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第145話 ラジカの任務と帰還

その頃、魔王城でヴァルギスはいつも通り政務をしていました。

戦争中とはいえ、国内の内政はとても大切です。国民みなが飢えずに生きていけるようにするためには、日頃からの気配りが欠かせません。

そうやってヴァルギスたちがいつも通り家臣と議論しながら話を進めているところへ、1人の伝令が大広間に入ってきます。


「魔王様、申し上げます。ウヒルと名乗る者が参りました」

「おお、来たか。ここへ通せ」


ウヒルは大広間に通され、ヴァルギスにひざまずき、勉強してきたのか魔族語で話します。


「魔王様、お待たせいたしました。ウヒル・デン・ダダガドでございます」

「ああ、いいところに来た。妹は無事か?」

「はい。おかげさまでいい病院に入れることができました。妹の恩を忘れず、この国に忠誠を尽くします」

「うむ、いいだろう。今この国はウィスタリア王国に攻め込まれ、応戦の準備をしているところだ。貴様にも早速それに参加し、将軍として戦って欲しいのだ」

「分かりました。早速、最初の命令をお授けください」


ウヒルはヴァルギスから命令をもらうと立ち上がって礼をし、大広間から去ります。


◆ ◆ ◆


その日の夕食に、ヴァルギスとラジカはいませんでした。

ラジカはマシュー将軍と一緒に進軍中で、ヴァルギスは仕事が忙しいため同席できません。一日中長城を補強していた私はすっかりくたびれていて、スプーンを持つ元気も起きません。


「ほら、食べる!」


隣の席のメイが声をかけてきたので、私はぽつりぽつり、一口ずつ食べます。


「戦争って大変なの‥?」


ハギスが心配そうな顔をして尋ねてくると、ナトリが答えます。


「人の命がかかっているのだ。少しでも手を抜くと、誰かの命が失われるのだ。だからみな、全力でやらなければいけないのだ」


そう言うナトリも、一日中長城を歩き回って疲れている様子です。大魔法を乱発した私よりは元気があるようですが、それでも今日はもうこれ以上何もしたくないと言いたそうにはくたびれている様子でした。

ハギスはしょんぼりして、食事を続けます。


「‥‥婆さんが戦争をしていたころも、こんな感じだったなの‥‥?」

「だろうな」


ナトリは力なく返事します。


◆ ◆ ◆


その頃。マシュー将軍の軍勢は1日目の進軍を終え、荒野に陣をかまえ、食事しているところでした。

マシュー将軍やラジカたちは幕舎に長いテーブルを置き、それを囲むように食事しています。


「お前は魔王様による紹介がなかったが、今ここで自己紹介してくれるか?」


マシュー将軍に促され、その隣りに座っているラジカは席から立ち上がります。


「ラジカ・オレ・ナロッサです。アリサ様と一緒にウィスタリア王国から亡命しました。よろしくお願いします」


自慢のツインテールを動かし、ラジカは頭を下げます。家臣たちが拍手します。


「わからないことがあったら何でも聞け」


マシュー将軍がそう促してラジカの背中を強く叩きます。痛く感じたのかラジカが身をよじると「すまん」と言って笑います。ラジカもつられて笑います。


「‥‥どうして将軍は笑うのですか?」

「ん?」

「これから10万の兵を引き連れて、時間稼ぎとはいえ30万の軍勢と戦うことになります。怖くないんですか?」


ラジカが質問すると、マシュー将軍はまた笑って答えます。


「ああ、戦争はつらいさ。だからこそ、笑い飛ばしてやりたい。俺たちはいつ死ぬか分からない。笑って、人生終末の時を楽しむんだ」

「ああ‥そういう」


ラジカは小さくうなずいて、わかめと胡麻のスープを飲みます。


「いつ死ぬかわからない、か‥‥」


その表情は少し沈んでいました。が、突然はっと思い出したように将軍に尋ねます。


「なぜ、アリサ様を連れてこなかったのですか?」

「ん?それが魔王様の命令だからだ」

「将軍は納得しているのですか?アリサ様がいれば、これほどの兵力差があっても覆せると思いますが‥アリサ様だけでなく魔王様も同様」


それを聞くと、マシュー将軍ははあっと息をついて、少し考えてから返答します。


「敵に情報をとられたくないんだ」

「情報?」

「ああ。前に魔王様がおっしゃっていた。魔王様のような強いお方であっても、必ず弱点はある。実際にアリサも、決闘大会で弱点を突かれて負けそうになったことがあるだろう。魔王様やアリサが前に出て戦いすぎると、相手にその弱点を握られる確率も上がるものだ。だから、敵には同じレベルの味方をもって戦う、それが魔王様のお考えだ」

「なるほど」


ラジカはうなずきます。マシュー将軍はまた続けます。


「相手の情報が欲しいのはこちらも同じだ。お前にはカメレオンを使って、敵の情報をしっかり収集してほしい」

「分かっています」


ラジカのカメレオンは、さすがに人や馬と比べると速度は落ちるので、今はラジカの身にくっついています。マシュー将軍の軍勢が敵軍に近づいた時にカメレオンを敵の陣内に潜り込ませ、敵が王都ウェンギスまで来てヴァルギスたちが返り討ちにしたところで回収する手はずになっています。

ラジカは、自分の手のそばで、テーブルの上に乗って食事をしている緑色のカメレオンを眺めます。


「君も戦争が嫌いなのかな‥?」


◆ ◆ ◆


それから数日後、マシュー将軍の軍勢は敵のすぐ近くまで来ました。魔族の斥候が帰ってきて、馬に乗って進軍中のマシュー将軍に情報を伝えます。


「敵はここから40キロくらい離れた場所にいます」

「うむ、その距離なら今日か明日には対峙するな。して、敵将は誰だ?」

「ベリアなる者です」

「ベリアか‥これはまた厄介な相手だな」


マシュー将軍は手で口を覆い、何かを考えている様子です。


「‥‥ところで、ラジカのカメレオンはきっちり敵軍の近くに置いてきたか?」

「はい、きちんと置いてまいりました」

「どうだラジカ、見えるか?」


マシュー将軍が尋ねると、隣の馬に乗っているラジカがうなずきます。


「はい。今、ベリア将軍の馬車の上に乗せています。山を下りているところです」

「この距離からだとチミン山だな。詳しい状況はわかるか?」

「はい」


ラジカはカメレオンと視覚を共有しながら、マシュー将軍の質問に答え続けます。


「なるほど、作戦は決まった。進軍やめ、少し早いがここで休憩をとる。家臣たちはここに集まれ、作戦を話す」


◆ ◆ ◆


1週間後、任務を終えたマシュー将軍の軍勢が王都ウェンギスに戻ってきます。

マシュー将軍は大広間に戻って報告します。


「魔王様、ただいま戻りました。ゲリラ戦や夜襲、罠を仕掛けるなどで敵軍の進軍速度を遅らせましたが、3日後にはここへ到達するでしょう」

「ご苦労であった。それで敵将は?」

「ベリアをはじめ、ブエルノチャン、ホタリアなど数多くの将がいます」

「ベリアか‥‥ベリア相手なら城壁は使えぬな、迎え撃つしかなかろう」

「はい」


そのあともマシュー将軍をはじめとした家臣たちは、大広間で戦争の作戦を組みます。


同じ頃、私は長城の上で、続々と城をくくって王都に入ってくる兵士たちを眺めていました。兵士たちみんな元気そうです。大敗はしなかったようです。

私は兵士たちの中から、見知った顔を探します。と、馬に乗って向かってくる赤いツインテールの少女に気づきます。


「ラジカちゃん!!」


私は城壁から飛び出して、浮遊の魔法でラジカの近くまで降り立ちます。ラジカの馬の進行速度に合わせて、自分の体を動かします。


「ラジカちゃん、無事だったんだね!」

「うん。無事」


そう言って、ラジカはにっこり笑います。

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