第143話 侵攻への対応を協議しました
ベリア軍がハールメント王国の国境へ到達する数日前、私とヴァルギスは初デートから2週間後、2回目のデートも終わらせてメイたちと一緒に夕食をとっているところでした。
「前回は体を自由に動かせなかったからまおーちゃんに助けてもらいながらだったけど、今回はちゃんと楽しめたよ!」
私が食べながらそう報告します。メイとラジカは拍手します。
「一時はどうなることかと思ったが、無事に終えられてよかったのだ。それも2回」
ナトリはまた安心したように、ほっと胸をなでおろします。
なんだかんだで、デートの練習に付き合ってくれたナトリは私のことをとても心配してくれていたのです。
「ナトリちゃん、ずっと心配してくれてありがとう。私とまおーちゃんはもう大丈夫だよ」
「よかったのだ」
ナトリの隣りにいるハギスも、笑顔で私たちを慰労します。
「よかったなの。お疲れなの。テスペルクが義姉さんになる日も近いなの」
「えへへ、そういう日が来るかは分からないけど、ありがとうハギスちゃん」
私たちは部屋の中でドアの前に控えている使用人たちの目もはばからず、食事中もデートの話をするようになっていました。口外しないことは、ヴァルギスが厳命してくれていますがまだ少し安心できないので、デート、彼女などという直接的な表現は控えて、ぼかして話しています。
その時突然、ドアのノックがします。よっぽとの急用なのか、荒く叩かれている気がします。
「何だ?入れよ」
「はい」
ヴァルギスの命令で使用人は部屋のドアを開け、一人の兵士を入れます。
『急にどうした?こちらは食事中だが』
『魔王様、申し上げます。ウィスタリア王国の軍勢が我が国へ向かって進軍中でございます。その数30万とのことです』
『な、なに!?』
ヴァルギスは寝耳に水だったようで、思わず椅子から立ち上がります。
が、少し考えて、伝令に返事します。
『‥‥分かった。妾の食事が終わり次第、緊急で対策を協議する。家臣たちに連絡せよ、大広間に集めろ』
『ははっ』
伝令はそう言って、部屋を出ます。
ヴァルギスは食事を再開しますが、先ほどより急いでいる様子です。ナトリも急いで食べます。
「え、今の何、敵がここに攻めに来るって意味?」
メイは慌てて、「こ、怖い‥」と言ってラジカの腕を抱きます。ラジカはメイの頭をなでます。
「‥あっ、貴様」
ヴァルギスが私を呼びます。
「まおーちゃん、どーしたの?」
「貴様もこの後の緊急会議に来い。魔族語はナトリがサポートしろ」
「分かった」
私も食事の手を早めます。3人とも会話なく、とにかく食べ進めます。
◆ ◆ ◆
私にとって初めての大広間の仕事は、緊急会議でした。
数段の階段の上にある玉座に座るヴァルギスから見て、家臣は赤絨毯を挟むように2列に並んでいます。ヴァルギスの右手に、先頭からケルベロス、ナトリ、私の順に並んでいます。私の後ろにも、他の家臣が並んでいます。家臣たちもみな、急ぎの招集だったようで、髪の毛を乱していたり、眠たそうにしていたりしていました。
『これより緊急会議を始める前に、新しい家臣を紹介しよう。ナトリの横に立っている女だ』
『は、はい』
家臣たちの目が、私に集中します。緊張します。
ていうかこれ、当然ですが魔族語です。魔族語ネイティブのこの空間で私はやっていけるか不安でしたが、もう失敗してもいいからしゃべってみるしかないでしょう。私は大広間でヴァルギスと一緒に仕事するために一生懸命魔族語を勉強したので、少しくらいならなんとか話せます。
『自己紹介しろ』
『はい。私はアリサ・ハン・テスペルクといいます。ウィスタリア王国から亡命して、魔王様にお仕えすることとなりました。よろしくお願いいたします』
大広間はれっきとした仕事の場所です。私も貴族として教育されていましたから、礼儀は弁えています。ヴァルギスを馴れ馴れしく呼んだりせず、魔王様と呼んでみましたが、どこか慣れない感じがします。ヴァルギスのことを魔王様と呼ぶ自分は自分じゃないような気がちょっとだけします。
私の自己紹介が終わると、ヴァルギスは続けます。
『そやつは魔族語を勉強中だ。平日におこなう日常の政務仕事への参加は当分先だが、大きな力を持つので特別に今回の懐疑に参加してもらった。貴様らも決闘大会の決勝のことは覚えておるだろう、そのときの妾の相手だ』
決勝の相手と知ると家臣たちはお互いの顔を見て、ざわめきだします。
私は隣の家臣から挨拶されたり、向かいや斜向いの家臣から頭を下げられたりしたので、礼をし返します。
『どうも、よろしくお願いします』
少しの間ぺこぺこ頭を下げる私の様子を見ていたまおーちゃんは、ぱんぱんと両手を叩きます。
『それでは紹介はここまでにして、緊急の会議を始めたい。ウィスタリア王国の軍勢が、我が国を目指して進軍中との報告が来た。その数30万だ。すでにハノヒス国に入っている』
それを聞いて、家臣たちはどよめきだします。
私はわからない単語が1つあったので、それを隣のナトリに小声で教えてもらいます。
『貴様ら、落ちづけ。我が国に軍備がないわけではない。王都ウェンギスの兵力も30万だ、何とか我々で対応できるだろう』
家臣の1人が言います。
『ハノヒス国は、旧クロウ国のある方向でございます。ハラスが攻めてきたのでしょうか?それでは30万でも不足しませんか?』
『いいや、ハラスがわずか30万の兵を連れてくるとは考えづらい。別の将軍を派遣してきたのだろう。我々でも十分対応可能だ。ただ、迎撃の兵力はあまり用意できないから、最終的にはこの王都ウェンギスで迎え撃つことになるだろう。敵の通り道となる都市は守りきれない。それが心配だ』
家臣たちの顔色を一通り伺うと、ヴァルギスはマシュー将軍のほうを向きます。
マシュー将軍はヴァルギスから見て左の列の先頭にいて、私の斜め前にいる武将がそれにあたります。
『マシュー将軍よ』
『はい』
『貴様に10万の兵を与える。他の将軍も連れて、通り道となる都市の住民が避難する時間を稼げ』
『ははっ』
マシュー将軍は頭を下げます。それを確認したヴァルギスはまた家臣たち全員を見回して、大きな声で言います。
『ウェンギスを囲む長城に兵を配備し、準備してくれ。ケルベロス、防衛指揮は貴様に任せる』
『はい、分かりました』
ヴァルギスはその後も家臣たちと意見交換をし、緊急会議はそこで解散となりました。
◆ ◆ ◆
私とナトリは部屋に戻ります。緊急会議でわからないことがあったのでナトリにゆっくり教えてもらおうと思いながら部屋のドアを開けると、真っ先にメイが飛び出してきます。
「お姉様!?」
メイは私の体にしがみつきます。その表情は、恐怖で震えています。
「戦争になるの?あんた、何か命令された?敵はどこまで来てるの?」
「お姉様、敵はこのウェンギスまで攻めてきます。今、他の将軍が時間稼ぎをするところです」
「ああ‥来るんだ‥やっぱり来るんだ‥」
メイはうなだれます。私はメイの頭をなでて、背中をさすって、テーブルの椅子に座らせてあげます。
「大丈夫なのだ。敵の兵力は王都ウェンギスとほぼ互角なのだ。道中の都市で消耗する」
ナトリが向かいの席に座ってそう説明しますが、メイはまだ不安そうに硬い表情をしています。
「戦争って‥みんな死んじゃうの?お願い、生きて‥」
「お姉様、私は死にませんよ。ナトリちゃんやラジカちゃんも、私が守ります。ですから、安心してください」
私はハンカチで、メイの目から溢れ出る涙を拭きます。
ナトリは「やれやれ、仕方ないのだ」と腕を組みます。
と、またドアのノック音がします。ドアを開けてみると、ヴァルギスでした。
「どーしたの、まおーちゃん、こんな夜遅くに?」
私が尋ねると、ヴァルギスは私の横を素通りして部屋に入ります。
「ラジカ、貴様に用がある」
「え、アタシ?」
ベッドに座っていたラジカが、自分を指差して答えます。




