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第146話 私の初陣の準備(1)

ウィスタリア王国の軍勢がハールメント王国内に入ってからというものの、ヴァルギスは連日会議のため夕食を欠席するようになり、朝食にも来ない日が出てきました。休日もすべて返上のようで、大変さが伺えます。ナトリも会議に出席することがあるため、食事を欠席するようになりました。私は時間を決めて城壁を補強していますので、毎日定刻通りにみんなと一緒に食事できていますが、ヴァルギスがいないとやっぱり寂しいです。

そんなある日の夕食にヴァルギスは珍しく出席しました。


「まおーちゃん、夕食は久しぶりだね!」

「うむ」


その日も城壁補強作業で疲れていた私は、それでも元気よくヴァルギスに話しかけます。

ヴァルギスは連日の仕事でさすがに疲れたのか、元気なさそうにうなずきます。


「‥まおーちゃん、毎日仕事で大変だね」

「一国の王はこれくらいこなさねばならん」

「まおーちゃんと毎日こうして食べられなくなって、寂しいな」


私は思っていることを口にします。

ヴァルギスとの夕食も、夕食後の2人きりでの勉強も、戦争のせいでなくなってしまったのです。その代わりに私は一日でも早く大広間で仕事できるよう、疲労をおして毎晩魔族語の勉強を続けていました。

ヴァルギスはどこか浮かない顔をして、私を見ます。


「‥ん?」


私が声を出すと、ヴァルギスはフォークを皿の上に置いて、こう続けます。


「これから貴様らが参加する作戦を人間語で説明する。使用人たちは部屋を出よ。貴様らは食べながら聞いて欲しい」


なんだかそれを話すヴァルギスは、いつものヴァルギスではないようでした。手を組んでテーブルの上に置き、私たちを見回します。これは本気で話しているときのモードです。

使用人が部屋を出て、礼をしてドアを閉めます。


「ウチも聞いていいなの?」


ナトリの横のハギスが手を上げると、ヴァルギスは「うむ」と短く答えます。


「あ、あたしはさすがに帰ったほうが‥‥」


メイがそう言いかけますが、ヴァルギスは首を振ります。


「貴様は作戦に参加しなくてよいが、貴様に聞かれても困るような話ではない」

「‥分かったわ」


メイは、ラジカの腕をぎゅっと握ります。

ヴァルギスは説明を始めます。


「ナトリはもう知っていると思うが、妾たちは明日、この城より迎え出て撃つ。長城の外に30万の兵士を展開し、全力で王都ウェンギスを守る。魔王城の守りは、すでに近い都市から援軍をもらっているので、それを展開させる。貴様らには、その迎撃軍に参加して欲しい」


私は唇をぎゅっとかみます。ハギスは少し驚いた様子で、ヴァルギスに質問します。


「そ、それはウチも出るなの?」

「うむ。ハギス、貴様の初めての仕事がこんな形になって申し訳ない。だが貴様には、王族として見てもらいたいものがあるのだ」

「それは何なの?」

「戦争の悲惨さだ」


場が静まります。

私たちは口を固く結んで、ハギスに視線を集めます。


「貴様は今まで何年か決闘大会に出場して戦闘してきた。しかし、本物の戦争ではこれらの常識は通用しない。生きるか死ぬかの戦いだ。それを身を以て体験し、妾の目指す平和がどういうものなのか考えて欲しい」

「‥‥‥‥ウチ、まだ子供で難しいことはよく分からないけど、分かったなの。戦争をしっかり見て、懸命に戦うなの」

「ああ、貴様は王族で第一王位継承者だから、あまり危険な任務にはつかせられない。良くて戦争に勝利した後の追撃くらいだ。そうマシュー将軍には厳命しておる。だたし、常に近くに敵がいるものとして警戒は怠るな」

「分かったなの」


ハギスはうなずきます。ヴァルギスはまた、私とラジカのほうを見ます。


「妾は迎撃には参加せず、この城を守る。迎撃軍のリーダーはマシュー将軍だ。ラジカはもう顔見知りだろう。やつの指示を聞いて戦え。もっとも、アリサのような強い者は前に出るほど敵に情報を抜かれるから、はじめはナトリが前に出ることになるだろう」

「えっと、私も戦えるよ?私は強いから、多分10万人くらい頑張って眠らせられるよ」

「駄目だ。どんなに強い人でも、必ず弱点がある。貴様とて例外ではない。今までの戦闘でも、弱点を突かれて負けそうになったことがあるだろう。貴様と妾はあくまで最後の切り札だ。妾たちはこの防衛戦のあと、かの国に攻め入って滅ぼす予定がある。貴様が力を使いすぎるとこれからの戦いが不利になる。マシュー将軍の許可なしに前に出すぎるな。いいな?」

「う‥うん、分かったよ」


すぐには納得できない返事でしたが、私はうなずきます。


「貴様にあまり働いてほしくない理由はもう1つある。貴様が功績を上げすぎると、他の将兵の取り分がなくなる。散々歩かせておいて戦功も褒美もなしとなったら、将兵の士気も下がり、略奪を起こしてしまう可能性も考えられる。我が軍は正義を掲げてウィスタリア王国と戦うのだから、略奪が起きるようなことはあってはならない。貴様1人だけで戦っているのではない、組織の中の1人であることを自覚しろ」

「うん」


私はもう一度うなずきます。なるほど、そういう理由もありましたか。でも兵士たちが略奪を起こすって、戦争って改めて考えるとすごいですね。

ヴァルギスは、次にラジカの方を向いて話します。


「そして、ラジカ。貴様はカメレオンを使って敵の作戦をマシュー将軍に伝えよ。マシュー将軍がそれを利用して全軍に指揮を送る。アリサとラジカは後方支援に徹しろ」

「分かった」


ラジカはサラダをつまみながら生返事します。

ヴァルギスはそれから席を下りて、私の席まで来て静かに耳打ちします。


「‥‥ハギスが死ぬと、妾は男と結婚しなければいけなくなる。まだ貴様と結婚する予定はないが、肝に銘じてハギスを守って欲しい」

「うん、分かったよ」


私はうなずいてヴァルギスの顔を見ます。ヴァルギスはいつものような不気味な笑みを称え余裕を持った表情ではなく、どこか不安気で頼りない表情でした。

それを見た私はスプーンをテーブルに置いて、ヴァルギスの左右の頬を指でぷにっと軽く刺してみます。


「まおーちゃん、そんなに浮かない顔してないで。王様がそんな顔してたら、私たち家臣も不安になっちゃうよ?」


そう言って頬を刺す指を動かしてみたり、くねくねつねって引っ張ったりします。


「‥ふふ、分かった」


ヴァルギスは、いつも通りとまではいきませんが、顔にわずかな微笑みを浮かべます。


「貴様も死ぬなよ」

「分かってる」


私の返答を聞くと、ヴァルギスは自分の席に戻ります。

ヴァルギスはこの夕食の後も会議があるらしく、あまりゆっくり話すことはできませんでしたが、私が長城の補強をしている時に近くを動物が通った話をしたら、楽しそうに笑っていました。


◆ ◆ ◆


私たちは部屋に戻ります。

さっきの食事中ずっと黙っていたメイが、これから入浴するのか替えの下着を一通り簞笥から漁ったあと、やっと重い口を開きます。


「‥アリサ」

「どうしましたか、お姉様」


私も一緒に風呂に入ろうと思って、自分の下着を探している途中でした。


「あんた、戦争に行くんでしょ」

「うん」


私は浮かない顔でうなずきます。それはメイも同じで、なんだかつらそうです。


「あたしは見ていることしかできないけど、戦争中はずっとこの部屋で祈祷しているわ。せめて‥せめて、あんただけでも無事に帰ってきて」

「大丈夫です、お姉様。私はきっと無事に戻ります」


そう言って、私は涙目になっているメイの頭をなでます。メイは私の胸に顔をくっつけます。

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