します。
「それではお姉様、行ってきます」
私はメイに頭を下げて、それから手を振ります。
ラジカ、ナトリもメイに向かって手を振ります。
メイはうつむいて少し何か言いたげにしていましたが、黙って手を振り返しました。無理に作ったような、ぎこちない笑顔をしていました。
手を振りながら、私たちは部屋を出ます。
◆ ◆ ◆
壮行式も終えて、私たちはマシュー将軍の率いる軍勢に入って、馬に乗ります。私は浮いていたかったのですが、浮くと目立って横から襲撃される場合もあるので馬に乗って欲しいとヴァルギスから言われていました。
30万の兵士は、前陣、中陣、後陣に分かれ、ナトリ、マシュー将軍、私、ラジカは前陣、ハギスは後陣で、それぞれ将として与えられた兵士たちを率います。といっても戦争は初めてなのでまずは副将からです。主将の魔族は、それぞれ別にいます。
私が副将をつとめる部隊は3000ほどの兵士がいて、主将はルナという名前の女性でした。人と見た目が似ていて、牛のツノと耳を両方生やしている、獣人と魔族の混血らしいです。しっぽもちゃんとついているそうですが、服の下にあって見えません。私と同じ魔法使いらしく、紫色のとんがり帽子に真っ黒のローブをつけ、馬を進めています。妙齢の大人で、濃い口紅を塗っています。
私は、せっかく一緒になるなら仲良くなりたいと思って、ルナの横に自分の馬をつけます。
「ルナさん、あの、戦争に出るのは初めてでしょうか‥?」
「‥うん。私、乗馬が苦手で集中したいから、雑談なら後でしてくれない?」
「はい、分かりました」
断られました。まあ、後でまた話してみましょう。ちなみに私も乗馬が苦手ですが、魔法で馬の意識に干渉して動かしています。テレパシーに近いものですね。
私たちの部隊は、王都ウェンギスの市街を住民たちに見送られながら抜け、長城も抜け、長城から少し離れた場所に陣営します。
私は「陣営を手伝わないで」とルナから言われました。これもマシュー将軍からの命令らしいです。魔法で木材を動かしながら手伝っているルナを後ろから見て、私は少し寂しいと思ってしまいました。自分が強すぎるとはいえ、自分の能力を自由に活かせない、それが戦場における常識なのかと。
西から風が吹いてきます。西はハノヒス国がある方面です。私は風の吹いてくる西の方を向きます。草は所々に生えていますが、基本は荒野です。腰の高さくらいの砂埃が舞っています。
私はつばを飲み込んで、西の方を見つめていました。
◆ ◆ ◆
その日の夜、陣営も終わったところで、主要な家臣はマシュー将軍の幕舎に集まって作戦を話し合います。私、ナトリは大広間で働ける身分でしたので、副将でしたが会議に参加します。ラジカもマシュー将軍から直接指名されたので参加です。
さすがマシュー将軍の幕舎は大きなものでした。100人くらいは収容できそうなその幕舎の中で、大勢いる家臣たちは、椅子に座っているマシュー将軍の前方を囲むように立ちます。私、ナトリ、ラジカは幕舎の出口近くに立っています。
「まずは自己紹介からだ」
真っ先に、マシュー将軍が甲高い声で言います。大男の図体をして、百戦錬磨というように鼻の下と顎に髭を生やし、その大きな目で私たちをじっと見ています。もし私がレズでなければ惚れてしまっていたかもしれません。
家臣たちが次々と自己紹介します。みんな、魔王城の大広間では見たことのないような人たちです。大広間にいるのは文官が中心なので無理もないかもしれません。部隊の主将がほとんどです。
私、ナトリ、ラジカも自己紹介します。その後には、あのルナも自己紹介をしていました。
「さて、軽く紹介を終えたところで、今後について話す。情報源によると、我々は明日の午前、ここで敵と対峙する。主な敵将はベリア、ブエルノチャン、ホタリアの3人だ。3人とも強い」
ラジカからの情報であることをぼかして言うあたり、ここにいる家臣たちの中にスパイや裏切り者がいないか警戒している様子が伺えます。
マシュー将軍は敵の3人について説明したあと、色々な家臣たちに順番に指示を出します。これだけの人数があっても、誰がどの部隊にいて、何が得意なのかマシュー将軍はよく分かっていて、的確な指示を出しているようでした。私たちは副将なので直接指示はされませんが、それぞれの主将への指示をしっかり聞きます。
「ルナよ」
「はい」
私の主将のルナの番が回ってきました。私への指示でもあるということですね。きちんと聞いておきます。
「お前の部隊には1000人の魔術師がいるだろう。後方に回り、副将と一緒に上空に重力の弱い空間を作ってくれ。重力が残っていてゆっくり落ちる感じで頼む。ベリアは相手を空高く飛ばす能力を持つ。風は西から来ているので、とばされた人たちはちょうど我らの陣の後方に落ちるだろう」
「分かりました」
そうルナは返事します。
私は後方支援に回るようです。




